お化粧品の訪問販売
年上のお姉さんって眩しい存在ですね。
讃岐に帰って二日目。
昨夜はお婆さんと積もる話をしました。
お爺さんは居たところで皇子様があーだこーだと言うでしょうから放置でした。
本日は長らく留守にしたお詫びと報告を兼ねて挨拶回りです。
順番的には与志古様からです。
額田様の助言もありますので、薄くお化粧をしていきました。
『想い人を振り向かせたいのなら、お化粧なさいね』
真人クンに化粧なんて分からないと思いますが、与志古様に私のお化粧技術について紹介しておこうと自らが見本になって売り込みです。
お化粧セットの開発にかなり金を費やしましたので、少しでも回収しておきたいという本音もチラホラと有ったり、無かったり、有ったりします。
「ご無沙汰してしまい大変申し訳御座いません。
お変わり御座いませんでしょうか?」
「私も真人も美々も元気よ。
かぐやさんも元気でやっていそうで安心したわ。
額田様はお元気?」
「はい、あと3ヶ月ほどで出産のご予定です。
真人様、久しぶり~」
真人クンもミミちゃんも元気そうです。
しばらく見ないうちに随分と大きくなっていました。
でも恥ずかしがって返事してくれません。
久しぶりに会った年上のお姉さんに声を掛けられないという、男の子あるあるですね。
「かぐやさんもしばらく見ないうちに大人っぽくなりましたね。
皇子様の舎人となって責任あるお仕事を任されるようになったのもあるのでしょう。
でも……かぐやさん?
かぐやさんは今、お化粧しているのよね?」
「はい、額田様のお化粧係の方からお化粧品と道具をご紹介頂きました。
それを元に工夫を凝らしたお化粧を施しております」
「すごいわね。
私も儀礼などでお化粧はさんざんしてきましたけど、貴女の様なお化粧しているのにお化粧を感じさせないお化粧は初めて見ました」
「ありがとう御座います。
額田様にもお気に召して頂きました。
地肌に近い色と紅を入れて顔を立体的に化粧しております。
自分に化粧を施すのは苦手ですが、人に施すのは些か得意です」
手鏡が小さいのと銅鏡の色が黄色味がかるので、色を合わせるのに苦労しました。
今は慣れましたけど。
「宜しければ与志古様もお試し致しますか?」
「ええ、宜しくお願いするわ。
讃岐まで道具を持ってきたという事はそのつもりでしたのでしょう?」
「バレましたか。
宜しければお付きの方にもやり方をお教え致します。
お気に召しましたら、使用しましたお化粧品と道具を後ほど送らせて頂きます」
「それは楽しみね。
じゃあお願い」
<お化粧中>
「お疲れ様でした。
お化粧完了致しました」
「ありがとう。
でも私の知っているお化粧とは全然違うのね」
「お化粧によって地肌を痛めてしまうのでは、お化粧が罰になってしまいます。
地肌から美しくする事が本当のお化粧だと考えておりますので、その分手間が掛けております。
日常生活で痛みがちなお肌を補修する基礎化粧品の開発にも、同じくらい手間ひまを掛けます」
「素晴らしい考え方ね。
私も若い頃の様な肌には戻れないと諦めていましたけど、貴女がお顔に塗った液のお陰で久しぶりに張りを感じました。
是非、これを譲って頂戴」
「はい。
日持ちしない物なので一度に送れるのは少量になりますが、こまめにお送り致します」
「本当に貴女は傍に置いておきたくなる子ね。
額田様が貴女を可愛がっているのも分かります」
「皇子様にも額田様にもお目に掛けて頂き感謝に絶えません」
「鎌足様が聞いたら嫉妬しそうね」
「いえ、私は中臣様のご紹介で皇子様の世話になっているのです。
中臣様のお顔を潰してしまわないかと心配で堪りませんので、精一杯頑張らさせて頂いております」
「どんな事でも頑張ってしまうのはかぐやさんらしいわね」
「恐れ入ります。
どう、真人様、お母様は綺麗ですか?」
「う、うん。すごくキレイ。
おねーちゃんも」
「あら、ありがとう。
嬉しいわ」
真人クン、真っ赤です。
こうしてお得様お一人ゲットです。
物部様の奥様にも同じ実演してお買い上げ頂きました。
麻呂クンも真人クンと同じリアクションなのはご愛嬌ですね。
お得意様、もう一方ゲット!
◇◇◇◇◇
さて次は秋田様ご夫妻です。
あの時の赤ちゃん(※)も大きくなったかな?
(※第108話『阿部比羅夫の来訪(2)』ご参照ください)
「ご無沙汰しております。
秋田様、少し老けました?
萬田様はお変わりない様で何よりです。
あの時の赤ん坊がもうこんなに大きくなったのですね」
大化四年生まれなので、白雉三年の今年で(数えで)四歳かな?
ミミちゃんと同じ歳の元気な女の子です。
時々一緒に遊んでいると与志古様は仰ってました。
萬田先生の胸の詰め物も健在です。
「久しぶりの挨拶がそれですか?
姫様は大きくなってというより大人になりましたね」
お胸が大きくなっていなくて悪かったですね。
このオッパイ星人め!
「この先、もっと大きくなる予定ですのでご安心下さいませ」
「安心出来るかどうか分かりませんが、私としては中身が成長されているのかが心配でなりません。
姫様は今、額田様の侍女として働いているのですよね?」
「正確には皇子様の命により、額田様の出産をご支援しております」
「姫様の出産に関する知識は、額田様にも役だった事でしょう」
「そうかも知れません。
ですが皇子様も額田様も私の話耳を傾けて下さらなければ何も役に立たない知恵ですので、私は恵まれていたのだと思います」
「大海人皇子の評判は押し並べて宜しいですからね」
「やはりそうなのですか」
「はい、大臣が相次いでお亡くなりになり、若い皇子様が皇太子様(※中大兄皇子)の片腕として活躍される事を望む者は多い様です」
「そうなれば宜しいかと思いますが、要らぬ軋轢を招いたりしませんか?」
「そうですね。
皇子様もそれが分かっておられるのでしょう。
あくまで裏方に徹しているみたいです。
帝と皇太子様との不協和音も倉山田様の一件以来、顕著になっております。
それに巻き込まれないため、表立って動いてはおられない様子です」
「改元の儀で舞を献上した時に見ましたが、帝皇太子様はそれほどギクシャクはしていない様に見えましたけど」
「衆人の前で仲違いしている様子は見せませんよ。
しかし、皇太子様は年の半分以上を飛鳥京の近くにある川原の宮にいらっしゃいます。
いつ帝に対して反旗を翻すのかと心配する者も少なからずおります。
姫様はその間近に居るのですから、くれぐれもお気をつけ下さい」
「はい。あまりに間近に居ますと、返って何も見えない事もありますので気を付けます」
先ほどからソワソワしている萬田先生に話を振りました。
「ところで萬田様。
お化粧を試しますか?」
「ええ、姫様のお化粧どうやっているのかさっきから気になってしょうがなかったの。
是非お願いするわ」
こうして一日に三名のお得意様をゲットしたのでした。
巨匠・鳥山明先生のご冥福をお祈りします。