商売繁盛のKCL
新章始まりました。
最近の額田様は鬱ぐ事が多くなりました。
理由は明白です。
皇太子様の一方的な『娘を強奪せ』宣言のせいです。
これから生まれた娘との愛情を育むという時に、生後一ヶ月で親離れさせられるのですから無理もありません。
タチが悪い事に皇太子様は自分の言う言葉が絶対に正しいと思っている様子です。
傍にいた中臣様も口数が少なく、防波堤の役目を果たされていないみたいでした。
◇◇◇◇◇
本日も皇祖母尊様が参られております。
皇后様の間人皇女様よりも頻繁に通ってられます。
かぐやコスメティック研究所(KCL)はすっかりと皇室御用達のエステサロンになってしまっておりました。
元々は刀自さんを健康的に綺麗にして差し上げようとしただけなのに。
【天の声】『だけ』が面倒ごとの原因だと気が付かないのか?
自慢ではありませんが、お年を召した方のケアには自信があります。
現代では曲がり角を悠に超えて隣町まで到達したお肌を毎日お手入れしていたのですから。
けほんけほん
「かぐやよ。
其女はホンに婆ぁの気になるツボをよう知っておるな。
言わずともやってくれる者はホンにありがたき事じゃ」
「恐れ入ります。
場数を踏んできました故に御座います」
嘘は言ってませんよ。
「ふふふふ。
才ある者は才に溺れ奢る者が多いというのに、其女は全く奢る素振りも見せぬな。
まあそれで良い。
ところで葛城皇子が額田の娘を連れて行くという話は知っておるか?」
「あ……はい。
私もその場におりまして、私にもご下命が降りました」
「そうだったのかや。(ふー)
生後間もない赤子を母親から取り上げるのは神代においても罪深き事じゃ。
豊玉姫の出産を辱めた火折尊の古伝と変わらぬではないか。
葛城には執りなしておいた。
娘が物心が付くまで母親の元で育て、大友皇子とは許嫁として遇する事で収めた。
じゃが、額田の娘を引き取る事に執着しておるので次は何を言い出すのか……」
火折尊?
『見るなよ、見るなよ、絶対に見るなよ』の伝統芸能の元祖ですね。
「もしその時には、共に行く私が玉依姫の代わりとなりまして、皇女様のご面倒を致します」
「ほう……よう知っておるな。
其女は古の話に詳しいのか?」
「詳しいという程では御座いませんが、幸いにして私の養父は私が書を嗜みたいと願いましたところ、忌部氏の師をご紹介下さり、学ぶ機会に恵まれましてに御座います。
しかしながら田舎の出なれば目にする書も限られております故、知らぬ事ばかりです」
「ふふ……。
ホンに其女は昔の額田の様に聡明な娘じゃ。
私が帝だった頃、傍に仕えておった額田が私の思う処を歌に合わせて詠むのじゃ。
歌が上手いだけではない。
幾多の知識があっての上、隠喩を歌に含むのじゃ。
帝とは口に出せぬことも多い故、額田には助けられたものじゃ。
特に私のような形ばかりの帝はのう……」
「形ばかりなんてとんでも御座いません」
「あの時は彼奴らさえいなければ、と思ってばかりじゃった。
しかし居なくなったら全て解決するかと思いきや、新たな問題が倍以上起こっておる。
私の見識の狭さにほとほと愛想が尽きたわ」
「恐れながら、そのご意見には賛同致しかねます」
「其女は何故違うというのじゃ?」
「今は前代未聞と申してよい動乱の時期に御座います。
国の中も外もです。
多くの者の思惑が複雑に絡みついており、先が見渡せぬ故に誰もが不安に思っております。
それを一人の力で解決するのは神の御技を以てしても不可能ではないでしょうか?」
「では何もせぬ方がましと言いたいのかや?」
「いいえ、そうは思いません。
政とは山登りの様なものではないでしょうか?
歩みが小さく山の頂が以下程近付いたか分からずとも、その一歩がなければ頂には決して辿り着けません」
「気の遠くなる様な話よの。
婆ぁの寿命はさほど長くはないぞよ」
「自らが果たせなかった夢を次代に託し、次代はそのまた次代に託す。
その繰り返しにより私達は洞穴に住む獣の様な生活から脱して、人らしい生活を営む様になりました。
これから先の10年、100年、果ては1000年先の将来。
人は仙人の様な生活を送れるやもしれません。
きっとそれでも人は満足する事なく、理想を追い求めるだろうと愚行致します」
「私もいい歳の婆ぁじゃが、其女も見かけによらず年寄りの様な達観した物言いじゃな。
じゃがな、私は山を登ったのか降りたのかすらも分からぬのじゃ。
道に迷っていてばかりなのじゃ。
何処ぞに道標は転がっておらぬかの?」
「残念ながら道標は御座いません。
ですがこれまでの歴史を書として遺す事で、その書が後世の道標になると、
私も神代より続く歴史を調べる事業に是非参画したいと、
以前皇子様にご提案した事が御座います」
(※第65話『皇子の呼び出し(3)・・・国史』をご参照下さい)
「ふふふふ、して?
皇子は何と言うたか?」
「残念な娘と言われましてに御座います」
「ほっほっほっほっほ、そうか。
皇子はそう言っておったか」
何故か私の発言は皇祖母尊様のツボに入ったらしく、大笑いしました。
「今も皇子様の私へのご評価は変わっておりませぬ様です」
「あの子は昔から書が大好きであったからのう。
その皇子に残念と言わせるとは……ふふふふ」
その後、終始穏やかに施術をお楽しみ頂きました。
◇◇◇◇◇
翌日、皇子宮へ呼び出されました。
やましい事はやっていないはずですが、何が逆鱗に触れるか分かりません。
何時如何なる時でも太郎おじいさん直伝のジャンピング土下座ができる様、準備体操して備えます。
行った先は皇子様の間です。
「かぐやよ、話があって呼び出したが……
何か身構えておらぬか?」
「え? あ、いえ、緊張しているだけで御座います」
「そうか?
まあよい。
先日の兄上の件では其女も巻き込む形になった事を申し訳なく思っている」
「い、いえ、そんな。
皇子様がその様な事を。
私がやり過ぎた結果ですので、申し訳ないなんてとんでも御座いません」
「はははは、其女がやり過ぎたと認識している事に私は驚いているが、やり過ぎてくれたおかげで十市が生まれたのだ。
構わんよ」
「十市……様とは生まれた赤子の名に御座いますか?」
「そうだ。
市が十出来るくらい栄えて欲しいと私が名付けた。
良い名だろう」
「はい、世辞抜きで良い名だと思います」
「そうか。
世辞は抜きか。
其女は正直過ぎるな」
「え、いえ、その。
申し訳御座いません」
「はははは。
本音で娘の名を褒められて悪い気はせぬ。
だが、話が前に進まぬな。
では本題に入ろう。
十市が近江へ嫁ぐのはしばらく先の事となった。
従って、其女が同行するのも暫く先となる」
「はい、皇祖母尊様より伺いました」
「そうなのか。
其女は母上と気軽に話が出来る間柄なのか?」
「額田様が療養しておりましたあの屋敷は、女子が寛ぐための持て成しが用意されております。
額田様に心の平穏をもたらす為に建てた屋敷ですので。
持て成しの一つにお化粧が御座いますが、とても好評でしたので額田様に他にもお試しされたいお方をご紹介頂きましたところ、間人皇女様に続き、皇祖母尊様も通われる様になりました」
「そうだったのか……。
で、通っているのは間人と母上だけか?」
「いえ、御付きの方々にも施術しておりますので、毎日十数名ほどの通いあそばされております。
総勢になりますと五十名ほどでしょうか?
人それぞれ肌が違いますので、記録を付けて施術しております」
「そうだったのか……。
そこまで宮の者の中で目立って、後宮へ来いと言われぬのか?」
「皇后様にはその様なご提案を受けました。
しかし後宮へと入内するとなると、屋敷の設備が使えず、同じ事は出来ない旨をお伝えしましたところ、ならば良いと相成りました」
「そうだったのか……。
思えば間人の様子が少し変わったと思っていたが……」
「何か……申し訳御座いません」
私は土下座の様に深々と頭を下げます。
「いや、謝る事はない。
単にこちらが把握していなかっただけだ。
これまで通りに励んでくれ。
引き続き額田の事を頼む」
「はい、全身全霊粉骨砕身不倶戴天の気持ちで取り組みます」
「ははは、程々にな」
何故かは分かりませんが、皇子様のお墨付きを得て、かぐやコスメティック研究所は今後も元気に営業を続ける事になりました。
皇祖母尊様の言葉使いに苦慮しております。
現帝の姉であり、前の帝だった経歴を持つ女性という事でゴッドマザー的な雰囲気にしたいのですが、今一つシックリとしません。
口調が安定しましたら、後で修正します。