【幕間】刀自の記憶(1)
第170話で刀自さんが見納めと申しましたが、幕間で復活です。
第153話『かぐやのカウンセリング』〜第159話『飛鳥時代のお化粧事情』の刀自さんサイドのストーリーです。
私は……刀自、という名前だけは知っています。
しかし、どの様な家柄なのか、氏が何であったか、何故自分がこの様な境遇になったのか、全然知りません。
婆やに聞けば話をしてくれるのでしょうけど、知りたいとは思いませんでした。
何故なら、屋敷に火を掛けられ両親、兄妹が殺されたから。
何故なら、火を掛けたのは父様の弟、それまで叔父上と呼んでいた男だったから。
何故なら、事実を知ったところで何の解決にもならない事を知っていたから。
恐らく私はこの男を憎むべきなのでしょう。
しかし両親が亡くなり、生きていく術を知らない子供の私は他に頼るあても無く、この男の言う通りにする以外、生きる方法を見出せませんでした。
だから私は考える事を放棄していました。
感情を揺らしてはいけないと自分自身をそう律していました。
両親を失った悲しみ、天涯孤独となった寂しさ、その元凶となったあの男への憎しみ……、抑えきれない感情が噴き出してしまいそうだから、全ての感情を封印していました。
どんなに足掻いても両親が生きていたあの時に戻ることは無いのですから。
あの日以来、私はずっと狭い部屋の中で鳥籠の鳥の様に飼われてました。
鳥に出来るのならば私も出来るのでしょう。
こうして私は婆や以外、人と接する事なく外界から隔たれて過ごし、自分の名前すら忘れてしまいそうな日々を送ってきました。
そんなある日、突然色の付いた衣服に着替えさせられて外へと連れ出されました。
その時、あの男が醜悪な笑みを浮かべながら何かを言ってました。
だけど、男の声は聞こえども全く耳に入りませんし、耳に入れたところで聞くに値する事は話していないでしょう。
婚姻だの何だのと言っていたから、私を何処かの家に娶らせ親戚となったその家のおこぼれに預かりたい、と言う本音を言葉を変えて口にしているのだと感じました。
旦那となった津守様は最初の頃は私の事を気に掛けて下さったけど、私自身どう応えて良いのかも分からず、そのうちに私は離れへと追いやられ、以前の様な婆やと二人だけで過ごす日々に戻りました。
時々、津守様のご親類に当たる奥方達がいらっしゃいますが、話すべき話題もありません。
皆様、私を心配している様子ですが何を心配されているのかも分かりません。
食事をしなさいと諭されていた様な気がしますが、私は普通に食事をしておりましたし、周りから食事をしていないかの様に思われる事が不思議で堪りませんでした。
後になって分かった事ですが私の食事とは3歳の子供よりも少なかったのだそうです。
監禁されていた頃、満足な食事にありつけない日々が長く続いたため、少食でも滋養が足りてしまう身体に変化してしまったのだと教えられました。
◇◇◇◇◇
その様な時、かぐや様が私の元へとやってきました。
皇子様のお妃様の使いだそうです。
お妃様の侍女をやっている方のご紹介で派遣されたとの事ですが、子を成さないとその様な事があるのかしら?
皇子様のお使いとなれば邪険にはできませんが、どの様に対応すればよいのか分かりません。
津守様のお通いが絶えて久しい私が妊娠する事などあり得ない話ですが、もし子供を産めるのなら産みたいと言う気持ちはあります。
ですが……。
まずは話だけと言うのですが、かぐや様はズケズケと質問してきます。
しかし目の前にいるかぐや様は、私より十は年下でまだ幼いと言ってもよい年頃です。
この子に相談してどうにかなるとは到底思えませんでした。
食事やら、月のものやら、運動や気持ちの持ち方、その他色々のものが必要だと言いますが、私としては津守様でも誰でもいいので子種を頂いて、お腹に赤子が出来ればそれで十分だと思うのです。
津守様は津守様で他の女子を孕ませているのだから。
暫くしてかぐや様が再び訪れました。
その時、かぐや様は不思議な施術をしたのです。
月のモノが久しぶりにきて下腹部の不快感と頭痛に悩んでいたのをスッと取り除いたのです。
そして私に
「幸せというのは、幸せで無かった過去のご自身に比べて良くなった時に感じるものなのです。
痛みが無くなった刀自様はほんの少しだけ幸せになりました。
これからはもっと幸せになって頂きたいと思っております」
と言ったのです。
私が幸せになる? その様なことはあるはずも無く、願ってもいけないものではないの?
かぐや様の言葉に私は少し怖いと感じました。
その日以来、かぐや様はほぼ毎日通う様になり私の食事の世話をする様になりました。
お湯の様に薄いお粥の次は豆腐、それから少しづつお粥が濃くなっていき、お豆、お魚、……と少しずつおかずと食事の量が増えてきて、それに伴って身体に力が入る様になりました。
その時になって自分が病的に痩せ細っている事に気がついたのです。
そしてかぐや様は食事だけで無く、身体を動かして肉付きを正す指導もしてくれました。
最初は何故こんな大変な事をしなくては……と思いましたが、今なら分かります。
あれが無かったら、私は子供達の出産の時に耐えられず命が無かったかもしれません。
それ程までに自分の身体が重篤であった事に気が付けなかった私は一体何をしていたのでしょう?
◇◇◇◇◇
そしてまた暫く経ったある日、私は気になっていた事をかぐや様に質問しました。
「かぐや様。
この様に食事して身体を動かして、私はどうすれば宜しいのでしょう?
かぐや様は私に子供が出来ない事を心配された宮の方にお願いされてここに来ていると聞いております。
ですが今やっている事が子供を作るのにどう関係しているのかが分からないので……」
するとかぐや様の答えは私が予想していたものと少し違っておりました。
「今は子供の事より刀自様のご健康を優先しております。
以前の刀自様は出産に耐えられる体力でなく、子供を成す成さない以前の問題でした。
ですから私としてはそれだけでも半分以上、目的を果たした様なものです。
刀自様がお子様を望むのなら私はそれを全力で支援致します。
しかし望まないのであれば私は無理強いを致したくありません」
すっかり私は子を成すまで津守様に犯されて子種を注ぎ込まれるのかと思っておりました。
だって皇子様の妃様の命でここに来ているのですから。
なので私も正直に自分の気持ちを言いました。
「私は子供が欲しいと強く願ったことはもありません。
でも要らないとも思っておりません。
ただ……分からないのです。
子供という存在が私にとってどの様なものなのかが」
それに対して、かぐや様の提案は更に意外なものでした。
「それでは出産に立ち会ってみますか?」
……十日後。
出産の場で、女性は汗だくになって、苦しそうで、痛そうで、見ている私も辛くなりました。
しかし無事産まれた赤ん坊を見て、赤ん坊を産んだ女性からお礼を言われて、私の中でハッキリと子供を産むという意味が分かった様な気がしました。
自分の身体から生命が産まれ出づる瞬間。
子供を産む幸せが自分にもあるという事を知り、妊娠と出産を決意したのです。
しかし、津守様の通いが無ければ子供は産めません。
何とか懇願してお情けを頂くかどうか考えていたのですが、かぐや様の考えは違いました。
私を美しくして津守様を振り向かそうとしたのです。
だけれどもかぐや様は知りません。
私の肩と背中には大きな火傷の痕が残っているのです。
両親と弟が殺された時、私も大きな火傷を負ったのです。
これを見た時の津守様の顔は忘れません。
顔を顰めて、まるで道端の犬の死骸を見るかの様な目をしていました。
「分かりました!
私がその火傷を治療致します」
驚いた事に、かぐや様はその醜い火傷すら跡形もなく消し去ってしまいました。
何て凄い方なのでしょう?!
この時、私は火傷によって心に大きな傷を負っていたことに初めて気付きました。
そして昔から抱えていた心の重石が軽くなっていくのを感じました。
その数日後、私の事を心配していた奥方様がやってきて私にお化粧をしました。
津守様の元に来る時にペタペタと顔に真っ白な粉を塗った時以来です。
化粧は奥方様がやってくれましたが、流石は妃様お付きの侍女頭様です。
懇切丁寧なお化粧を施してくれました。
たまたま化粧をした私の姿を見た津山様も大層驚いた様子でした。
化粧をする女性が珍しかったのでしょうか?
その日の夜は久しぶりに津山様の精を頂きました。
火傷の痕が消え、スベスベになった私の肌を見て再び驚いていました。
かぐや様が通われる様になって私も周りも大きく変わりました。
もちろん良い方向へです。
かぐや様のおっしゃる幸せとは、この様なものでしょうか?
(つづく)
すみません。一話に収まりませんでした。
頑張ってあと1話で刀自さんのお話をまとめたいのですが、後日談の追加があるので、もしかしたら(3)があるかも知れません。(((予防線)))
読み返してみますと、話の前後に矛盾点があったりして恥ずかしいですね。
修正しておきました。