とんだ新年の宴
白雉4年の始まりです。
新年早々……。
新年明けましておめでとうございます。
この世界に来てから9回目の正月。
数えで16歳になりました。
シックスティーンで御座います。
♪ナイナイナイ 胸がない
私もこちらの世界では一人前の少し手前の0.8人前として見られるようになりました。
でももうこれ以上、年を取りたいとは思わないかな?
現代では30才の誕生日を何もせず一人で過ごした記憶があります。
あれをもう一度繰り返したいかと聞かれればノーと答えるでしょう。
さて、年初恒例の皇子宮での新春の宴。
皇子宮で舞を披露するのは4回目です。
しかし私の舞のレパートリーは基本3つです。
どうしよう……。
ヨシ!(ビッ!)
年末恒例の国民的歌番組で過去に幾つものヒット曲を持つベテランさんが歌うアレですね。
三本立てでお得!です。
楽隊の皆さんには私が初めて舞った時の楽曲をお願いしました。
まずは定番の舞。
♪〜
そして変化を付けて。
♪〜
最後は一番動きのある舞で〆め。
♪〜
お粗末様でした。
どんなに見事な舞を披露したとしても誰も見向きはしません。
だって本日の主役は十市皇女様です。
生後4ヶ月半の赤ん坊の可愛らしさに敵う者はいません。
皇女様を驚かせない為に大きな音のする太鼓も無しです。
皇子様も周りの方々もメロメロメロンでした。
私はというと額田のお付きの侍女さん達とご一緒です。
侍女さん達とは一緒に仕事をする事も多いし、お化粧して差し上げたりしているので仲良しです。
皆さんの会話に参加しておりますと、後宮の噂が耳に入ってきます。
今、後宮では帝と間人皇女様との夫婦仲が宜しくないとの噂です。
間人皇女様はお兄ちゃん娘で、その中大兄皇子は帝に反旗を翻すとも噂があるのですから間人皇女様は帝とは親密になれないのでは無いでしょうか?
とは言え、顧客情報を外に漏らすのは社会的規則違反なので一切口にしません。
もちろん本日の主役である十市皇女様が皇太子様のご子息に嫁ぐ話も封印です。
噂話といえば、私は気がつきませんでしたが、難波津で大きな船の造船が行われていて、唐へ渡るための船ではないかと皆さん口々に言っているそうです。
7年に及ぶ大工事の末、昨年難波京が完成したので、いよいよ遣唐使が20年ぶりに再開されるのかも知れないとの事です。
令和も白雉も人々は噂話が大好きですね。
◇◇◇◇◇
何故でしょう?
私は今、圧迫面接の場に居ます。
皇子様の重臣さんが集まる場所に呼び出されました。
大伴馬来田様をはじめ、多治比様や、殆ど話をした事のない方々、十数名がさほど広くないお部屋に集まっております。
新年の宴の後、
「ちょっと来てくれないか」
と馬来田様に誘われた先がコレだなんて、酷くないでしょうか?
もし襲われたら一人残らずピッカリにして、女の子の気持ちが分かる痛みを教えてやる!
言うまでもありませんが、こちらの世界でも私の生理は始まっているのですから、痛みは現実です。
「すまぬな、かぐや殿。
この様なむさ苦しい所に呼び出してしまって。
かぐや殿に確認したい事があったのだ」
「ええ、女子一人をこの様な大勢の男子に囲まれるなんて外聞が悪過ぎます。
今すぐ返して下さいまし」
「済まないね、かぐやさん。
どうしても話を聞きたいと言う人達がいてね。
何かあったら私達が全力で守るから安心して欲しい」
安心はしませんが、反撃はします。
「それで聞きたい事とは何に御座いましょう?」
「十市皇女様の事だ。
十市皇女様が人質として連れて行かれるという噂があってな、皇子様に聞いても答えてくれぬのだ。
そこで額田様の出産に立ち会って、その後もずっと行動を共にしているかぐや殿なら何か知っているのではないかと思い、来て貰ったのだ」
「それは誠か?!」
「人質を差し出せとはどうゆう事だ?」
「そもそも誰の発案だ?」
馬来田様の説明と共に、皆さん口々に知りたい事、言いたい事を言ってきます。
「申し訳ございませんが、皇子様が答えぬ事を私の一存でお話しするわけには参りません」
現代でコンプライアンス教育を受け、守秘義務について学んできた私にとって、軽々しく口にして良いことではないと判断しました。
「何故だ!」
「どうして隠すのだ?」
「勿体ぶらずに教えろ!」
「まあまあまあ、待て、皆の者。
そんなに怖い顔をしていたらか弱い女子はすくんでしまうぞ」
馬来田様が場を納めようとしました。
そーだ、そーだ。
か弱い女性を取り囲んむなんて男のやることかー!
「かぐやさん、そこを曲げて教えて欲しいんだ。
知っての通り、最近の宮は何かときな臭い。
誰を信じれば良いのかすら分からなくて不安や不満が溜まってしまって収集が付かないんだよ。
せめて誰が皇子様にちょつかいを出してくるのか知っておきたいんだ」
多治比様もどちらかと言えば知りたい側っぽいです。
「それを知って如何するのですか?」
「予め警戒しておくだけさ」
「ならば全方位に警戒して下さい」
「おいおいおい、それは無いだろう。
皇子様が苦しいお立場に立たされるのを黙って見過ごすなんて出来ないぜ」
一人がヤジを飛ばします。
「私は皇子様からご指示を受けております。
『これからも額田様の事を頼む』と。
ですから私はそのご指示に従うまでです。
例えどんな事があろうとです。
皆様は何かご指示を受けていらっしゃらないのですか?」
「あ、いや。
これまで通りとだけしか言われておらん」
私の剣幕に馬来田様が怯んだ様子で答えました。
「ならばそのご指示にお従い下さい。
皆さんが皇子様の事をご心配なさるのは当然です。
しかし好き勝手な行動を取られる事で皇子様が窮地に立たされたのならどうするおつもりですか?
もっと皇子様をお信頼なさって下さい」
「だが、何も知らされないというのは無いだろう」
「お前に言われる筋合いはない」
「女子のくせに生意気だぞー!」
どこかで聞いた事がある様なセリフが混じって無かった?
「もう一度言います。
私は話しません。
ここで私が知っている事を話してしまえば皆様は満足するでしょう。
ですが口の軽い部下は信頼を無くします。
皆様もご自分がその様な立場に立ちたいですか?
皇子様を尊敬するからこそ、お役に立ちたいのでしょう。
その為には皇子様を信じて、ご自身の行動に責任を持ちなさい!
皇子様は責任が持てる家臣こそご大切になさるはずです」
「う……」
皆さん、反論が出来ず押し黙ります。
「それでは私はこれにて失礼致します」
深々と礼をして部屋をしようとしたその時。
一人の男が剣を抜いて私の方へと跳び掛かってきました。
「お前は中臣の間者だろう。
何も言えぬのはお前に疾しい事があるからだ!」
距離にして3メートル。
光の玉で迎撃すれば簡単に方が付きます。
しかし衆人環境で光の玉を使えば後で面倒な事になるのは間違いありません。
どうしようと迷ったその逡巡が後手となりました。
男が振り払った剣は私が後方へと倒れながら頭を庇った左腕をザックリと切り付けました。
流れ出る血で衣は赤く染まりました。
すぐに馬来田様が男を取り押さえましたが、多治比様をはじめ皆さん呆然と立ち尽くしております。
役立たずめ!
私は私は上着を脱いで、口を使ってビーッと破き、それを包帯代わりに傷口をぐるぐると巻きます。
そして密かに光の玉で消毒しました。
本当は跡形もなく傷を治せますが、それはそれで面倒になりそうなので後にしておきます。
それを見た多治比様はハッとして駆け寄ってきました。
「かぐやさん、大丈夫か?!」
「腕はくっついています。
傷は骨にまで達してはいません。
私は屋敷へ戻り治療します。
後はご自分達で始末をつけて下さい!」
私はそう言い残して、今度こそ部屋を出ました。
(難波津について)
今の大阪城公園のあたりの小高い丘の上に難波長柄豊碕宮がありました。
その東側が河内湾(大阪湾)、西側が河内湖となっていて、河内湾と河内湖の間に難波堀江と言われる運河を建設しました。
そして海からやってきた船は難波堀江を通って河内湖の難波津へと入港しました。
ですが、詳しい場所は分かっておりません。
河内湖がだんだんと浅くなっていき、湾岸施設としての機能を失ってしまったのだそうです。




