オレ様、再び
作者は鶏皮が大好物です。
……どうでもいいって?
私の心配を余所に皇祖母尊様が屋敷へとお通いになられ、施術を受けております。
お気に入りは爪のお手入れ。
爪のお手入れというと爪切りが必需品ですが、この時代に爪切りはありません。
ヤスリで爪をガリゴリガリゴリと削ります。
爪切りに付いているヤスリの様な物ですね。
そこで金属の加工に秀でた多治比氏にお願いしてUの字をした和鋏を新調しました。
鋏を説明する時、見た事があると言ってましたので、何処かにはあるのだと思います。
X型の洋鋏なら使い易いでしょうけど、要の部分が上手く作れなさそうなので諦めました。
ついでに10個ばかり鋏を量産しましたので、一個をいつもお世話になっている縫部さんにプレゼントするつもりです。
ハサミで爪の形を整えたら、次は爪を磨きます。
津守様から細かい砥石の粉を融通して頂き、それを布で濾してサラサラの細かい砥石の微粒子で爪を磨きます。
実はこの時代の人は爪がボコボコなのです。
日常生活がサバイバーで傷付き易いのもありますが、食事に日によって偏りがあってその偏りの履歴が爪に反映されているのも理由の一つです。
丁寧に爪を磨き上げて、ツルリとした爪を見て皇祖母尊様はご満悦な様子です。
実はマニキュアの開発に挑戦したこともありますが失敗しました。
蜜蝋に色を付けて爪に塗ってみましたが、色が服に付いて汚れてしまい使い物になりませんでした。
赤クレヨンを爪に塗っている様なものですからね。
蜜蝋を諦めて、塗膜が硬くなる樹脂や樹液を探しましたが、残念ながら漆しか見つからず、挫折しました。
間違いなくカブれます。
そしてお年を召した女性にとって永遠の課題、お肌の若返りです。
光の玉を使えば簡単ですが、それはやりません。
私も学びましたのですっ!
あまりに露骨なチートを使うと後で大変な事になる事を。
【天の声】その台詞、聞き飽きた。
なので、地道なスキンケアと食事療法による施術を行っています。
食事療法としましては、この時代の人は動物性タンパク質と脂質の摂取が少ないので卵料理と鶏料理をお出ししています。
特にコラーゲンを摂取するのに鶏皮は好都合なので、串に刺して炭火焼きにしたり唐揚げにします。
一説によりますと、コラーゲンを経口摂取しても効果はない、と言われていた時期もありましたが、私がこちらの世界に来る前は見直されてやはり効果がある、という説も出ていました。
もしかしたら今頃は見直しが見直されて、やはり大した効果がないとなっているかも知れませんが……。
こうしてかぐやコスメティック研究所(KCL)は大得意様をゲットして、繁盛しております。
しかしこうゆう時に、面倒事というものは舞い込んでくるモノです。
◇◇◇◇◇
師走も中旬になり、現代でしたら「謹賀新年」とか「明けましておめでとう」とか印刷した年賀状を買って、一言の部分だけを手書きで書く作業を始める季節です。
宛名はパソコンの年賀状作成ソフトにデータが残っていますから、今年もプリントアウトを宜しく。
新年を目前にしてやや浮かれた雰囲気の中、一台の見覚えのある御輿が屋敷へとやってきました。
車輪の付いた御輿です。
中大兄皇子、今は皇太子様と申した方が宜しいでしょうか、がお越しなりました。
傍には馬に乗った中臣様も見えます。
大海人皇子の御輿もご一緒ですので、赤ん坊に会いに来たのか、額田様のお見舞いに来たのか、その両方かも知れません。
オレ様な皇太子様も伯父バカを発揮するかも知れませんね。
私は屋敷の主として門の前で皇太子様をお迎えします。
「ようこそいらっしゃいました」
「おう、かぐやよ。
其方が額田殿の出産に尽力したと聞いた。
其方を紹介した私の面目も立とう。
よくやった」
ものすごくご機嫌な皇太子様が私を褒めました。
明日は大雪かも知れません。
「過分なご評価、恐縮に御座います。
大海人皇子様と額田様のご理解があったからこそに御座います」
「ふん。
では生まれた娘を見せて貰おうか。
私にとって可愛い姪なのだからな」
「どうぞ中へ。
こちらでお履き物をお脱ぎ下さい。
中はゆっくり寛げる造りとなっております」
「履き物ままでは入れぬのか?」
「中は柔らかい敷物がありますので履き物が敷物を痛めてしまうのと、妊婦や赤子にとって外の埃は害となるので中に入れない様にしております」
「面倒だな。
まあ良い、これでいいのだな」
「恐れ入ります。
こちらです」
奥へと入って行き、額田様のお部屋の前に着きました。
「皇太子様がお見舞いにお見えです。
開けて宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「失礼します」
中では先ほどまで乳母さんが乳をあげていたらしく、ささっと衣を直していました。
そこへ皇太子様と皇子様、中臣様が入って行きました。
私は中座しようとしましたが、皇太子様に呼び止められました。
「かぐやよ。
これが柔らかい敷物とやらか?」
「はい、左様に御座います」
「これは燃え易いものか?」
「え? はい!
中には藁が堅く縛られた物が敷き詰められております。
一旦火がつけば、瞬く間に燃え広がります」
「そうか……。では使えぬな。
分かった。
頼みたい事もある。
ここに残れ」
「畏まりました」
イヤな予感がビンビンとします。
ブンブンとします。
ベンベンとします。
ボンボンとします。
バ……
【天の声】しつこい!
「どれ、私に産まれた赤子を見せよ」
「はい、こちらに」
額田様が皇太子の方へと近寄り、赤子の顔が見える様顔を近づけさせました。
「近江に預けておる私の息子もそうだが、やはり身内の子というのはそれだけで愛おしく感じるな」
らしくもなく伯父さんっぽい台詞です。
「そうですね。
我が子がこんなにも愛おし者だとは想像も出来ませんでした」
額田様が赤ん坊を皇太子様に見せながら応えます。
「大海人もそう思うか?」
「はい、兄上。
この子が産まれてから毎日ここへ通い、顔を覗いておりますが全く飽きませぬ」
「その気持ちは私もよく分かる。
だが厳しく育てねばならないのも分かっておろう。
この赤子には将来大変な役割を負って貰わねばならないのだ。
大海人皇子の娘であり、皇太子たる私の姪であり、先帝・皇祖母尊の孫なのだからな」
「は、肝に命じます」
「そこでだ。
この子を将来の皇后として手元に置いて育てたいがどうか?」
皇太子様、何を言い出すの?
生後一ヶ月にもならない赤ん坊相手に求婚?
究極のロ◯コンか?
「あ、いえ。
まだ産まれたばかりなので何とも。
赤子を娶るというのは、些か気が早過ぎませんか?」
「叔父上ではあるまいし、姪っ子を娶りたいとは思わぬ。
私の息子、大友の伴侶としてだ」
??? ちょっと待って。
中大兄皇子が皇太子として次代の帝である事は当然として、その次に継承権を持っているのは皇太弟となる大海人皇子ですよ。
その大海人皇子向かって自分の次の帝が息子であるって言って良いの?
歴史を知っている私からすればそれアウトですよ。
「か、葛城様。
少し先走り過ぎて御座います」
傍の中臣様が堪えきれず、皇太子様を嗜めます。
「そうか?
まあ良い。
いずれこの子には息子に嫁いで貰おう。
鎌子の娘も嫁ぐことは決まっておる。
奇しくも大海人の娘も鎌子の娘も、そこにいるかぐやが取り上げた子達だ。
かぐやにも娘達の世話役として同行して貰おうか」
げっ! 飛び火した!
「兄上。
いずれこの子が大友皇子に嫁ぐ事は吝かでは御座いません。
ただそこまで急がずとも宜しいのではありませんか?」
「そうは言うが、あまり時間は残っておらぬのだ。
帝を頂点としてこの世を統べる政を実現し、この地に秩序と平和をもたらすために我々は日々精進しているのだ。
なのに物の道理も分からぬ愚か者が邪魔して、遅々として進まぬ。
一刻も早く、次代に安心して政を任せられる体制を築きたいのだ。
そのためには私は自らの命も惜しまぬであろう。
私の息子とこの娘が成長し、帝と皇后として君臨する事に誰が異論を唱えられぬためにもな」
もっともらしい事を言ってますが、要は自分の思い通りになる政を目指しているって事じゃないの?
捉え方によっては人質じゃないですか。
駄目だ、この人。
人の心がまるで分かっていません。
呆気に取られる四人を尻目に、独りよがりな理論を振り回す皇太子様の目に狂気の炎がちらちらと灯っていました。
次話より幕間に入ります。
今回は読切のつもりです。
……たぶん。