【幕間】刀自の記憶(2)
前話に続きまして、第161話『かぐや先生の保健体育講座(2)』〜第169話『刀自さんの出産』の刀自さんサイドのストーリーです。
かぐや様がいらっしゃってから、津守様のお通いが増えて……、いえ毎晩となり身体がキツく感じます。
津守様もよくもまああんなに激しく動いて体力が尽きません事。
さっさと出してしまえば楽ですのに。
それにかぐや様の屋敷でお風呂という習慣が身についてしまった私には津守様はあまりおキレイな躰でないので私としてはもう少し身綺麗にして欲しいと密かに思っております。
それにしましても、かぐや様の知識には脅かされることばかりです。
子を成すためのお話なんて何の役に立つのかと思ったのですが、とんでもありません。
子を成す身体の仕組みだなんて考えたことも有りませんでした。
お腹の奥に子種を受け止める卵のような物があるとは想像していましたが、まさかそれが月のモノがくる度に新しくなるとか、赤子が育つ場所と卵が別の場所だなんてどうやって調べたのでしょう?
排卵というものがある日に目合えば赤子が出来易くなるなんて、だれに教わったのでしょう?
かぐや様自らが当代一の知識の持ち主と仰っていたのも頷けます。
あんなに幼い容貌なのに……。
そしてその夜。
何時ものように津守様の夜這いにいらしたが、何時もとは様子が少し違っていました。
「如何されたのですか?
津守様」
「いや、その……な。
かぐや殿に言われたのだ。
オレは刀自の事を知らなさすぎると。
もっと刀自に寄り添って考えよと注意を受けたのだ」
「そうなんですか?
しかし何故でしょう?」
「オレは毎晩刀自を抱いているが、お前の事を知らなかったし、知ろうともしなかった。
オレの伴侶として刀自を連れてきたあの男がお前の親だと思っていたが、あいつはお前の親を殺した奴そうじゃないか」
「ええ、そうですよ」
「お前はあの男が憎いと思わんのか?」
「憎い……と言えば憎いです。
私の父様と母様を殺して、家督を取られないため幼い弟も手にかけた男ですから。
でも憎んだところでどうしようもありません」
「オレだったらとっ捕まえて、復讐しなきゃ気が済まない。
そうは思わないのか?」
「復讐だなんて考えた事もありませんでした」
「何でなんだ?
身内を殺した相手に復讐したいと言えば、オレが代わりにやってもいい」
「そんな。
津守様には関係のない事です」
「いや、関係ある。
お前はオレの伴侶なんだ。
お前の過去を滅茶苦茶にした男が息をしているかも知れぬと思うだけでオレは我慢がならねぇんだ」
「津守様を巻き込みたくはありません。
それに……、確かにあの男は憎むべき男なんでしょうけど、私は憎む感情すらもあの男に奪われてしまったのかも知れません。
家族を奪われた私に生きる方法があの男しか無かったのです」
「……そうだな。
済まない。
少し熱くなっちまった。
だけどよ、刀自、お前はオレの伴侶だ。
子を成せば、その子はお前の子だし、オレの子でもあるんだ。
オレ達は家族なんだよ。
その事を分かってくれ」
津守様のこの言葉を聞いた時、家族というものが今の私にもあり得るのだという当たり前の事に気が付きました。
そう、子供が産まれれば私が母様で、津守様が父様なんだと。
家族を失って以来感じなかった、胸の奥にある感情が呼び起こされる様な不思議な気持ちになりました。
「津守様、ありがとうございます。
では私に子種を下さいまし。
家族になりましょう」
「お、おう!」
私は身につけている衣を取り、津守様に抱きつきました。
その夜、身体を清めていらした津守様に抱かれて、私は初めて絶頂というものを知りました。
◇◇◇◇◇
かぐや様のおっしゃる通りに目合って三月後にに私は懐妊した事が分かりました。
欲を言いましたら、津守様のお通いが気持ちが良いのでもう一月くらい後でも構いませんでしたが、私と津守様が望んだ子供です。
津守様も大喜びして下さいました。
婆やも涙が止まらず、共に喜びを分かち合ってくれました。
これもそれもかぐや様がもたらしてくれたものなのです。
本当に感謝しております。
津守様とは毎日の食事もご一緒する様になりお話するのが日常となりました。
津守様のお話によると、私の家族を殺したあの男は領地を乗っ取られ、落ちぶれて、今はどこにいるのかも分からないのだそうです。
しかし今となってはどうしようも出来ない事ですし、怒りとか憎しみの感情はタイキョーとかに宜しくないと、かぐや様が仰せなのであえて考えない事にしました。
そしてもう一つ。
津守様が聞いた噂についてです。
何でも津守様のお知り合いで変わった注文を受けた事があるそうで、それがお椀の様に丸く凹んだ石の台で、刻や季節を調べる物なのだそうです。
(※第87話『【幕間】衣通の回顧(7)』を参照下さい)
そしてその石の加工を注文したお姫様が言うには、それを天女様に奉納すると言っていたそうなのです。
そして津守様がかぐや様に金一両で請け負った石の加工も似た形をしているのだと言ってました。
つまり、天女様とはかぐや様では無いかと言うのです。
普通でしたら天女様なんて信じはしません。
しかしかぐや様のこれまでの不思議な言動を思い起こすと、天女である事に違和感を感じません。
その天女様が私達の出産を後押ししてくれるのだと思うと、心強くもあり、また畏れ多い気持ちになりました。
悪阻の期間が過ぎて食欲が出てきた頃、かぐや様に勧められて運動を再開しました。
津守様は妊婦である私が身体を動かすのに反対しましたが、かぐや様が言うには出産とは体力が必要で、私にはその体力が足りていないのだそうです。
かぐや様は優しくもあり、厳しくもあります。
私は津守様を説得して、黙々と身体を動かしました。
そして弥生、忘れもしません。
私は娘達を出産しました。
以前からお腹が大きいと思っていましたが、双子かも知れないとかぐや様は言いました。
しかし双子の出産とは一体どうなるのでしょう?
不安な気持ちがつい口に出てしまいました。
「私は何か悪いことをしたのかしら。
何か神様に罰を与えられるような事をしたと言うの?」
両親、弟に続いてやっと授かった子供まで奪われるなんて……。
でもかぐや様の意見は違いました。
「何も悪い事は御座いません。
むしろこれまでたくさん苦労をなさった刀自様に神様から贈り物を賜ったのかも知れません。
お父様、お母様を亡くされてた刀自様に一度に二人も家族が増えるのですよ」
しかし双子を嫌がる人は多いです。
津守様はどう思うのかしら?
不安に思っていると、かぐや様がこう付け加えてくれました。
どうやらかぐや様は既に津守様に伝えてあった様です。
「兄弟がいっぺんに生まれてくるようなものだ、我が子となれば嫌えるはずはないと申されてました。
津守様らしいですね」
そうなのですね。
本当に津守様の妻で良かったと心から思いました。
「きっと出産は大変なものになると思いますが、頑張りましょう」
「ええ、お願いするわ」
私はかぐや様に励まされて、双子を産む決意をしました。
そしてその夜。
私は予定よりも十日以上早く産気付いたのでした。
子供を産むことがここまで過酷だなんて想像もしてませんでした。
痛くて痛くて声も出ません。
かぐや様が体力が必要と言っていた意味を噛み締めました。
苦し紛れにかぐや様に教わった方法を試します。
「ひっひっふー、ひっひっふー、ひっひっふー」
「痛いのなら思いっきり叫んで。
我慢しなくて宜しいのですよ」
かぐや様の励ましの声が聞こえます。
「え……ええ、い、痛いです」
大丈夫なところを見せたくて懸命に答えました。
「刀自さん! 赤ちゃんが見えています。
あと少しです!」
痛い! 痛い! 痛い! 痛い〜!
痛くて痛くて頭の中が真っ白になりそうです。
おぎゃおぎゃおぎゃ
人とは思えない声がします。
これが赤ん坊の泣き声?
「刀自さん! 刀自さんの家族ですよ。
見て! 刀自さんの子供なの!
もうすぐこの子に兄弟が生まれるのよ。
頑張って!」
そうなんだ。
私は赤子を産んだんだ。
でもまだお腹の中には赤ん坊が外に出たがっている。
「え……ええ、頑張る。
この子のためにも……ん!」
私は一人目を産んだ時みたいに必死に呼吸を続けました。
「ひっひっふー、ひっひっふー」
痛い! 痛い! 痛い!
おぎゃおぎゃおぎゃ
また赤子の泣き声が聞こえました。
でも何かおかしい。
お腹の中が空っぽになっていません。
何かが蠢めく感覚があります。
「やりましたよ! 刀自さん。
双子を無事産みましたよ」
「はぁはぁはぁはぁ、違うのかぐや様。
違うの……」
私は違和感を必死に訴えます。
「えっ?
……修正します!
双子ではなく三つ子です!
もう一人お腹の中にいます。
気を抜かないで!」
かぐや様の声がします。
でももうダメかも知れません。
昔の監禁生活のせいで私の体力は遠に尽きてしまっています。
諦めかけて気が遠くなる様な感覚の中、かぐや様とは別の声がしました。
「刀自、無事に子供を産んで戻ってきてくれ。
皆んなでお祝いしよう。な!
頑張れ、頑張ってくれ!」
津守様です。
私の手を取っての手を取って大きな声で私の事を呼びかけてくれます。
「津守……様、頑張ります。
三人も子供が出来たの……だから賑やか……でしょ……ん!」
津守様の手を握って必死に力を入れます。
産まれてくるのは私達の子供、家族なのです。
私には戻らなきゃならない場所があるのですから。
「あと少しです。
あとちょっと。
さあ、刀自さん!」
……おぎゃおぎゃおぎゃ
赤子の声がします。
お腹の中が空っぽになった安心感からか、三人目の赤子の声を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になってしまい、気を失ってしまいました。
(つづく)
申し訳御座いません。
案の定、(3)に突入してしまいました。
出来るだけスカッとする幕間に仕上げたいと思っておりますので、ご容赦の程宜しくお願いします。
m(_ _)m