四人目の求婚者、現る?
ついに!?
はぁぁぁぁ。
何かやる気が起きません。
御主人様(※もう求婚者候補で無くなったので、身分差を考えても様付けが適切)は、衣通姫と一緒に阿部氏の氏子さん達へ挨拶するため倉梯(※現在の奈良県桜井市倉橋)へと行ってしまいました。
今頃はイチャイチャラブラブなんだろうなぁ。
お似合いの美男美女ですよ。ホントに。
衣通ちゃんには薄い書を貸してお勉強させておけば良かったかな?
でもウチに居るとき難しい書と真面目な書の間に挟んだまま薄い書を何度か貸してしまったような気がしないでもないので、お勉強済みかも知れません。
私としては厳選したお薦めの書を貸し出して、あわよくば薄い書をこよなく愛好する同士になって欲しかったのに……。
【天の声】ミウシ君が泣くぞ!
……なんて堕落けていましたら秋田様がおいでになりました。
ここにも居ました。
リア充が。
秋田様の頭頂をツルツルにしたらスッキリするかな?
「姫様、何か良からぬ事をお考えではないですよね?」
「え? 何の事で御座いましょう。
私は衣通様の事を思い、どうしているかなぁと考えていただけですよ」
「そうですか。
その割には邪気が見えた様な気がしますが……。
衣通姫の婚姻につきましては、お二人の共通のご友人である姫様のおかげだと氏上様もお喜びでした」
共通の友人?
私はインスタやっておりませんでしたし。
ゲーノー人の成り染めでも『共通の友人を介して知り合った』ってよく聞く言葉ですよね。
でも共通の友人サンは恋愛対象ではなかったって事でしょ?
一体何者なんでしょうか?
共通の友人って……。
「それは良かったですわね。
ほほほほほほ」
「まあ寂しいお気持ちはお察しします。
ところで本日は報告があり、参りました」
何か嫌な予感!
逃げねばっ!!
「姫様、警戒しないで下さい。
単なる報告です。
何かせよとか、どこかへ行け、なんてなりませんので」
「本当ですか?」
「本当です」
「本当にですか?」
「本当にです」
「本当~にですか?」
「本当~にです」
「ほ……」
「前に姫様が私にお尋ねした件がありましたことを覚えておいでですか?」
無視された!!
「何でしたっけ?」
「お忘れですか?
石作氏と関連のある皇子様はいないかって」
「あぁ、そうでした。
御主人様の石綿や衣通様との婚姻の事ですっかり頭から遠ざかっておりました」
そうでした。
『竹取物語』に出てくる残りの求婚者の一人、『石作皇子』に該当しそうな人を調べて欲しいと頼んでいました。
(※第113話『これまでの報告とちょっと相談』をご参照下さい)
すっかり忘れてました。
てへっ。
「では報告は必要ないと?」
「いえいえいえいえ、お願いします。
生え際が不安でしたら、憂いを無くして差し上げます!」
「分かりました。
そこまで期待されているのなら、私も調べた甲斐がございます。
少し長くなりますが宜しいですか?」
「ええ、どうぞ」
こうゆう時は配布資料が欲しいのだけど……。
現代でも偉い方は紙の資料を好んでいて、配布する資料のホッチキス止めをするためだけに駆り出されていました。
ホッチキスの止め方にもルールがあるのです。
横書き資料の場合は捲りやすい様に左上に止めるとか、
二穴バインダーにまとめる時に邪魔にならない様に針を斜め45度に止めるとか、
針のポコんとした膨らみは束ねた時に嵩張るからフラットとじタイプを使うとか。
「では、まず石作氏についてです。
石作氏はその名の通り陵墓で不可欠な石棺を作っていた一族です。
天火明命の子孫にあたる建麻利尼命が垂仁帝に石棺を献上した功により、石作の氏姓を賜ったと言われております。
つまりは石作氏は天火明命の子孫であるわけです」
「天火明命は天孫・瓊瓊杵尊と木花開耶姫の子ですよね?
確か不義を疑われた木花開耶姫が産屋に火を放って、それでも無事に産まれた3人の子のお一人でしたか?」
「よく勉強していますね。
その通りです。」
秋田様からお借りした難しい書と真面目な書の間にあった薄い書には、3人が生まれる前に御二方がどんな事をしたか事細かに書かれてましたけど……。
「なので石作氏は天火明命の子孫であり、石作氏にとって天火明命は祖神という訳です。
逆に言えば天火明命を祖神とする氏族が石作氏の血統となる訳です」
「そんなに多いのですか?」
「ええ、それが調査に時間が掛かった理由でもあります。
まだ調査漏れがあると思います。
必要であれば調べてみますが、たぶんこれ以上は出てこないだろうと思います」
「これ以上、って何も分からなかったの?」
「いえ、とりあえず聞いて下さい」
「はい、お願いします」
「石作氏の技能は播磨国から各地へと広がり、それに伴って天火明命を祖神とする氏族が各地に散らばっております。
私が調べられましたのは……
石作氏、尾張氏、伊福部氏、伊与部氏、六人部氏、丹比氏、水主氏、三富氏、津守氏、若犬養氏、五百木部氏、坂合部氏です」
……ん?
聞き覚えのある名前が。
「今、多治比氏とおしゃいませんでしたか?」
「ええ、言いました。
しかし、嶋様のお父上の多治比古王は宣化帝の後胤で皇子様だったお方です。
成人されてから臣籍降下して、新たに多治比の姓を賜ったのです。
建麻利尼命の直系の子孫である丹比氏ではありません」
あ~良かった。
これで多治比様が求婚者という事になったら、混乱のあまり秋田様にピッカリの光の玉を乱射したかも知れません。
ふー。
「続けます。
先ほどの天火明命を祖神とする氏族の中で皇子様や皇女様と姻戚関係になられている方を探してみたのですが、残念ながら見つかりませんでした」
「そうなんですか。
でもこれだけ調べて見つからないのなら存在しないと考えて良いわけですね」
「ただ、一人だけ関係があるかも知れない方がいらっしゃいます」
「どなたですか?!」
「先ほど話に出た多治比古王様です」
「え?
……だって先ほど直系の子孫ではないと仰ったじゃないですか?」
「はい、その通りです。
先ほど多治比古王様が宣化帝の後胤だと申しましたが、宣化帝の母親が石作氏の流れを汲む尾張氏の尾張目子媛であり、無縁ではありません。
また多治比古王様が多治比の姓を賜ったのは、育った地が丹比であり、そして多治比古王様の乳母殿が石作氏の流れを汲む丹比氏の者だったので、多治比と名乗ったみたいなのです。
そう言う意味で多治比古王様は石作氏に最も縁の深い皇子様と言えるわけです」
……ボーゼン
「報告は以上になりますが、宜しいですか?
もし必要なら嶋様に直接確認しますが?」
「いえいえいえいえいえいえ、それ以上はいいです!
ありがとうございました。
ホントに助かりました」
「そうですか。
それならば良かったですね。
…………」
「え? 何?」
「あの……生え際の憂いを無くす話は?」
「ああ、そうでしたね。では!」
チューン! チューン! チューン!
見事にフサフサボワボワになりました。
今の私に細かい調整なんて期待しないで。
「少し多すぎはしませんか?」
「それでしたら減らしましょうか?
(たぶんツルピカになると思うけど)」
「いえ、これで宜しいです。
戻って散髪しますから。
それではこれにて失礼します」
私はフリーズした脳みそを再起動しました。
嶋様のお父上様、多治比古王様とは二度お会いしています。
昨年の年末の往きと、今年の年初の復りに丹比に立ち寄った時です。
お年はたぶん40代後半から50代前半でしょうか。
嶋様が数えで25歳なので30代と言うことはないはず。
求婚者の『石作皇子』にしては遠がたってますよね。
丹比ではお刺身が大好きな私の事を気に入れられたみたいで……
「あーーーー!」
私は既に嶋様のお父上様から求婚されてますよね?
『いっそのこと、そこにいるかぐや殿を娶ったらどうか?』って。
(※第118話『丹治の魚料理』をご参照下さい)
つまり本当の意味での求婚者は多治比嶋様と言う事になるの!?
待って、待って、待って!
未婚の上司との社内恋愛は否定しないけど、あの嶋様は無いでしょう!
上司と気不味くなったら皇子様の舎人を解雇になってしまいます。
それに『出るところが出いて、歌や詩に造詣のある方が好み』とハッキリ言いましたから。
嶋様は額田王みたいな綺麗な方が好みなのだから。
確か歌の催しをやって、世に出ない無名の歌人を発掘するついでに、一緒に額田王を崇める想い人を見つけるという壮大かつセコい作戦を実行しなければならないはずです。
(※第122話『取調べを受けるかぐや姫』をご参照下さい)
世のため、人のため、多治比様のため、私のため、歌の催しを成功させなければっ!
はぁぁぁぁ。
求婚者が去って、また求婚者。
月詠命(仮)様の試練はまだまだ続くみたいです。
多治比嶋と石作氏の関係はなかなか裏が取れず、明確には分かりませんでした。
たぶんこうだろうと言う推測に近いお話ですので、もし試験に出ても真に受けて解答しませんように。