歌の催し
歌好きの方には見るに堪えないかと思いますが、ご愛嬌と思い、お許し下さい。
ヒラにヒラにお願いします。
額田様は妊娠20週目、安定期に入りました。
悪阻がなくなり、食欲も回復して、いつもの額田様らしさが戻ってきました。
かなり重度な悪阻でしたので、周りも気が気でなかったと思います。
最近の額田様は私の施すお化粧がお気に入りで、これまでのお化粧係だった方にその化粧技術を伝授しています。
お互い練習台となって、お化粧をしあっております。
現代でもほぼスッピンに近かった私が、実年齢中学生にして化粧大会とは……。
ま、今時の中学生は化粧が上手(上手く化れる)ですから。
私が中学生だった時には……(ぶつぶつ)。
元気になってきますと行動をしたくなります。
公務のない額田様もじっとしていられないご様子。
そこで多治比様にお願いして、歌の催しを屋敷でやって貰えるようお願いをしました。
額田様には審査と、気になる様であれば添削もお願いしてみようかと思います。
◇◇◇◇◇
という事で、歌の催し当日。
参加者は選ばれし五人の戦士。
♪ 歌え〜 緑の〜 明日の風を〜〜
身分はバラバラで、下級士官、平民、農民、女性もいますし、お年寄りもおります。
一人一人が宿題を賜り、推敲に推敲を重ねた自信作を披露します。
迎え討つは、御簾の向こうに居られます当第一の歌人と噂に高い万葉のヒロイン、額田王です。
お化粧もバッチリです。
特注の椅子を用意しました。
猪名部さんにお願いして作ったリクライニング付きの椅子です。
「それでは歌の集いを始めたく存じます。
本日は我々の歌の催しにご賛同されました額田王様が是非ともご見学遊ばされたいとの仰せで、場所を変えての開催となりました。
日頃の習いの成果をお見せするに相応しい場なので是非とも奮っての歌を期待しております。
額田様よりお言葉を賜りたく、お願い申し上げます」
「世に数多ある名もなき優れた歌人が世に見出せぬまま埋もれる事を惜しむという多治比殿の意見に私も賛同します。
歌とは、言の葉とは、貴賎に関わりなく等しく人の口の端より出るものです。
満ち足りた者はその満ちた心を詠い、寂しき者は寂しさを歌にして心を慰み、苦しき者はその苦しい心の内を歌として訴えてなさい。
その歌が他の者の心を揺り動かしたのなら、その者は一端の歌人なのです。
此度は一人でも多くの歌人の出現を望みます」
出席者の皆さん、目がキラキラしています。
多治比様は憧れの額田様からお褒めに近い言葉を聞いて、嬉しそう。
……という様子の多治比様を見ていた私を見て、多治比様ははっと襟を正して司会を続けます。
「こほん。
誠に有り難き言葉、感謝に堪えません。
さて、もうすぐ弥生です。
という事で春を待つ歌を持ち寄りました。
端の者より持ってきた歌を披露なさい」
「しがなき下級士官身なれど、かような席に居られる事を光栄に存じます。
それでは詠います」
『冬が過ぎ 春待つ心地 何時迄か
遠き山には 白き雪かな〜』
「宜しいですか?」
すると額田様が多治比様に声を掛けました。
「は、何でしょうか」
「歌の批評をしても宜しいのでしょうか?」
「はい、ご随意に。
皆の者には厳しいご意見を賜る事があるやもしれない事は伝えてあります。
ただ未熟につきましては大目に見て頂けますと幸いです」
「ええ、分かりました。
それでは意見させて頂きます。
まず出だしの『冬が過ぎ』ですが、私でしたら『冬去りぬ』とします。
こうする事で冬という季節が漫然と流れるのではなく、待ちに待っていた感情を表す事ができるのでは無いでしょうか?
そして『遠き山』ですが、少々漠然としております。
出来れば山の名前にするのが宜しいでしょう。
ここにいる者は皆近隣に者達です。
山の名前、例えば天香山とすれば、ここにいる者はその景色を明確に思い浮かべる事が出来るでしょう。
聞き手に歌の中の景色を明瞭に思い浮かべさせれば、それだけで心に響かせる事が出来ます。
歌そのものは悪いものでは有りません。
しかし官僚らしく報告形態の歌になっているのが少し残念な様に思えました」
額田様が提出された歌を容赦なくぶった切ります。
ぶじゅる! ぶじゅる!
と擬音が聞こえてきそうです。
「は、有り難き助言を頂き恐悦至極で御座います。
承りましたお言葉を胸に今後も精進致します」」
この様な調子で一人一人、丁寧かつ徹底的に助言していくのでした。
さて紅一点、可愛らしい女性の番ですが、すごく緊張している様子です。
「ほ、ほ、本日は、おま、おま、お招き頂き、ここここ光栄に御座います。
そ、それでは、詠いまふ(ガリッ)」
噛んだ……。
『土筆の穂 彼方此方に 咲き誇り
春へと誘う 澪標かな〜』
何とか詠い切りました。
「良い歌ですね」
額田様の言葉に女性はパァ〜っと表情が明るくなりました。
「土筆と澪標を掛け合わせたのは見事でした。
けれども技能が先に立ってしまい、他がお座なりになってしまった感じがしました。
もう少し心が動くままに歌を奏でてはどうでしょう?
私が知る舎人は面白い事を言いました。
『考えようとなさるな、感じ入りなさい』
分かりますか?
精進なさい」
(※第152話『妊活の入口』ご参照)
「はい! ありがとうございます」
その舎人って私だよね。
ブルース・リー様、ごめんなさい。
最後はおじいちゃん。
額田様の御前という事で興奮最大です。
「おぉぉぉ、ワシはもう死んでもいい。
額田様にこの歌を捧げて死ぬんじゃぁ」
何となく私のお爺さんの性格を思い起こさせます。
「では詠います、じゃ」
『冬過ぎて 春し来れば
年月は 新たなれども
人は古りゆく〜』
おじいさんが歌を歌い終わると、がたーんと音がしました。
額田様が椅子から立ち上がった音です。
額田様は御簾を上げて、おじいさんの方へと歩み寄って行きました。
額田様! そんな早歩きして転んだら大変です!
お付きの方もあわあわと後を追います。
そんなのに構わず、額田様はおじいさんの手を取って叫びます。
「素晴らしいわ!
私は今、歴史的な名歌に出会えました。
もう私に言えることなんて何も有りません。
本当に良かったですわ!」
おじいさんは呆気に取られて、何も言えない様子です。
顔が真っ赤です。
ひょっとして頭に血が昇っている?
「わ、わ、ワシはもう死んだのか……?」
おじいさん! まだ生きています。
て言うかこのままじゃ本当に卒倒しちゃう!
「額田様! お心を鎮めて下さい。
おじいさんも言葉が出ない様子です」
「あ、ごめんなさい」
完全に素に戻ってましたね。
でも何か……今の歌に聞き覚えがある様な気が?
……
………
…………
あっ! 万葉集!
確かあれ、万葉集の読み人知らずの歌じゃない?
まさかこんな場所(失礼?)で歌われていたなんて!
奇しくも私は歴史的な場所に居合わせてしまったみたいです。
額田様は興奮冷めやらぬ様子のまま御簾の方へと戻りました。
司会の多治比様はこの場を収めるかの様に話します。
「本日は思いもかけない歌に出会え、忘れられぬ歌の催しとなりました。
額田王様も大変ご満足頂けたご様子に御座います。
それでは本日の歌の催しを手配しましたかぐや殿に最後の歌をお願いします」
「え?!」
思わず声に出てしまいました。
何で私?
多治比様を見るとしてやったりな様子で私に笑いかけております。
ちくせう、嵌められた!
額田様の前で、歌えませんなんて言えません。
えーと、えーと、えーと、……。
春が近いんでしょ?
春、春、……春といえば……
「ご指名頂きましたかぐやと申します。
本日は額田様の心の慰みと思い、多治比様にお願いをしてこの場で歌の催しを執り行わさせて頂きました。
お礼に細やかながらお食事をご用意しております。
春の彩りをふんだんに用いましたお食事ですので是非ご堪能ください。
それでは非才の者なれど、一首詠います」
『春近し
恋をなさらずんば
いかがぞや
彼の人をいざなひ
聞こえ給へば〜』
(意訳:もうすぐ春ですね
恋をしてみませんか?
もうすぐ春ですね
彼を誘ってみませんか?)
……………、沈黙が辛い。
すると徐に額田様が発言なさいました。
「かぐやさん、背伸びをしたい年頃なのは分かります。
でも恋の歌はもう少し大人になってからね」
『グハッ』
額田様にトドメを刺されて、歌の催しは盛況の後に尻すぼみな終結となりました。
多治比様めぇ〜。
前書きの繰り返しになりますが……
作者はこの小説を書き始めるまで短歌を読むことは全く有りませんでした。
古典に歌が必須とはいえ、納得のいく歌には全然至りません。
大目に見て頂けますと幸いです。
主人公の歌につきましてはただただ申し訳ありません。
キャンディーズの皆さん、ごめんなさい。