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かぐやコスメティック研究所(KCL)

衣通姫、久しぶりです。

 額田様はほぼ毎日、かぐやコスメティック研究所、略してKCLで過ごしています。

 ある意味この状態を想定して建てられたのですから、お気に召して頂いて有難いことこの上ありません。


 額田様の悪阻(つわり)はかなり重度な部類らしく、口に出来る物がかなり限られております。

 昆布出汁の利いた湯豆腐が何とか食べられる程度です。

 あ、昆布は比羅夫様が持ってきて下さった物です。

 新年の儀の時に難波へといらして、塩鮭と昆布をお土産に持ってきて下さいました。

 気にしなくていいのに。

 お礼に鮭のバターとキノコとお酒を一緒に竹皮包み焼きにしました料理を御馳走しました。


 比羅夫様のお話ですと、阿部御主人様(ミウシくん)も難波宮に夫婦揃って来ているそうです。

 アチチですね。

 久しぶりに会いに行きたいなと思っていましたら、御主人(ミウシ)クンと衣通姫のご夫妻が向こうから訪れてくれました。

 比羅夫様からこちらにいる事を聞いたのだそうです。


倉梯(くらはし)様、ご無沙汰しております。

 衣通様もお変わりなくお過ごしのことと存じます」


「かぐや殿よ、堅苦しい挨拶はやめよう。

 こちらに来ているとは聞いていたが、まさかこの様な屋敷を構えているとは思いも寄らなかった。

 讃岐にいても難波にいてもかぐや殿は突飛な行動が多いな」


「これでも考えに考え抜いて、やむ無くこれしか方法が無いと思い悩んだ上で、ポンポンと建てたのですよ」


「ポンと?

 ……かぐや殿はこれまで他の屋敷も建てたのか?」


「そうですね……、讃岐のお屋敷に、中臣様と倉梯様の宮の建設に関わって、この屋敷が4軒目ですね。

 あと讃岐で多治比様がお住まいになっている屋敷の再建(リフォーム)も数に入れましょうか?」


「一体何でまた……」


「そうですね。

 一番最初、屋敷を建てた時はそれまで住んでいた屋敷では冬を越せないし、防犯上心細かったので新築する様、父様に上申しました。

 中臣様と倉梯様の宮につきましてはご説明は御座いませんよね?」


「あ、ああ、そうだな。

 まさかかぐや殿が建設に関わっているとは思わなかった。

 苦労を掛けて済まなかった」


「いえ、宮を讃岐に建てて下さったお陰で父様は冠位を授かったのです。

 御礼を言わなければならないのはこちらの方です。

 お礼と言っては何ですが、このお団子をどうぞお召し上がり下さい」


 ハチミツを使ったみたらし団子を薦めます。


「ああ、有り難く頂くよ」

「かぐや様、とても美味しいです」


「私にとって屋敷とはこの世で生きていくために必要な三つのうちの一つなのです」


「三つ?

 何だ、三つとは?」


「衣服、食事、住まい。

 衣、食、住の三つに御座います」


「衣食住?

 それがかぐや殿が必要とするものか?」


「ええ。

 これらのどれか一つが欠けたとしても、人は獣と変わらない生活になってしまいます。

 人が人として生活するために必要なものですから、妥協する事は致しません」


「そうですね。

 かぐや様は食べるものも、衣服も、お住まいも、一生懸命なさいますね。

 今座っているこの床も心地よくて寝転がったら気持ち良さそう」


「寝転がっても宜しいですよ。

 これは畳と言って、硬い藁敷の上にゴザを被せた物です。

 堅すぎず、柔らかすぎず、横になるのに丁度いい塩梅の硬さ突き詰めたものです。

 皇子様もお気に召して、その日のうちに持って帰られました」


 私が率先してゴロンと横たわると、二人もおずおずと横になりました。


「ふむ……確かに板の上に寝転がるのとは雲泥の差だな」

「気持ちいいわ」


「お布団を畳の上に敷いて寝ますと眠りの質が違うのですのよ」


「かぐや殿はこの畳をどこで手に入れたのだ?」


 御主人様(ミウシくん)は起き上がりながら質問します。

 横になったまま答えるのはさすがに端ないので、姿勢を正して答えます。


「これは人に指示して作らせました。

 宜しかったら、その者をご紹介致しますが?」


「そうだな。

 人を持て成すのにこれほどの物はないだろう。

 衣通にも使って欲しいと思う」


「いえ、そんな。

 御主人様こそお使い下さいまし」


「あらあら、仲のよろしい事で。

 うふふふふ」


「あ、いや。そんな」

「かぐや様の意地悪」


「この畳は額田様の体調を考慮して作らせた物なのです。

 衣通様にもきっと宜しいと思います」


「すると、この屋敷は大海人皇子の妃様のために建てたのか?」


「ええ、額田様が子を成すため、私の持っている知恵を全て注ぎ込みました。

 これまで建てた屋敷の経験が役立ちました」


「子を成すための屋敷……とは?」


「心に安らぎを与えて、身体を清潔にして、食事が美味しくて、屋内でも身体を動かせて、外が暑くても寒くても快適に過ごせる事を第一に考えたものです」


「子を成すための屋敷を、普通は産屋と言わないのか?」


「ええ、ここは産屋として建てた施設ですよ。

 こことは別のもう一つの屋敷ではこの地の領民のために出産を請け負っていますが、とても好評です。

 出産を穢れとし、劣悪な環境で子を産まなければならない女性を支援(ケア)する所が他にありませんので」


「改めて考えてみると、出産というものを穢れと考える事が如何に罪深いことか思い知らされるな。

 衣通が子を産む時には精一杯の事をしよう」


「あら、子を産むご予定がおありなのですね。

 ふふふふ」


 衣通ちゃん、顔が真っ赤です。

 ちょっと揶揄い過ぎたかな?


「ここは女性が綺麗になる事を目的とした施設でもあるのですよ」


「キレイってお風呂に入って汚れが取れる事?

 ここしばらくお風呂に入っていませんので、私も綺麗さっぱりになりたいです」


「ええ、お風呂もありますがそれだけではありません。

 お肌をツルツル磨き上げて、お化粧もします」


「かぐや殿も化粧をする様になったのか」


「いいえ、私はしません。

 私はお化粧品を作って、お化粧をして差し上げる側です。

 衣通様、折角ですので化粧品のお試し(メイクモニター)をやってみますか?」


「わ、私が?

 お化粧なんて一度しかやった事がありません。

 恥ずかしいです」

「そうか? 似合っていたぞ。

 是非やって貰いたいな」


「という事です御主人(みうし)様のご意見を聞き入れまして、お化粧を開始しましょう♪」


 瑪瑙(めのう)乳鉢を使ってファンデーションの色をたくさん作ったのですがモニター不足で実験台になってくれる人が少ないのが悩みでした。

 衣通ちゃんなら新しい技術(わざ)も試せそうだし。


「では、お覚悟!」


 じゃきーん!


 ◇◇◇◇◇


「さ、出来ました。

 鏡をご覧下さい」


「はい……、え?

 これが私?」


御主人(みうし)様、如何でしょうか?」


「驚いた。

 姉上が化粧している姿を何度も見ているが、全然違う。

 衣通なのに衣通じゃないみたいだ。

 いや……美しい衣通が更に美しくなったのか?」


 ふふふ……、現代の化粧技術(メーキャップ)を思い知りなさい。

 化粧下地(ベースメイク)から始めて、立体的な絵画を描く様なメイクです。

 のっぺりと白粉を塗りたくる化粧ではありません。

 このために20種類の化粧用の筆も作らせました。

 職人さんには「こんな筆じゃ字は書けねぇぞ」と怪訝な顔をされました。

 でもお陰で細かな部分まで自然(ナチュラル)な仕上がりが実現できました。

 口紅(ルージュ)も真っ赤ではなく、あえて薄い色をチョイスして衣通ちゃんの素材の良さを引き立たせました。

 丁寧に粉砕した粉は均一できめ細かく、素顔の一部の様です。


 二人が呆気に取られていると、そこへ奥の間でお休みになっていた額田様が入ってきました。


「かぐやさん、宜しいかしら?」


「はい、どうぞ」


「あら、かぐやさん。

 お客さんなの?」


「ええ、阿部御主人様と奥方の衣通様です。

 お二人とは幼馴染なのです」


「ごめんなさいね。

 体調が良くないので。


 ……かぐやさん、これは何?」


「何と申されますと?

 お化粧道具ですか?」


「そうじゃないの。

 この子よ。

 何? この子、すごく綺麗。

 化粧しているの?

 こんな化粧みた事がないのだけど」


「え、これはご紹介頂きましたお化粧品に手を加えてみました。

 試す機会がありませんでしたので、衣通様にお付き合い願いました」


「かぐやさん、これいい!

 このお化粧、私にもお願いできる?」


「ええ、もちろんです。

 お化粧は女性の特権ですから喜んで。

 お化粧品の成分はお身体に害のない物を厳選しております」


 思わぬ額田様の乱入でしたが、額田様の反応をみる限り現代の化粧技術は飛鳥時代でも気に入って貰えそうです。


 それにしても御主人(ミウシ)クン、惚気がスゴイよ。

 ご馳走様でした。

現代の化粧と古代の化粧とでは原材料、考え方、美意識、宗教的な意味合いなど様々な面で違っております。

ですが、普遍的な美しさというものは変わらないと思います。

現代の化粧を見たら、きっと誰もがミウシ君の様な反応(リアクション)になるだろうと思います。

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