お化粧品のトップセールス
いよいよかぐやコスメティック研究所(KCL)が本格始動?!
里帰り二日目はお化粧道具三式のお買い上げの後、農業試験場の舎人さん達との会合でした。
特に昨年の稲の倒伏対策について、成果があったらしく、一様に表情は明るい物でした。
思い返せば、当初田んぼに足を踏み入れる事すら嫌がっていた彼らを突き落とすかのようにして作業をさせましたが、今の様子はまるでウソだったかのように思えます。
太郎おじいさんも参加していましたが、ずっと静かでした。
静かと言うと語弊があるかも知れませんね。
「天女様~、天女様~」
とぶつぶつと呟いていました。
もしかしたらお化粧を落とさずに来てしまったので、私が都会の色に染まった(と思い込んで)ショックを受けてしまったのかも知れません。
会合が終わったら、刑期を終えたピッカリ軍団の髪の毛の再生と、この一年半で軍団に加入した新入りの髪の毛の没収をしました。
阿鼻叫喚、悲喜交々、抱腹絶倒、人生山あれば谷ありですね。
夜は夜で、体調が戻ったお爺さんの相手です。
「かぐやよ。
皇子宮では仕事に励んでおるのか?」
「額田様が無事ご懐妊されたという事で、絁を100疋を授かりました」
「おぉ〜、ようやった!
これで皇子様の覚えも目出度いな」
「それは分かりませんが、妃の額田様にはお気に召して頂けていると思います」
「皇子様のご寵愛は無いか?」
「御座いません」
「妃様が妊娠されているのじゃから今が好機じゃないかの?」
「その様な事をしましたら私は今のお仕事を首になります。
下手したら妃様を敵に回して、本当に首が飛ぶかも知れません。
父様もご一緒しますか?」
「それは嫌じゃ。
ならば得意の化粧で貶せぬのか?」
「化粧が落ちればただの童です」
「後ろ盾はないのか?」
「私を皇子様にご紹介されました中臣様とはここ三年程、お会いしてません。
今の私の後ろ盾は讃岐国造だけです」
「それでは無いに等しいでは無いか!」
「父様がご自身のお立場をよく存じていて安心しました。
皇子様の妃様達は皆、帝や皇太子様、大臣の御息女ばかりです。
私の入り込む余地は御座いません」
「そんなぁ〜、どうにかならぬか?」
「なりません」
こんな具合に私が皇子様に気に入れられる夢を捨てきれないお爺さんを適当に遇らっています。
皇子様の私に対する評価は『残念な女子』なので、恋愛感情が入り込む余地があろうはずもありません。
ご近所に中臣氏の嫡男の真人クンがいるのだからそれでいいでしょうに。
帰り道も夜明けと共に出発して、陽が落ちるまでに難波のお屋敷に到着する強行軍です。
丹比で一泊しようものなら、石作皇子(仮)である多治比古王様に
「嶋の嫁にならぬか?」と迫られるのがオチです。
嶋様も歌の催しが軌道に乗って、歌人と想い人が見つかりそうなのだから、通過します。
帰省の成果としましては、与志古様に化粧が好評だった事から今後の販売に弾みがつきそうです。
難波でも額田様や侍女さん達の伝手を頼って売り込みを目論むのでした。
◇◇◇◇◇
難波に戻った翌朝、三日ぶりに額田様の様子を見に行きました。
「かぐやさん、本当に三日で帰ってきたのね。
ご両親とはお話し出来たの?」
「はい、母様とは夜を徹して積もる話が出来ました。
父様は……まあ、適当に」
「ふふふふ、そうゆう所は普通の娘さんなのね」
「私は私から普通を取り除きましたら、何も残らないくらいに普通の娘だと思っておりますが……」
「そ、そうね。
そうゆう事にしておきましょうか」
「ところで不躾なお願いになりますが、宜しいでしょうか?」
「どうしましたの?」
「帰省先の讃岐には中臣様の離宮がありまして、そこに奥方の与志古様がおられます。
讃岐へ帰りました折、与志古様に御目通りしました」
「あら、与志古様はお元気にしていました?」
「はい。変わらずお美しいままでした」
「懐かしいわ。
司が違うとはいえ、与志古様と私は共に皇祖母尊様にお仕えした仲間でした。
もう七年も前になるのかしら。
懐かしいわ」
「その時に私のお化粧をご紹介しました。
実際に与志古様にお化粧しましたが、とてもお化粧が映えまして好評を頂きました」
「そうね。与志古様も美しい物には貪欲な方ですから、さぞお喜びになったでしょう。
目に浮かぶようです」
「後宮をよく知る額田様も与志古様も好評を頂いたという事は、このお化粧は後宮で受け入れられるのでは無いかと思うのです。
なので額田様のご紹介を頂き、こちらでも広めたてみたいと考えておりますが、如何で御座いましょう?」
「そうねぇ。
宮でお化粧するのは儀礼的な意味合いもありますので公式の場では、これまで通りの化粧になるでしょう。
でもかぐやさんのお化粧は普段使いにとても良いから、是非紹介したい気持ちもあります。
まずは私のお友達に紹介してみようかしら」
「額田様のご評判に差し障りがないでしょうか?」
「むしろ、紹介しない方が差し障りがあると思うわ。
当てがありますので、人を使いに出してみます。
いつ来てもいい様に準備しておいてね」
「はい、ありがとうございます」
「こちらこそお礼を言いたいわ。
公式の場に出られず何も出来ないのは焦ったかったから」
◇◇◇◇◇
そして数日後、『お友達』様がいらっしゃいました。
「かぐやさん。
こちらは間人皇女様よ。
歳が近いので宮にいる時はいつもご一緒させて頂いている方なの」
「其方が額田殿の化粧係か?
額田殿の化粧、見事であるな。
妾にも化粧をしてたも」
「はい、心を込めてお化粧させて頂きます」
言葉使いから滲み出る高貴さと、額田様より目上で、しかも皇女様。
考えてみれば当たり前ですが、いきなりすごーく偉い方のお化粧をする事になった様です。
しかし、額田様に比べて少し肌荒れが酷いようです。
このまま化粧するのは肌に宜しくありませんので少し如何様を使います。
私も高校時代お世話になったニキビ治療薬の光の玉!
チューン!
よし!
まだ毛穴の黒ずみが気になりますが、化粧で誤魔化しましょう。
高貴な方には強い色が好まれそうなので少し濃い目で。
<お化粧中>
「お待たせ致しました。
お化粧が終わりました。
どうぞお鏡をご覧なさって下さい」
「うむ……。
……………………」
じーっと鏡を見ております。
どうしましょう?
何か気に入らないところがあったかしら?
「かぐやとやら!」
「ひゃい!」
「すごく良い!
素晴らしい!
どうしよう、凄くいい!」
喜んで頂けて何よりですが、少し言葉が砕けてしまってます。
大丈夫かな?
「お気に召しまして、光栄に御座います。
しかし、気になる点が御座います」
「何じゃ? 申してみよ」
「お肌の具合があまり宜しく御座いません。
本来ならばもっとお化粧が映えますところを、お肌の粗を隠すためのお化粧になってしまいました。
私のお化粧の基本はお肌を整え、お肌を美しく魅せるお化粧に御座います。
もし機会が御座いましたら、お肌のお手入れをさせて頂きたく存じます」
「そうなのか。
この出来でまだ物足りないとは誠に楽しみじゃ。
是非頼みたい」
「お肌のお手入れにつきましてはお付きに方にやり方をお教え致します。
夜、ご就寝前に行えば効果は倍増いたしますので、是非お試し下さい」
「そうか。
それは素晴らしい提案じゃ。
額田殿、ご紹介してくれて感謝する。
是非通わせて貰おう」
「はい、皇后様」
……えっ!?
皇后様?
だって帝って五十を過ぎたおじさんじゃない?
間人皇女様は二十そこそこじゃない?
三十歳以上もの歳の差カップル?
てゆうか、私、皇后様に化粧しちゃったけど大丈夫?
額田様、気軽にお友達を呼ぶ感覚で皇后様を呼ぶってどうゆう事?
私は頭の中で混乱する事、一頻りでした
間人皇女は孝德帝の皇后でありますが、大海人皇子の同母姉に当たり額田王の義理の姉という事になります。
現代ではタブーですが、孝德帝の姉である皇祖母尊の娘、つまり叔父-姪の間柄の婚姻です。