【幕間】衣通の初恋
またまた幕間ですが単発ですのでお見逃し下さい。
これではどちらが本文でどちらが幕間かわかりませんね。
次話からは真面目に本文に取り組みますので。
***** 衣通姫視点のお話です *****
御主人様と共に阿波へと赴き、御主人様のお手伝いをしなさいと父上様から申し付けられました。
大変だとは思いますが、お困りになっている御主人様の手助けになるのです。
行かないわけには参りません。
もしかぐや様であれば、きっと御主人様の手を引っ張ってでもお手伝いすると思うのです。
私に出来る事があれば、どの様な些細な事でもやりましょうと決意しました。
阿波までの道中、御主人様はかぐや様の事を思い出す事が多いご様子でした。
淡路国で京へと向かう塩とお魚と満載した舟を見て、
「あれを見たらかぐや殿はどの様な顔をするであろうか……」とポツリと言いました。
御主人様がご自分の口から出た言葉に気がついて、慌てて口を押さえております。
きっと、いつもかぐや様の事を想っていらっしゃるのでしょう。
でも私も負けてはいられません。
「きっと大喜びして駆けて行って、お魚をお求めになると思いますよ」
私ならかぐや様がどの様に行動するかまで予測出来ます。
「きっとそうだろうな。ははははは」
「うふふふふふ」
かぐや様の事をいつも想っているのは御主人様だけではないのですよ。
目的地へと行く途中、案内の方から伊奘諾神宮があると聞きました。
何時でしたかかぐや様が仰っていた神話に出てくる国生みの神様です。
私が興味深そうにしていますと、御主人様が
「是非行ってみたいものだな。衣通殿、少し遠回りになるが宜しいかな?」
とさり気なくお誘い下さいました。
流石は倉橋氏の貴公子様、お優しい方です。
伊奘諾神宮では国の生まれた時のお話を伺うことが出来ました。
殆どかぐや様が仰った通りですが、少し省略していたみたいです。
まさか私たちの住む大地がかぐや様が大好きな真面目な書と難しい書の間の薄い書みたいにして産まれていたなんて……。
暫くの間、御主人様のお顔をまともに見ることが出来ませんでした。
翌日、無事に阿波国には到着しましたが、舟に時間が掛かってしまいその日のうちに阿波忌部のお屋敷には辿り着けませんでした。
やむなく浜にある小屋を借りて一夜を過ごしましたが、御主人様はこのような事はしょっちゅうだと事も無げに仰います。
これまでもたくさん苦労をされたのでしょう。
一緒にかぐや様が持たせてくれました焼き菓子を頬張りながら、かぐや様のお話などをして夜を明かしました。
その翌日面会した阿波忌部氏の氏上様である加米古様は、御主人様の礼儀正しさに感心している様子でした。
私も名門氏族なのに決して偉ぶらない素敵な方だと思います。
かぐや様にお似合いと思わずにはいられません。
「ここは海の物で困る事はないが、平らな土地が少ないので稲作が難しい土地でもある」
加米古様のこの言葉を聞いて、私は氏上様にお願いしました。
「氏上様、私は讃岐国造様の地で新しい稲作を見て参りました。
見様見真似ではありますが、それをお伝えします」
この日から、阿波での御主人様の鉱石探しと、私の阿波での生活が始まりました。
◇◇◇◇◇◇
まずはかぐや様と一緒にやった種籾の選別と田植えをやってみました。
この地は平なところは少ないですが、かぐや様の仰る「土の滋養」が豊富なようで、稲の育ちが大和よりも良い様な気がします。
そして雑草の育ちが良いので、田畑に入って一生懸命に雑草を取り除きました。
指導をする太郎おじいさん様に稲の苗と雑草の違いを教わりましたので、見分けがつく様になりましたから。
その間、御主人様は様々な場所を見て回っていました。
きっと来る日も来る日も未だ見ぬ石綿の鉱石を探し回る日々をお過ごしになっているのだと思いますと、私も心が痛みます。
食事をご一緒するときは出来るだけ明るい話題のお話をするように心掛けました。
しかし、半年間探し続けましたが、結局見つからなかったみたいです。
何て声をお掛けすれば良いのか分かりません。
しかし御主人様はとても前向きで、気分転換に景色の良い場所へ行かないかとお誘下さいました。
もちろん、喜んでご一緒しました。
阿波忌部の方が山の中の大きな崖の下を流れる川辺を案内してくれて、綺麗な景色を楽しみました。
崖には水平に積み重なった様な層があり、一つ一つの層が違う色に彩られています。
中でも緑色の綺麗な石が鮮明に見えます。
でも……あれは?
「御主人様……」
御主人様にポツリと声を掛けました。
「どうしたのだ? 衣通殿」
「あれ……、あそこにある石、毛羽が見えませんか?」
「どの石なのかな?」
「あの……緑色の石で、白い模様が蜘蛛の巣みたいになっている石……大きな石です」
「どれだ? ……!?」
御主人様がその石を見つけると、急いで走り寄って、崖に登り、石を調べました。
そして木の棒で掘り起こして石を取り出して、その石を高々と持ち上げて河原の大きな石にぶつけた。
私も側へ寄って見てみますと、割れた石の中から毛羽が出ています。
「良かった!」と声を掛けようとしましたら、御主人様はへなへなと座り込んでしまい、暫くすると啜り泣く音がしました。
私はそっと後ろへと下がり、御主人様を見つめていました。
いつしか私も涙が流れていました。
本当に良かったですね。
御主人様。
後で調べてみたら、その崖の特定の場所に同じ様な鉱石がたくさん密集している事が判明しました。
しかし石綿は見つかりましたが、予想していたのより毛が短く、布にするのは大変そうでした。
これまで一緒に農作業や織物をやってきた阿波忌部の方々と相談して、取れた石綿で布を織る方法を色々と試してみました。
かぐや様より注意されてましたので、作業をする時は常に口に布を当てて作業をします。
石綿を長年吸い続けると命に係わると、根気よく説得して布を当ててもらう様お願いしました。
一つの石から採れる石綿はわずかです。
たくさんの鉱石を砕いて、石綿を採ってきて、それを何とか糸に紡ぎます。
どのくらいの鉱石を使ったのでしょう。
ようやく布を織れるだけの石綿の糸が出来ました。
先ずは少しだけ布を織ってみて、それに火を近づけてみました。
しかし全然燃えません。
燃え盛る焚き木の中に入れてみても煤で黒くなるだけです。
かぐや様の仰っていたことは本当だったのです!
思わず御主人様と手を取り合って喜んでしまいました。
見本が出来てからは作業は早くなり、半月ほどで人を覆うほどの大きさの布が三枚出来上がりました。
これで完成です。
お世話なった阿波忌部の方々にたくさんのお礼をして、半年以上滞在し阿波国を後にしました。
阿波へと来た道順を逆に進み、伊奘諾神宮でお礼のお参りをして、難波へと戻りました。
しかし中大兄皇子はこちらにはおいでにならないらしく、舎人の方に便りを預けました。
その10日後、飛鳥京の近くに新たに建設した川原宮に来る様にと返事があり、急いで向かいました。
私は同席しませんでしたが、皇子様は大変満足されたとの事でした。
追って冠位を言い渡すと言われたそうです。
御主人様のお父上様の墓前に布を納め、二人で手を合わせました。
名残惜しいですが、御主人様との旅はこれで終わりです。
とても楽しい毎日でした。
これもそれも御主人様がとても良くして下さったおかげです。
私は在らん限りの感謝を伝えようとしました。
しかし、御主人様は少しご様子が変です。
どうしたのかしら?
「衣通殿、これから天太玉命神社へ戻られるのだが、その前に大切な話がしたいのだ」
「はい、何に御座いましょう?」
「長きに渡って私を手助けしてくれてありがとう。
もし衣通殿が居なかったらこの布は出来なかったと思う」
「いえ、そんな。
御主人様の頑張りに比べれば私が出来な事など些細な事です」
「そのような事はない。
本当に感謝している。
ありがとう」
「私こそこの半年間はとても楽しい思い出としてこの先もずっと心に残ると思います。
本当にありがとうございました」
「そう思って貰えるなら私も嬉しい。
ところで大切な話というのは………その、聞いてくれるか?」
「ええ、何なりと」
「私はかぐや殿を忘れられない不誠実な男だ。
その上で言う。
衣通殿、私と夫婦になってくれ」
……………
「えぇぇぇ〜!
どうして私なのですか?
御主人様には私なんかよりかぐや様がお似合いですよ。
それとも私とかぐや様の両方を娶られるのですか?」
「違う! 違うのだ。
確か私はかぐや殿に憧憬の念を持っている。
しかしそれは星や月を見て美しいと思う感情に近いのだ。
自分でもよく分からないが、目の前にいても遠い存在に思えてしまうのだよ」
ああ、何となく分かります。
だってかぐや様は天女様ですもの。
「私には一つの憧れの様なものがあるのだ」
「憧れ?」
「そう、私は讃岐造麻呂殿のご夫婦の様になりたいのだ」
えぇぇ〜〜!
驚いては失礼かも知れませんが、驚かずにはいられません。
「かぐや様の養父様、養母様ですよね?」
「そうだ。
私はあのご夫婦の様に、穏やかに同じ時を過ごし、お互いに助け合える夫婦になりたいと思っているのだ。
それには衣通殿が一緒であって欲しい。
お願いだ。
私と夫婦になってくれ」
ビックリしすぎて何何だか分からなくなってきました。
驚きと心の奥底で嬉しいと言う気持ちが入り乱れています。
「そんな、私なんて何も出来ない娘です。
かぐや様に比べれば私なんて……」
「違う! 私は衣通殿と一緒に居たいのだ。
阿波で過ごした時の様に、これからもずっと一緒に、共にいて欲しい」
私は今まで御主人様と過ごした時間を思い出し、それがとても幸福な時だったと気付きました。
そう、私も阿波でご一緒だった生活がこれからも続くと思うと、心が踊り出しそうな気持ちになります。
「御主人様……」
「衣通……」
私達はそっと口付けをしました。
かぐや様の薄い書と同じですが、ドキドキは比較になりません。
私は御主人様の事がとっても大好きなんだとはっきりと自覚しました。
かぐや様は私達の事を祝福してくれるかな?
……してくれますよね?
と言う事で、求婚者の一人が脱落(?)しました。
残りあと4人。(と帝)
まだまだ先は長いです。
(^_^;)