悲観的思考(ネガティブ)な刀自様
少し重たいお話ですが、そのうち快方へ向かいますので気楽にお読み下さい。
(これまでのあらすじ)
大海人皇子の舎人のかぐやです。
皇子様の命により、私は子供が出来ないことに悩む額田様の妊活をご支援する事になりました。
しかし現代ならばピカピカの中学1年生、舎人としてもぺーぺーな私に妊活というデリケートな問題をそう易々とお願いできるものではありません。
という事で、お知り合いに不妊に悩む女性の施術を見てから判断したい、と相成りました。
しかしその女性、名前は刀自さんは、健康不安と自信喪失、旦那さんが通わないなど、問題山積でした。
強大な問題を前に、私は竹林で採れた金須を握りしめて難波へと向かいます。
私達の戦いはまだまだ続くのです。
〔第一部完〕
【天の声】勝手に終わるな!
難波へと舞い戻った私は難波に屋敷を構える事にしました。
いずれは屋敷に額田様をお迎えして施術する事を考えておりますので掘っ立て小屋とか、竪穴式住居というわけには参りません。
となりますとその道の専門家の出番です。
サモン!猪名部さん!
出張費用出すからね。
お屋敷完成までの半年間、多治比様にお願いして仮住居をご用意して頂きました。
私と一緒に来た皆んなの住む所の確保と刀自さんの特別食事を作るためです。
食事を作るために台所を増強しました。
饅頭を焼くつもりなのでパン窯も作る予定です。
讃岐でもパン窯は既にあり、饅頭や焼菓子を一度にたくさん作れる様になりました。
ついでに小さなお風呂を作ってしまいました。
この時代の死因の一つに皮膚病も大きな要因となっております。
清潔な環境は私にとって死活問題なのです。
さて難波まで来たメンバーですが、源蔵さんは絶対です。
本人も行かないという選択肢は無かったみたいです。
そして難波滞在が長期に渡るということで八十女さんも来ました。
3人の子供達も一緒です。
妊活のお手伝いに関しては源蔵さんよりも頼りにしています。
源蔵さんの補佐にサイトウが付きました。
本人のたっての希望です。
サイトウは髪の毛の為ならどんな仕事も厭わないつもりみたいです。
そしてサイトウの奥さん!?
何とサイトウは結婚していたのです。
サイトウのくせに!
しかも乳が大きいです。
サイトウのくせに!
奥さんを何て呼べば良いのかと聞いたら、八十女さんみたいに名前をつけて下さいと言われました。
丸一日迷った挙句、前髪の毛がピンッと立っていたので憂髪さんにしました。
憂髪……浮き髪……アホ毛!?
他意は無いのよ。
名付けした後に気がついたのだから。
サイトウを見ているとどうしても髪が気になってしまうので仕方がありません。
私のネーミングセンスに期待するのが間違いなんだから!
そして専属の護衛さんは、元・自警団の団長さんです。
私にとって一番付き合いの長い護衛さんなので気分的に楽です。
奥さんも一緒に来てくれました。
多少の剣の心得があるので、女性だけになった時の護衛として働いてくれるそうです。
◇◇◇◇◇
という事で、10日ぶりに刀自さんの所へカウンセリングに行きました。
前回は私一人でしたが、今回は八十女さんと憂髪さんについてきて頂きました。
源蔵さんは新居建設の指揮、サイトウは私達の荷物運びです。
「刀自様、お加減は如何でしょうか?」
「えぇ……、別段変わりは御座いません」
「月のモノはきましたか?」
「えぇ、3日ほど前に」
という事は2ヶ月と1週間ぶりですね。
「月のモノが来て、体調は如何でしょうか?」
「お腹の下の部分が痛くて、頭が重く痛みますが、大丈夫です」
この時代の人の痛みへの耐性がどのくらいか分かりませんがかなり我慢強い……、と言うよりは苦痛を苦痛と感じないのではないのでしょうか?
「少し失礼します」
私はそう言って、刀自さんの両手を取りました。
掌を上にして、傍目からは脈を取っている様に見えるでしょう。
「目を瞑って頂けますか?」
「あ……、はい」
何故か刀自さんのーお付きの方まで目を瞑ります。
でもちょうど良いのでそのまま。
私は現代で一番世話になった鎮痛剤をイメージして、不可視の光の玉を刀自さんにぶつけました。
チューン! チューン! チューン!
念の為、三発。
用法、容量を全然守っていませんね。
仄かに刀自さんが光を放ちました。
「刀自様、痛みは如何ですか?」
「え? ……凄い。
痛みが消えてしまいました。
何故?」
「これが私の施術です。
刀自様は痛みが消えた事で、今までどれだけ痛かったか気がついたのですよね?」
「えぇ、驚くほどスッキリしました」
「この前、刀自様に『幸せになって頂きたい』と申し上げましたよね?
幸せというのは、幸せで無かった過去のご自身に比べて良くなった時に感じるものなのです。
痛みが無くなった刀自様はほんの少しだけ幸せになりました。
これからはもっと幸せになって頂きたいと思っております」
「でも……贅沢に慣れてしまう事が本当に幸せなのでしょうか?」
「そうですね。
贅沢は怖いです。
生きていくのに大して大切でない物に執着したり、ほんの少しだけ苦しいからって逃げ出したりしそうになります。
しかし、この世に生を受けて我慢するだけで終わるとしたら、それは悲しい事だと思いませんか?
守りたい物があった方が生きる張り合いになります。
それが傍目から見てどんなに些細な物に見えたとしても、張り合いがある事は大事だと思います」
「私には……私には張り合いなんて子供の時に無くしてしまいました。
この先私はこのまま年老いていくか、その前に儚くなるか、もうそれしかないと思っています」
うーん、かなり悲観的なお考えの持ち主ですね。
この様なタイプの人に口でいくら言っても、聞き入れて貰うのは大変です。
少し手口を変えてみます。
「ところで刀自様に美味しいお米をお召し上がり頂きたいと思い、郷で採れたお米を持って参りました。
申し訳ありませんが、調理をお願い出来ますか?」
すると刀自さんのお付きの方が立ち上がり、
「それでは私が調理します」
と応えました。
私は八十女さんに手招きをして、
「八十女さん、水加減とか分かり難いので手伝って差し上げて下さい」
とお願いしました。
そして小声でもう一つお願いを付け加えました。
「はい、畏まりました」
八十女さんは元気よく返事をして、お付きの方についていきました。
「それでは調理がひと段落しましたらお暇します。
出来上がりを待っていましたら日が暮れてしまいますから。
刀自様も疲れましたでしょう。
ごゆるりとお休み下さい」
「はい、そうします。
本日はありがとうございました」
刀自さんは気怠そうにお礼を言います。
もう体力が残っていないのでしょう。
「憂髪さん、刀自様を支えて下さいますか?」
「あ、はい!」
刀自さんは憂髪さんに支えられながら、部屋へと戻って行きました。
そして刀自さんのお付きの方が戻って来たところで屋敷を後にしたのでした。
◇◇◇◇◇
仮住まいへと戻ると八十女さんが私に聞いてきました。
「姫様、水をたっぷりにしてお米を煮込んで良かったのですか?
赤ん坊に与える粥みたいになってしまいますが」
「ええ、重湯は病人に優しい食事です。
精米した白いお米だと重湯はとても美味しく頂けるのですよ」
「そうなんですか。
今度子供達が病気になったら食べさせてみます」
「ええ、子供の味覚だととても甘く感じるそうです。
少し塩を入れると甘味が際立ちますよ」
「何だか私も食べたくなってきました」
「ところで八十女さん、あの事は聞いて貰えましたか?」
「ええ、重湯の準備をしながらおばさんと話が出来ました。
刀自様があそこまで後ろ向きなご性格になってしまったという切っ掛けについて、話を聞けました」
「それは良かったわ。
それでは屋敷に戻ったら聞かせて頂戴」
「はい」
刀自さんのあまりに頑なな後ろ向き加減に何か原因があるのではないかと思ったのですが、どうやら当たりだったみたいです。
昨日の投稿で『いくばく』という言葉がありました。
漢字で書くと『幾許』です。ところがこの『幾許』は読みによって意味が違うという事を今日知りました。
幾許 …… 不定量、少しだけ、(否定形で使うと)残りわずか。
幾許 …… たくさん、若干と同じ意味
幾許 …… ものすごくたくさん
昨日の投稿では2番目が当てはまりそうなので後ほど修正しておきます。
日本語って難しいですね。




