刀自さんの出産立ち合い
本作3度目の出産シーンですが、字数の関係でだいぶ間緑化しております。
刀自さんの所へ通う様になって3ヶ月。
最近の刀自さんは食事の量も徐々に増えて、だいぶ肉付きが良くなってきました。
同時に身体を動かす事も指導しました。
筋力そのままで体重が増えたら悲劇ですからね。
異世界で運動不足の人が行う運動といえばラジオ体操。
ラジオ体操は動的ストレッチの一種です。
アスリートが行うのには動作に偏りがありますし、物足りないでしょうけど、刀自さんの様な虚弱な方には十分過ぎる運動量になります。
一番最初はラジオ体操第一だけで息も絶え絶えでしたが、今ではラジオ体操第二もバッチリです。
幻のラジオ体操第三を知っていれば第三もやっていましたが、雑学王ではありませんので諦めました。
代わりに現代で会社の福利厚生で半年だけ通ったフィットネスクラブで教わった体幹トレーニングを取り入れました。
大体の人はそうですが、フィットネスクラブの法人会員で一回500円で通えるという券を使って通ってはみたものの、最初の頃は毎週通っていたのが次第に間が開き、いつの間にか自然消滅的に通わなくなりました。
いつでも通えるというものは、いつまでも通わないのと同義なのですね。
ハードディスクレコーダーに撮り溜めたた連続ドラマみたいなものです。
いつでも観れると思うと、いつまでも観なくなります。
現代に残してきた撮り溜めした動画の中には巨人が出てくるアニメもありましたが、最終回をまだ観ていません。
ファイナルシーズンにパート1と2があって、更に続きで完結編があるとは思ってもみませんでした。
もし異世界へやって来るのだと知っていたら、全話一気見しておりました。
【天の声】手を抜いていたら、この小説も同じ運命になるかも知れないぞ?
◇◇◇◇◇
「かぐやさん。
この様に食事して身体を動かして、私はどうすれば宜しいのでしょう?」
「どの様に、と申しますと?」
刀自さんがストレッチの後、私に質問をしました。
「かぐやさんは私に子供が出来ない事を心配された宮の方にお願いされてここに来ていると聞いております。
ですが今やっている事が子供を作るのにどう関係しているのかが分からないので……」
「そうですね。
今は子供の事より刀自様のご健康を優先しております。
以前の刀自様は出産に耐えられる体力でなく、子供を成す成さない以前の問題でした。
ですから私としてはそれだけでも半分以上、目的を果たした様なものです」
「ではこれから私は子供を成さねばならないのですか?」
「それをお決めになるのは刀自様です。
刀自様がお子様を望むのなら私はそれを全力で支援致します。
しかし望まないのであれば私は無理強いを致したくありません」
「かぐやさんはそれで良いの?
皇子様の妃様からのご命令では無いの?」
「命令というより、額田様のご出産をお手伝いするに足る者であるかどうかを試されている様なものですね。
それが出来ないと罰せられる事は無いと思います」
「そうなの……。
私は子供が欲しいと強く願ったことはもありません。
でも要らないとも思っておりません。
ただ……分からないのです。
子供という存在が私にとってどの様なものなのかが」
うーん、育った環境が異質でしたからね。
身内に虐げられてきた刀自さんにとって、自分の子供という存在がピンとこないみたいです。
「焦らなくてもいいですよ。
子供を産むというのは女子にとって命懸けなのです。
命を賭けてでも産みたいと願わなければお辛いですよ」
「そう……なのですか?」
本当に特殊な環境で育ったため、出産がどの様なものであるのかも存じていないみたいです。
「それでは出産に立ち会ってみますか?」
「出産に? ……立ち会う?
その様な事が可能なのですか?」
「ええ、津守様の口添えで周辺の方の出産を手伝う事になりました。
既に何件か出産に立ち会わさせて頂き、好評を得ております。(特に産後の食事のオマケが)
もうすぐ出産を控えた方がいますのでご覧になると宜しいかも知れません。
念の為に申し上げておきますが、刺激がお強いので来られる時には覚悟をして下さい」
「そうですね……、考えてみます」
「早ければあと10日くらいで産気づくと思います。
もし立ち会うおつもりであれば、それまでに私の屋敷においで下さい。
お部屋をご用意致します」
そしてこの7日後、刀自様から出産の場に立ち会いたいとのお返事を頂きました。
◇◇◇◇◇
刀自様とお付きの婆やさんが私達の仮住まいにやってきて5日が過ぎました。
ここでは妊婦さんが泊まりに来るようお願いしております。
衛生的な環境が確保出来ますし、何かあった時にいち早く対応出来ます。
妊婦さんと幼い子供の食事の世話もこちらで診ると言ったら、旦那さんも喜んで妊婦さんを差し出してくれました。
このくらいに無料奉仕をしませんと相手にして貰えませんからね。
お昼を過ぎた頃、妊婦さんにおしるしがきました。
「刀自様、妊婦さんが産気づきました。
この方は経産婦なので出産は比較的早く済むものと思われます。
どうぞお近くでご覧下さい。
しかし気分が悪くなりましたら、無理をせず退室なさって下さい」
「わ、分かりました」
分娩室へ行くと妊婦さんが柔らかい麻の布を敷き詰めた寝具に横たわっております。
「か、かぐやさん。
ここで出産をするのですか?」
「いいえ、ここで直前まで横になって、産まれそうになりましたら出産するために作った台の上に移動します」
うろ覚えでしたが、分娩するのに楽な姿勢になる様に、経産婦の八十女さんにモデルになって貰い、猪名部さんに作って貰った物です。
リクライニング機能はありませんので、陣痛の間は寝台で横になります。
「うー、うー、うー、うー」
陣痛の痛みに妊婦さんが唸っています。
「かぐやさん、苦しそうですが大丈夫なのですか?」
「はい、大丈夫ですよ。
出産の際は陣痛という痛みを伴います。
これは母体がお腹の中の赤子を押し出そうとする痛みです。
いわゆる産みの苦しみというもので、必要なものなのです」
「何故、女子は苦しい思いをしてまで子供を産まなければならないの?」
「それは子供が生まれた後、お考えになって下さい。
きっとお答えが見つかると思いますよ」
私はそう言って、妊婦さんに水を差し出して励まします。
「たくさん汗をかきますのでお水を飲んで下さいね」
「あ、ありがとうございます。
こんなにご親切にして……頂いて、勿体無い……事です」
「気にしなくて良いの。
あなたは元気な赤子を産むことだけ考えて。
いきみの仕方は覚えていますよね?」
「はい。ひっひっ、ふーー。」
いよいよ破水しました。
出産が近づいてきました。
分娩台へと移動します。
「んっ! 痛い痛い痛い!」
私は妊婦さんの腰をさすってあげます。
「痛いね。痛いですよね」
私達は妊婦さんを励ましながら、陣痛と闘う妊婦さんの世話をします。
日が暮れて辺りが真っ暗になる頃、陣痛の間隔が短くなってきて、いよいよ子宮口が開いてきました。
あと1、2時間くらいでしょうか?
ずっとそばにいる刀自さんも疲れ切っています。
「刀自様、もうすぐ産まれます。
あと少しですので頑張って下さい」
「ええ……、かぐやさんも頑張って下さい」
今回の妊婦さんは経産婦なので、どちらかと言えば比較的スムーズです。
「さあ、頭が見えてきました。
後少しですよ」
「んんん〜〜〜っ!
は……い」
私だったら耐えられるかわからない痛みに耐えて、私の呼びかけに返事をします。
「んんんんんん〜〜〜〜〜!」
(おぎゃぁおぎゃぁおぎゃぁ)
「産まれましたよ!
元気な男の子です!
産まれましたよ!」
「はぁはぁはぁはぁ…
……はい、ありがとうございます」
急いで清潔な布で赤ちゃんを拭きあげてお母さんに手渡します。
こっそりとウィルス、バイ菌の滅却する光の玉を連発しました。
そして赤ん坊に怪我がないか治癒の光の玉を当てました。
光を放たないので怪我はないみたいです。
「奥方様もありがとうございました」
妊婦さん(今は赤ちゃんのお母さん)が刀自様にもお礼をしました。
「えっ!? 私は何も出来ませんでしたよ?」
「傍に居て下さるだけで励みになります。
この子が奥方様に見守られて産まれてきたのです。
上の子の時、吹きさらしの小屋で産んだの比べればこんなに有難い事はありません」
古代基準の出産の現場は出産を穢れの様に扱うので、妊婦さんにとって過酷なのです。
「え、えぇ。
無事に産まれて本当に良かったです。
ゆっくり休んで下さいな」
「本当にありがとうございます。
この子に代わってお礼します」
出産後の後始末を終えた頃には深夜になり、みんなヘトヘトです。
予め焼いてあったパンを食べて、一息つきます。
「皆さん、お疲れ様でした。
刀自様はお身体は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。
大変でしたが、気持ちは充実しております」
「無理なさらないで下さいね」
「以前の私でしたら身体が保ちませんでしたが、かぐやさんのおかげで最後までご一緒出来ました。
本当にありがとう」
「いえ、ほんの少しお手伝いしただけですよ」
「でもかぐやさんが来なければこんなにはなりませんでした。
私の身体が出産に耐えられないと仰っていた意味がよく分かりました」
「いつも思いますが、妊婦さんは大変なんです」
「本当に大変そうでした。
でも赤子を抱き抱えた母親の顔は幸せに満ちておりました」
「きっと望まれて産まれた赤子なのでしょう。
自分が取り上げた子が皆、幸せになって欲しいと願っております」
「私のこの身体が同じ様に赤子を産むことができるというのが不思議に感じます。
本当に私でも赤子を産む事は本当に出来るのですか?」
「刀自様がお望みになるのでしたら私はそれを全力で支援します。
この言葉に偽りは御座いません」
「そうですか……。
あんなにも愛おしい命を産むことが出来るのなら、私はやってみたいと思います。
かぐやさんがいれば、やっていけそうな気がします」
出産に立ち会った興奮も手伝って、刀自様が出産の覚悟を決めました。
その前に妊娠という障害がありますが、まずは大きな一歩を踏み出すことができました。
前話で天然にがりを使った豆腐が出てきましたが、中国では紀元前から豆腐が食されていました。
日本には奈良時代、遣唐使を通じて伝わったそうです。
本作では、50-100年ほど時代を先取りしております。




