刀自さんの旦那様
殆どセリフです。
この作品には不適切な台詞が含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本小説の特性に鑑み、飛鳥時代当時に表現をあえて使用し執筆しております。
……という言い回しはドラマ「不適切にもほどある」のパクリですね。
面白すぎ!
刀自さんの屋敷に通う様になって一か月。
少しづつではありますが刀自さんの食事の量が増えてきました。
そんなある日、刀自さんの旦那様がお戻りになり、ご挨拶をすることになったのです。
旦那さんの本音を聞き出したいので、刀自さんを抜きにしての面会となりました。
「はじめまして。
大海人皇子の舎人の一人、かぐやと申します。
以後宜しゅうございます」
「おう、刀自が世話になっているな。
俺は津守だ。
先日まで播磨へと出掛けておったので挨拶が遅れて申し訳ない。
暫く見ないうちに刀自が元気そうになったのはかぐや殿のおかげだと聞いている。
感謝する」
刀自さんの旦那さんは少し男臭い感じですが礼儀の正しい、いわゆる体育会系な方です。
「いえ、宮の者の紹介で参りましたが、刀自様の食が細くて心配になりましたので、滋養の付く食事をご用意しただけです。
私の郷では皇子様と中臣様の命を受けて農業試験を行っております故に、美味しいものが豊富にございます。
津守様にも是非お召し上がり頂きたく存じます」
「それは楽しみだな。
ところで一つ確認させてくれ。
かぐや殿がここへ参られたのは刀自に子が出来ぬ事を心配した宮の者の口添えによるものだと聞いたが、それで違いはないのか?」
「はい。あらかたはその通りに御座います」
「という事は刀自に子が出来るまでかぐや殿はずっと刀自のところにいるつもりなのか?」
「そうですね。
その前に宮から帰還せよと申し付けられるかも知れませんが、私としましては刀自様がご健康になる事を最優先にしたいと考えております」
「ならばもう健康になったから用事は済んだと?」
「刀自様はその特殊な生い立ちのため、心に大きな傷をお持ちです。
身体の傷は見ればすぐ分かりますが、心の傷とは傍目に分からない故気付き難く、治ったと思ったとしても実は治っていない事が少なくありません。
おそらく今のまま放置してしまえば、遠からず元に戻られてしまうでしょう」
「そんなものは単なる甘えでは無いのか?
気持ちの持ち様でどうにかなると思うのだが」
出た!
体育会系名物『何事も根性で解決』。
「私からもお聞きしたいのですが、津守様は刀自様をどうお思いでしょうか?」
「その様な事を聞いてどうすると言うのだ?」
「刀自様はご両親を亡くされて天涯孤独の身です。
ご本人はお気づきでない様ですが、頼る人が居ない今の状況を当たり前に考えておいでです。
それ故に肉親の情、夫婦の情、そしてこの先産まれるであろう子供に対する愛情を持つ事が出来ないご様子にお見受け致しました」
「俺としては押し付けられた形でやってきた刀自を引き受けたのだ。
実家が没落した際に追い出さなかったんだ。
感謝して当然なはずだ」
「その没落した実家とは、刀自様のご両親を殺害した叔父である事はご存知ですか?」
「え?! ……そうなのか?」
ああ、やっぱり。
この方、刀自さんの事を全然ご存知ではないです。
「此度の件につきましては多治比様のご協力を頂き、お邪魔させて頂いております。
皇子様の側近である多治比様がそこまでするのには訳があるかと思われます。
刀自様のご実家で残ったのは刀自様お一人のはず。
刀自様がお子を成せばその子が実家の正当な継承権を持つ、なんて事もお考えかも知れません」
……かも知れないという話ですよ。
「むう……」
「今の刀自様はお付きの婆や様だけにしか心を許しておりません。
もし刀自様が津守様に心を許す様になれば、間に出来た子も大切になさるでしょう。
私は刀自様に幸せになって頂きたいと願っております。
それはひとえに津守様に掛かっていると思っております」
「そうは言うが俺は何をすればいいのかさっぱり分からないぞ」
「刀自様以外の女性に子を孕ませておいて、それを仰いますの?」
「それは……その何だ。
飯とか粗末な屋敷を与えれば簡単に股を開く女は楽だからの。
刀自は飯を食わんし、屋敷はあって当然だから他に何を与えれば喜ぶのかさっぱり分からん」
古代の男は女を性欲の捌け口くらいにしか考えていないのだから。(怒)
「刀自様は身内に裏切られた結果、身寄りを亡くされてしまったのです。
刀自様にとって必要なのは信頼出来る方だと思います」
「俺が刀自の信頼を得よと言うことか?」
「津守様はお強い方です。
強いからこそ弱き人の気持ちを理解する事ができない様に思えます。
津守様の仰る事は正しい事であっても、弱き者には同じ事が出来ません。
出来ない事を強要しては信頼を得る事は出来ませんですよ」
「ならばどうすればいいのだ」
「まずは話を聞く事です。
津守様がご自身の意見を一切に言わず、ひたすらに聞くのです」
「それだけでいいのか?」
「実際にやってみますと意外と大変です。
一言を言わずにはいられなくなる気持ちをグッと抑えて、聞き役に徹するのです」
「そう言われると難しいだろう。
俺は思った事をズケズケと言う男だからな」
「一回で上手くいくわけではありません。
根気が必要です」
「それをずっとやれと言うことか?」
「そうですね……。
一つの目安として、刀自様が涙を流して自身の事を語られたら、津守様が刀自様の一定のご信頼を得たとお考えになって良いかと思います」
「面倒だな……(ボソリ)」
全く、もー!
「ちなみに津守様はどの様な女子が好みで御座いますか?」
「何だ、急に」
「いえ、津守様が刀自様を嫌っておられないか心配になりましたので」
「嫌うも何も無いな。
刀自と目合ったのも一度きりだ。
正直萎えるのだ。
俺はもっと肉付きが良く、肌が白くてきれいでな女が好みだ」
何と言うか……この男。
ぶん殴って良いかな?
でも勝算はゼロでないのは分かりました。
現地の倫理観を現代基準で断罪するのは異世界ものの禁忌です。
この時代、男性の地位は圧倒的に優位です。
むしろ歩み寄る姿勢を見せた津守様が異例なのかも知れません。
だけど、後で思い知らせてやるつもりなのは確定です。
覚えてらっしゃい。
「もう一つお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「いえ。
この地の領民で出産が御座いましたら、そのお手伝いをしたいのです」
「何でだ?」
「私はこれまで百人ほど赤子を取り上げました。
ここでも腕が衰えないようにしたいのです。
無論、報酬は要りません。
また、出産後の回復のために妊婦のための食事もこちらでご用意致します」
「それならば構わぬ。
何も要求せぬのだな?」
「はい、全くそのつもりは御座いません」
「では領を取りまとめる者に伝えておこう」
「ご配慮、感謝致します」
「感謝するのはこちら側だ。
頼むぞ」
こうして私は津守様の言質を取って、この地で本格的な活動をすることになりました。
今に見てろよ〜〜。
あとは良くなる一方の予定……だと思います。




