刀自さんの出産
何回目の出産シーンでしたっけ?
<中略>で済まそうとしたのですが……。
弥生、三月です。
PCアプリではありません。
ヤマ無しオチ無しイミ無しの薄い本でも御座いません。
【天の声】今はBL本と言うらしいぞ。中身はさして変わらんがな。
刀自さんの出産予定日が近づいた頃、額田様のご許可を得て、以前の仮住まいで刀自さんの出産に備えております。
刀自さんの出産のために新しい分娩台を用意しました。
リクライニングはもちろんのこと、陣痛で苦しんでいる間はゴロンと横になれて、産む時には赤ん坊を安全に取り上げられる工夫を施しました。
監修は私、作製したのは猪名部エモン。
この世の妊婦さんのために多大な貢献をした猪名部さんは産科用医療機器の父として、この世のお母さん達に崇められる事でしょう。
モテモテだね。
工夫はそれだけでは有りません。
日本家屋の弱点、バリアフリーを徹底しました。
このおかげで分娩台に車をつけて移動する事が可能になりました。
畳の高さと、床板の高さを揃えるのにかなり苦労したみたいです。
さて刀自さんの様子はお腹がパンパンではち切れそうです。
明らかにお腹が大きい。
もしかして……、たぶん。
津守様がいらした時に一応報告だけはしておきました。
「津守様、ひとつご報告したい件が御座います」
「かぐや殿、改まってどうしたのだ?
刀自に何かあったのか?」
「そうではありませんが今のうちに申し上げた方が宜しいかと思いまして」
「何か悪いことか?」
「良い事か悪しき事かは判断がつきかねます。
恐らくですが刀自様のお腹の子は双子だと思われます」
「何と!
それで刀自はどうなるのだ?」
「出産は大変なものになるだろう思われます。
私も精一杯ご支援致します」
「ああ、頼む」
「津守様は双子と聞いて何か思うところは御座いますか?」
そう。
一番の心配事はこの時代の人の双子に対する忌避感なのです。
古来から洋の東西に関わらず双子を忌避する傾向があります。
かの英雄、日本武尊が数奇な運命を辿ったのも双子であったためです。
「そうだな。
人によっては双子を忌み嫌う者もいる。
しかし我が子となれば忌み嫌えるはずはない。
兄弟がいっぺんに生まれてくるようなものだ。
もし周りがとやかく言うようであれば一人を親戚に預けることになるかも知れぬ」
「分かりました。
少なくとも津守様が双子であっても大切になさろうとするお気持ちが分かっただけで十分に御座います。
その旨を刀自様にもお伝えしておきます」
「頼む。
こんな事を言って良いのか分からんが、最悪、刀自だけでも無事であって欲しいんだ」
「できうる限りを尽くします」
◇◇◇◇◇
「刀自様、お話しておきたいことが……」
「何でしょう? 改まって」
「もしかしたら、ですが。
刀自様のお腹の子は双子かも知れません」
「えぇっ!」
「まだハッキリとした訳ではありません。
しかしお産は大変なものになるとお思い下さい」
「ええ、分かったわ。
でも……私は何か悪いことをしたのかしら。
何か神様に罰を与えられるような事をしたと言うの?」
「何も悪い事は御座いません。
むしろこれまでたくさん苦労をなさった刀自様に神様から贈り物を賜ったのかも知れません。
お父様、お母様を亡くされてた刀自様に一度に二人も家族が増えるのですよ」
「そんな考え方もあるかも知れませんが、津守様は嫌がりませんか?」
「津守様には予めお伝えしております。
兄弟がいっぺんに生まれてくるようなものだ、我が子となれば嫌えるはずはないと申されてました。
津守様らしいですね」
「ええ、本当に。
ではお腹の子はどうなるのでしょう?」
「無事産まれるよう精一杯お手伝いします。
無事に生まれて刀自様は二人のお子さんのお母さんになります。
そうでしょ?」
「そう……ですね。
欲しいと願って生まれてくる子供ですからね」
「きっと出産は大変なものになると思いますが、頑張りましょう」
「ええ、お願いするわ」
双子を無事に出産する決意を固めた刀自さん。
しかし予想より早く産気付いたのは、その日の夜でした。
いつものスタッフと地元の産婆さんが分娩室で準備に入ります。
地元の方を入れるのは、額田様が出産した後、私がいつまでもここに居られるか分からないからです。
ですので、助産婦のお仕事とこの屋敷を丸ごと引き受けて貰うようお願いしてあります。
「さて、皆さん。
たぶん双子だと思われます。
ですが、やる事はいつもと同じです。
刀自様にとって初参でもありますし、長丁場になるでしょう。
交代で休憩して各自体力を温存して下さい。
刀自様の体力の消耗を出来るだけ抑える事を第一に考えて、手際よくお願いします」
「「「はいっ」」」
刀自さんの陣痛が始まっております。
苦しみながら呻き声の様な声をあげます。
刀自さんはどちらかと言うと痛みに強いタイプです。
それなのに痛みを訴えているのはかなり苦しいのでしょう。
陣痛の間隔が短くなっていき、子宮口も開きました。
いよいよです。
「んん〜〜〜ん、ん、くっ」
「刀自様、呼吸、呼吸!」
「ん! ひっひっふー……。
ひっひっふー…」
息も絶え絶えです。
「痛いのなら思いっきり叫んで。
我慢しなくて宜しいのですよ」
「え……ええ、い、痛いです」
話をするのも苦しそう。
きっと耐え難い痛みに耐えているのでしょう。
「ん”! ん〜〜〜〜」
いよいよか?!
頭が見えます。
「刀自さん! 赤ちゃんが見えています。
あと少しです!」
「ん! ん! ん〜〜!」
おぎゃおぎゃおぎゃ
1人目が産まれました。
でもやはり、お腹はへっこんでいません。
「刀自さん! 刀自さんの家族ですよ。
見て! 刀自さんの子供なの!
もうすぐこの子に兄弟が生まれるのよ。
頑張って!」
私は在らん限りの声で刀自さんを励まします。
「え……ええ、頑張る。
この子のためにも……ん!」
まだまだお産は続きます。
子宮口は全開です。
もう刀自さんの身体はバラバラになりそうなくらい辛いはず。
「ん! ん! ん!
ひっひっふー。
ひっひっふー」
本能なのか刀自さんの母親としての意地なのか、懸命にお腹の中の子を外に押し出そうと頑張ります。
「ひっ……うううーん」
おぎゃおぎゃおぎゃ
産まれました!
双子を無事出産しました!
「やりましたよ! 刀自さん。
双子を無事産みましたよ」
「はぁはぁはぁはぁ、違うのかぐやさん。
違うの……」
「えっ?」
よく見ると小さくなったとはいえまだお腹が大きなままです。
えっ、ひょっとして三つ子!?
私は小さな光の玉を出して中を覗き込みます。
確かに中に居ます!
でも刀自さんの様子が宜しくありません。
「修正します!
双子ではなく三つ子です!
もう一人お腹の中にいます。
気を抜かないで!」
皆んなを鼓舞します。
でも心の中は焦りまくりです。
刀自さんがぐったりしていて、気力だけで何とか気を失わずにいる様子です。
私は分娩室の外へと出て、そこで控えていた津守様に声を掛けました。
「津守様、お腹の中には二人ではなく三人おりました。
三つ子です。
二人を無事出産して、あと1人です。
ですが刀自様が憔悴しきっております。
手を取って励まして差し上げて下さい」
「刀自は大丈夫なのか?」
「今、必死に戦っております」
「オレが手を握ったくらいでどうになるのか?
もういい。
刀自を助けてやってくれ」
その言葉にプツンときた私は津守様に向かって大声を張り上げてしまいました。
「今、刀自さんは命懸けで頑張っているんですよ!
旦那である貴方が逃げてどうするのですか?
それでも金◯が付いているんですか!
男でしょ!」
「あ……、ああ、分かった。
行く、行くよ」
私の剣幕に怯んだのか、津守様は腹を括って私の後について来ました。
「刀自、無事に子供を産んで戻ってきてくれ。
皆んなでお祝いしよう。な!
頑張れ、頑張ってくれ!」
津守様は刀自さんの手を握り話し掛けます。
以前でしたら考えられない光景です。
「津守……様、頑張ります。
三人も子供が出来たの……だから賑やか……でしょ……ん!」
いよいよ三人目が出てきそうです。
刀自さんは津守様の手を握り潰しそうなくらい強く力を入れます。
「あと少しです。
あとちょっと。
さあ、刀自さん!」
ぶにゅん、とした感覚と共に赤ん坊が産道を通って外へと出ました。
……おぎゃおぎゃおぎゃ
弱々しく赤ん坊が鳴き声を上げます。
私は赤ん坊に怪我とかがあった場合に備えて、治癒の光の玉を当てます。
チューン!
赤ん坊は少しだけぽわっと光りました。
それを見届けて赤ん坊を預け、刀自さんの傍に行きました。
顔色が明らかに悪いです。
出血によるものでしょう。
私は過去にたくさんの出産に立ち会いましたが、100%成功したわけでは有りません。
不幸にも母親が亡くなってしまった事も何度かありました。
何も出血が多く、救えませんでした。
その時の悔しい気持ちを忘れた事はありません。
私には光の玉があります。
私の助産の成功率が高いのはこの光の玉のおかげなのです。
場数を踏んだ今の私にとって、出血を止める光の玉はもはや十八番なのです。
刀自さんの内部で起こっているであろう出血を止めるイメージを乗せて光の玉を当てました。
チューン!
刀自さんの身体がポワッと光って、暫くすると刀自さんの呼吸が段々と静かに落ち着いてきました。
ついでに感染症防止のイメージを乗せてもう一発!
チューン!
こうして刀自さんは無事、三つ子を出産し、母子共に危険な状態を脱しました。
現代日本では出産により妊産婦さんが亡くなってしまう事は稀にありますが、医療が進んでいない地域では出産による母親の死が非常に多く、日本の百倍以上亡くなっているそうです。
その最も多い死因が産科出血なのだそうです。
この様な不幸な出来事を少しでも減らそうと、医療関係者の方々は日々努力しております。
感謝。