婚活と妊活
突然の新展開?
丹比では石作皇子候補の多治比古王様、略して多治比(父)を味方のつけて、石作皇子Jr.候補の多治比嶋様、略して多治比(子)の婚姻相手探しを推し進める事に成功しました。
難波へと向かう道中、多治比(子)の目が少し怖い気がしますが、気のせい、木の精、花の精♪
「かぐやさんや。
何故この一年間、殆ど歌の宴について話をしなかったのに、何故あの拍子に言い出したのかい?」
「あの拍子と申されましても、もし古王様が私を娶るとか仰らなければ、あの様なお話にはならなかったと思います」
「それは済まなかったね。
息子として詫びておくよ。
だからと言って私を人身御供の様にする様な提案は勘弁して欲しいのだけどね」
「申し訳御座いません。
古王様をご安心させる方法が他に思い浮かびませんでしたので」
「別に安心させなくていいよ」
「流れ矢が私に向けて飛んでこなければ、私としましてはどちらでも宜しいのです。
私の方にとんでくる流れ矢を避けられる妙案が他にありませんでしたので」
「つまりは私を人身御供にする以外方法がなかったと言うことなのかな」
「私としましては多治比様の歌の催しについて後ろ向きなお考えだとは思っておりません。
切っ掛けが御座いましたらやってみたいとお思いでは御座いませんか?
この話をした時の額田様の多治比様に対する心象も違う様でしたから」
「まあ、歌の催しについては約束だからね。
ただ、父上があの様子だと丹比で催しをやる事になるだろう。
言っておくけど、埋もれた歌の才を見つけ出すことが目的だからね。
私の想い人を探すためではないからね」
「下心が見え見えでは避けらてしまいます。
本音を隠して建前を前面に出せば宜しいだけですよ」
「いや、本音も建前も無いから」
「多治比様は表にお立ちになって歌をお楽しみになれば宜しいのではないでしょうか?
裏で何をするのかは私が考えて差し上げますので」
「いやいやいや、おかしいでしょ?
主催者は私のはずだよね?」
「古王様が後援をなさると仰いましたので、歌で寄与できません私はそちらでお手伝い致します」
「今、私は君を敵に回した時の恐ろしさを実感しているよ」
「敵だなんて滅相も御座いません。
背中を預けられる部下だと思い、使って下さいまし」
「今、私は雨の様に降ってくる矢の盾にされた上に、矢尻で背中をチクチクと突いている部下の姿を想像しているよ」
「何て非道い部下でしょうね。
私は多治比様の悲願達成をなさるまでお付き合い致しますので、何卒ご安心下さい」
「つまりは途中で逃すつもりはないって事かい?
勘弁してよ。
そうゆう君はどうするんだい?」
「私は……、
私は倉梯様と衣通様の御成婚を傍で見て、改めて自身の婚姻について考えました。
養父は出来るだけ身分の高い方との婚姻を望んでおりますし、周りから望まれるご縁が御座いましたら、私はそれに従うつもりでおります。
幸いにもこの様な私に婚姻をお勧め下さるお方がいらっしゃいます。
まだ時期が早いのですが、適齢になりましたら収まるところに収まるつもりでおります。
なので私の事なぞお気になさらず、多治比様はご自身の身の振り方についてお考え下さいまし」
与志古様からは真人クンをどうか、って言われているのだし、暫くはこの話を盾にさせて頂きましょう。
「今まで君自身が生涯結婚をしないのではと思っていたけど、そうでない事に少し安心したよ。
前にも言ったけど、君の成婚については周りは注目しているからね」
「注目も何も、私はしがない国造の娘ですので」
「皇子様はしがない娘を舎人にされませんよ」
「私は中臣様のコネで舎人となりました身なので」
「中臣様のコネがある事自体がすごい事なんだけどね」
「それは否定できませんですね」
こうして難波の皇子宮へと歩を進めるのでした。
◇◇◇◇◇
難波に着くや否や皇子様に御目通りする事になりました。
年が明けると皇子様は宮を離れることが多いのだそうです。
その前に言っておきたい事があるそうです。
……皇子様なのに関白宣言でもするのかしら?
案内されたお部屋には多治比様と大伴馬来田様がいらっしゃいました。
「かぐや殿よ、久しいな。
多治比殿とは上手くやっているかな?」
「馬来田様、ご無沙汰しております。
至らぬ部下を持つ多治比様にはご迷惑ばかりお掛けしまして、常日頃申し訳なく思っております」
「ははははは、多治比殿よ。
全然進展しておらぬではないか」
「何の進展か存じませんが、父上と言い馬来田殿と言い、その様なことばかり言うからかぐやさんはすっかり警戒しているのですよ。
おかげで私はとんだ迸りを受けています」
馬来田様、現代の職場でその様な発言をするとセクハラで通報されますよ。
「それもこれも、皆様が多治比様の事をご心配なさっているからこそなのです。
私は満ち足りておりますのでお構いなく」
「ははははは、見事にフラれてしまったな。
多治比殿よ」
「まあ、そうゆう事にしておいて下さい。
あまりかぐやさんを怒らせると報復が怖いですよ。
父上の迂闊な発言のおかおかげで私は酷い目に遭っています」
「気兼ねなく話せる間柄で何よりだ。
はははははは」
笑ってばかりですね。馬来田様は。
すると足音が聞こえてきて皇子様がおいでになりました。
深々とお辞儀してお迎え致します。
「かぐやよ、よく来たな」
「ご無沙汰致しまして恐縮に御座います」
「よい、そうさせているのだからな。
表をあげよ。
話をしておきたい事がある」
「はい」
「多治比より報告があったが、其方は方々で産婆の様な事をしているそうだな」
「はい、正しい知識に基づく分娩を心がける様、皆に指導しております」
「ふむ、その知識を活かして額田の出産を手伝って欲しい」
「はい、承りました」
「ふむ」
皇子様の命令には二つ返事で答えないと後が怖いですから。
「あの……おひとつお伺いして宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「出産はいつ頃の予定に御座いますでしょうか?」
「ああ、そうか。
まだ妊娠しておらぬので分からんな」
え?
「……承りました。
出来うる限りのご支援をさせて頂きます」
「期待しているぞ」
そう言い残して皇子様は部屋を出て行きました。
その間、1分少々。
カップラーメンですら出来上がらない時間です。
私はどうして良いのか分からないので、側近の馬来田様に尋ねました。
「馬来田様、もしこの様になった理由や経緯をご存知でしたらお、お教え願えませんでしょうか?」
「う……ん、理由というほどでは無いが。
額田様がご懐妊されぬ事を気になさっているのだ。
皇子様が、と言うより額田様が気に病んで事を皇子様は気になさっているのだ」
「つまり、ご懐妊されるためのご支援も私の使命と考えるべきなのですね」
「そうだな」
「それでは私は額田様のお付きとなるのでしょうか?」
「お付きとなることで懐妊させる事が出来るのか?」
「大した事は出来ません。
しかし大した事で無い事が重要なのです」
「そうなのか?」
「何よりも心の平穏が大事ですから」
「ふむ、さすがは多治比殿が見初めた娘子であるな。
付き人の席を手配しよう」
「いや、馬来田殿。
私は見初めていないから」
こうして私は多治比様の婚活と額田様の妊活のお手伝いをする事になりました。
これって出張? 転勤? 単身赴任?
お手当出るの?
主人公の白雉2年は難波が舞台となります。
多治比(父)のお名前につきましては、多治比彦武王とか多治比古王とか多治比王など呼ばれておりますが、多治比古王で統一しました。




