産後の闘いはまだまだ続くのです
刀自さんも見納めです。(たぶん)
無事に三つ子を出産した刀自さん。
かなり出血したらしく、産後の肥立ちが宜しくありません。
感染症に掛かるリスクを避けるため、ウィルス、バイ菌退散のアマビヱの光の玉を根気よく当てています。
刀自さんご本人も食事を口にしなければならないと分かっているのでしょう。
重湯を少し飲んで、寝て、また少し飲んで寝て、を繰り返して、懸命に回復に努めています。
しかし、もっと大変なのは三つ子なのです。
この時代の新生児が一歳まで成長できない子はものすごく多いのです。
増して三つ子達は三人でお腹の中の栄養を分け合ったので、明らかに小さく低出生体重、昔の言い方で言う未熟児なのです。
過去の症例でも早産で生まれた低出生体重の赤ん坊を生きながらえさせる事が出来ませんでした。
現代知識で見覚えのある保育器という透明なプラスチックカバーで覆われた医療器。
あれさえあれば……と思いますが、飛鳥時代に無いものは無いのです。
無ければ作るしかありませんが、プラスチックすらも有りません。
木と紙で似たような物が作れないか皆で知恵を出し合って考えました。
その結果出来たのは、空気穴のある木の箱に赤ちゃんを入れて、格子を挟んでお湯の入った鉢を置いて箱の中を体温に近くなるくらいに温める簡易保育器でした。
真っ暗だと可哀想な気がしたので採光用に障子紙を張り、空気穴から赤ちゃんの様子を見られる様にしました。
温度計なんてありませんから、鉢の中のぬるま湯だけが頼りです。
ぬるま湯は1時間に一回は交換して、保育器の中の温度と湿度を保ちました。
そして雇った乳母さんから頂いた母乳をお茶碗で少しずつ少しずつ飲ませて、総勢6人で代わる代わる面倒をみました。
感染症防止のため、アマビヱの光の玉もチュンチュンと当てました。
そんな状態がずっと続き、赤ちゃん達が乳母さんのオッパイを自力で飲める様になった時には皆んなで涙を流して喜び合いました。
同じ頃、刀自さんも出産のダメージが癒えてきて胸が張る様になり、少しずつですが授乳できる様になりました。
乳母さんと一緒に刀自さんが赤ちゃんに授乳させている姿を見て、私達はこの子達を生きながらえさせる事が出来た事をようやく実感したのでした。
◇◇◇◇◇
妊娠中の額田様の元へは合間を見て一日一回は必ずお目見えする様にしておりましたが、三つ子に付きっきりでしたのでまともに報告する事が出来無いままでした。
でも今日は気持ちを落ち着けてゆっくりとお話ができそうです。
「かぐやさん、だいぶ疲れているみたいですが大丈夫?」
「はい。普通の赤子並みに大きくなる事に注力しておりましたが、ようやく目処が立ったところです」
「聞いてはいましたが、やはり三つ子というのは大変なのですね」
「はい。三つ子を出産した刀自様も、生まれてきた子供達も正に命懸けでした」
「それにしてもすごいのはかぐやさんね。
三つ子を欠ける事なく出産させて、母子共に無事だったなんて」
「ほんの少し運が良かっただけです」
「それならば、私もその運に与りたいわ。
私の出産の時は宜しくね」
「はい!
全身全霊、念力釈迦力百人力で頑張ります」
「よ、よく分からないけど一生懸命なのは分かりました。
ところで三つ子が産まれたことは報告したの?」
「報告……と申されますと?」
「三つ子が生まれるって滅多に無いでしょ?
だから三つ子が産まれたらその者には褒美が与えられるのよ」
「え? そうなのですか?
存じませんでした。
もしかして忌避されるのでは無いかとすら思っていました」
「そうね。
双子をとやかく言う人はいるみたいだけど、三つ子は二で割れないからお目出たいと言うそうよ」
「分かりました。
津守様にその様に進言しておきます」
「私からも皇子様に報告しておくわ。
私の産婆さんは三つ子の出産すら成功させてしまったのって」
「いえ、本当に運が良かっただけですので」
「そうゆうところは頑固なのね。かぐやさんは」
◇◇◇◇◇
津守様に額田様から教わった事を話すと、早々に三つ子が産まれた事を届け出たそうです。
そして10日後、官人がやってきて三つ子の確認と褒美を授かりました。
絁10疋に乳母一人だそうです。
オッパイが二つしかないので乳母さんの派遣は助かります。
(※ 絁についての説明は第166話『褒賞と感謝、時々邪念』をご参照下さい)
この目で見るまでは信じられませんでしたが、三つ子誕生を祝ってもらうなんて嬉しい誤算でした。
忌み子として蔑まれ、三つ子である事を隠すため3人を人に預けるかも知れないと本気で心配でしてましたから。
三人がバラバラにならず本当に良かった。
三人で代わる代わる幽体離脱ごっこをやったり、「キンは百歳、ギンも百歳、ドウも百歳」って広告に出たり、三味線持って三姉妹のトリオ漫才で難波お笑い界の頂点を狙うとか、夢が広がります。
【天の声】歪な夢だな。
さていよいよ刀自さんと三つ子の退院となりました。
刀自さん、乳母さん、そして津守様が赤ん坊を一人ずつ抱っこしています。
津守様はと三つ子にデレデレデロデロです。
お産が大変だった事もあって感慨も一塩なのでしょう。
分娩室ではグダグダだったのに……。
「刀自様、おめでとうございます。
これからも大変ですが、お手伝いできる事があればいつでも申して下さい」
「ありがとう、かぐやさん。
でも私の事は刀自さんと呼んで下さい。
出産の時、かぐやさんは私をそう呼んでいたでしょ?」
「いえ、あの時は無我夢中で自分が何を言っているのかも分からない状態でしたので」
「はははは、オレに金◯付いているのかと叱咤したが、あれも覚えてないのか?」
「それは忘れて頂きたい事です」
「いや、オレは忘れんよ。
あの言葉でオレは目が覚めたんだ。
今までのオレが如何にいい加減な奴だったんだと。
オレは刀自に相応しい男になる。
三人の娘に尊敬される父親になるんだ」
「そのお志は尊重致しますが、娘に尊敬される父親というのはなかなか居ませんよ。
年頃の娘というのは難しいですから」
「そうなのか?!」
「私も娘ですので。
影ながら応援しております」
「うぅ……」
「ふふふ、かぐやさん、覚えてますか?
初めて会った時、貴女は私に幸せになって欲しいって言った事」
「ええ、言いましたが……」
「あの時は貴女が何を言っているのか分からなかったの。
まるで私が不幸じゃないって訝しんだわ。
でも今なら分かる。
こんなにも大きな幸せを私は知らずにいたって。
あの時、かぐやさんは今日のこの日がくる事を知っていたの?」
「まさかその様な事はありません。
しかし刀自様……刀自さんが本当であれば得られるはずの幸せに背を向けている様に思えたの。
だからその頑なな心を溶かして差し上げたかったのです。
刀自さん自身が子供を産む事を望んで、健康を取り戻そうとしたから得られた幸せなの。
それがなければ私は何も出来なかった。
だから私からも言わせて。
ありがとう、刀自さん」
「私こそあ…がとう。
本当に……ありがとう」
声がつまって言葉になりません。
刀自さんも涙でせっかくのお化粧が台無しです。
二人ともひとしきり大泣きした後、三つ子達の泣き声で感動が何処かへ飛んでいってしまい、最後は笑いながらサヨウナラができました。
元気でね、三つ子ちゃん。
残るは額田様の出産です。
医療が未発達だった時代の出産についてはたくさん申し上げましたが、産まれた後の赤ん坊のケアも同様に非道い有様でした。
体重1500グラム以下の極低出生体重児や体重1000グラム以下の超低出生体重児は命を間引かれていたそうです。
低出生体重児を未熟児と呼んでいた時代、マーティン・クーニーという興行師がいて、ある目的のため未熟児を見せ物にしておりました。
彼がどんな人だったかWebで調べてみると面白いかと思います。




