ミウシ君の求婚
いよいよ……?
ミウシ君が石綿を見つけたという知らせを受けて、倉梯氏の屋敷は活気付いております。
屋敷の御主人様である御主人君が一回りも二回りも大きくなって流浪の旅から帰って、国政に参加するのですから、気持ちは分かります。
しかし私的にはどうして気になる事が……
それはこの世界が『竹取物語』の世界である(らしい)という事です。
私がかぐや姫であると同様に、ミウシ君は原作に登場する求婚者の一人です。
という事は、火鼠の衣を見つけ出して、求婚大作戦を完了した訳です。
原作と違って性格の良いミウシ君が、です。
一方、私・かぐや姫はどう贔屓目に見ても残念女の喪女です。
性格は、原作に比べればマシだと思いますが、とても良いとはとても思えません。
とてもとてもです。
いつぞやミウシ君が私に歌を詠い、私はそれを見事にスルーしたという残念な過去があります。
その様子をご覧になった与志古様は、たぶんミウシ君は私に対して好意を持っているだろうと仰ってました。
(※第80話『与志古郎女の思惑』ご参照)
初対面の時からミウシ君に嫌われるため、私はコツコツ丁寧に鼻をポッキリ折って差し上げたというのに、まるで私のおかげで目が覚めたみたいな事を言う始末です。
(※第127話『ペイ・フォワード』ご参照)
本当の事を言って目を覚まさせるべきか?
いや、何となく誤解が誤解を生んで抜き差しならない状態になっている様な気がします。
むしろ逆効果になり兼ねません。
【天の声】よく分かっているじゃないか。
そもそも私をここへ送り込んだ月読命(仮)様は私に何をして欲しいのだろう?
『過ちを繰り返すな』という事は、私が求婚者達の身の破滅をさせない様にせよ、という事なのでしょうか?
もっと明確に、出来れば序論、本論、結論の基本構成を押さえて、プレゼンの基本を守った説明をして欲しかったです。
欲を言えばPRXP、つまり……、P:Point(要点)、R:Rason(理由)、E:Example(具体例)、P:Point(結論)を述べて、私が何故それをしなくてはならないか納得させて、雇用条件を提示した上で話をするべきではなかったのでしょうか?
そもそも本当にあの方は月読命様だったのかしら?
名乗りもしておりませんし。
いけない、いけない。
現実逃避していました。
今はそんな事を考えても仕方がありませんものね。
まずは自分の気持ちから確認しましょう。
正直申しまして、ミウシ君に対するマイナスのイメージは遠の昔に払拭されております。
むしろ眩しいくらいの好青年です。
いえ、好……少年?
確か私より2つ年上なので次の正月で16歳になるハズです。
ただし数えで16歳だから今は14歳、中学2年生です。
現代の中二男子といったら、皆んなが皆んな、怪我をしていない右手に包帯を巻いて自分の世界に酔いしれているお年頃です。
それなのにミウシ君は倉梯氏を背負って、今後は京で高官としてお仕事をしようとしています。
なんて良い子なんでしょう。
しかし!
ミウシ君が良い子なのと私の恋愛感情とはまるっと別問題です。
現在で30代を経験した私にはミウシ君は眩し過ぎます。
もう少し薄汚れていても良いくらいです。
年齢的に釣り合うとしたら……20代の多治比様ですら若いし、せめて鎌足様くらいならば釣り合っているかも知れません。
もっとも鎌足様に恋愛感情なんてあるはずもないですし、未だに鎌足様は怖いです。
それに鎌足様も私では外聞が悪いとハッキリ言われてます。
(※第112話『トネリトナレ?』ご参照)
私が半ズボン派ならば大喜びする場面でしょうが、私的には無理です。
正太郎少年より鉄人の方が好きなくらいです。
もう一つ気になっているのは真人クンの事です。
車持皇子であろう真人クンにも、恋愛感情はありません。
だってまだ満年齢で6、7歳です。
恋愛感情を持てというのが無理な話です。
しかし、鎌足様の実の子でない真人クンがこの先、生きていくためには私の婿になる事が一番の方法だと与志古様から言われています。
(※第80話『与志古郎女の思惑』ご参照)
そんな話をされて、
「ごめんなさーい。私好きな人が出来ちゃった♪」
なんて言えません。
どうせ結婚する気がないのなら、まだ真人クンの相手の方が良いです。
それで真人クンの命が救われるのなら、全然安い物です。
真人クンが年頃になって、私が年頃でなくなって、
「お前なんぞ要らん!」と捨てられても構いません。
忘れがちになるけど、麻呂クンは求婚者だよね?
最近、剣の稽古も麻呂クンが強くなって私では相手にならないし、苦手だったお勉強も真人クンと競う様になってきました。
性悪女のために燕の子安貝なんてありもしない物を手に入れようと命を落として欲しくありません。
もちろん私からも無理難題を押し付けるつもりは毛頭ありません。
いずれにせよ、ミウシ君が石綿の衣を盾に結婚を迫っても断ることにしましょう。
そんな約束はしていなかったし。
うん!
【天の声】ひでぇ!
◇◇◇◇◇
私は舞台の上で舞っています。
クルクルクルクルと舞っています。
どうして私が舞っているのかって?
どうしてでしょう?
教えてお爺さん。
教えてアルムのもみの木さん。
〈回想シーン〉
先日、ミウシ君が石綿から作った布を持って来ました。
既に中大兄皇子には献上しており、お褒めの言葉を賜ったそうです。
もう二枚追加で作って、一枚は先代の墓前に捧げたそうです。
そしてもう一枚、私へと持ってきてくれました。
「ありがとう、かぐや殿。
おかげで御父上より遺された課題を解決出来た。
これもひとえにかぐや殿が助けてくれたからに他ならない。
是非、これを受け取って欲しい」
「よ、宜しゅう御座いました。御主人様。
私のした事は大した事では御座いません。
むしろ私の言動が御主人様のご負担になる結果となり、大変申し訳なく思っております」
「いつもその様に言うのだな、かぐや殿よ。
しかし今回だけは、お礼の気持ちを受け取って欲しい。
これは私にとって一つのケジメでもあるのだ」
ひぇぇぇ。
「いえ、そんな大層な。
それで御主人様のお気が済むのであれば、『気持ちだけならば』お受け取りします」
「本当にかぐや殿は頑固だな。
礼を言いたいのはそれだけでは無いのだ」
???
「と言いいますと?」
「此度の石綿探しでは衣通殿に大変世話になった。
思えば衣通殿との縁もかぐや殿が切っ掛けだ」
「そう言えばそうなりますでしょうか?」
「ああ、そうだよな? 衣通殿」
ミウシ君の横にいる衣通姫に話を振ります。
少し日焼けしたみたい。
「ええ、私が御主人様とお会いになる時はいつもかぐや様がご一緒でした。
かぐや様がいらっしゃらなければ、御主人様とお話しすることすら叶いませんでした」
「一番最初にお会いしたのがここでしたからね」
「そうだ。
本当に有難い事だ。
おかげで石綿も見つけられたし、扱い難い石綿を布にする事も出来たのだ。
衣通殿と阿波忌部の手助けが無ければ、他所の土地で見つけたとしても布には出来なかっただろう。
本当に感謝している」
「それは幸いでした」
「ああ、その通りだ。
そして一番感謝したいのは、苦しい時に心の支えとなってくれた事だった。
私はその様な衣通殿に一生を掛けて付き添いたい。
そう思えたのだ」
へっ?
何、この展開?
「飛鳥の川原の宮で皇子様に燃えぬ布を献上した後、ここに来る前に忌部氏の宮へ行き、正式に子麻呂殿に衣通殿を娶りたい旨を伝えた。
もちろん衣通殿の同意も得ている。
この縁を与えてくれたかぐや殿には感謝してもしきれないくらいなのだ」
え?
……モウナガナニヤラワカリマセン。
「かぐや様、私も御主人様のお人柄に触れて、生まれて初めて殿方にときめく気持ちを知りました。
どうか私達を祝福して下さい」
「も……もちろん、祝福しますよ。
ほら見て。
こんなに祝福しています」
私は色とりどりの光の玉を出して、部屋中を満たしました。
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
「な! 何だこれは?」
あ、ミウシ君が光の玉を見るの初めてでしたっけ?
まあ良いや。
「かぐや様、ありがとうございます」
「かぐや殿、祝福してくれてありがとう」
〈回想シーンおしまい〉
…………そして今。
私は若い二人の門出を祝って舞っております。
何でしょうこの既視感。
あ……現代で友達の結婚式で友人代表の3人で歌を唄った時のあの気持ちです。
結婚式の定番の歌です。
赤と黄色のてんとう虫は見た事がありますが青はありません。
黒ならありますが。
フォークソングなのにてんとう虫がサンバで踊ります。
♪アミーゴォ
一番を歌い終えてこれで終わったかと思ったらオケが続きます。
え? 二番も歌うの!?
アニソンと同様、二番なんて知りません。
♪フーフ フーフ フフフフ
口ずさむか、頑張って二番を歌おうとするか、開き直って一番を歌うか、三人の中で分かれました。
グダグダな歌に対して会場からは同情の拍手が鳴り響きました。
とても懐かしくて、思い出すのも恥ずかしい、出来れば未来永劫封印したい大切な思い出です。
何はともあれ阿部御主人は私に求婚しないまま、幸せな結婚を迎えました。
ホッとしたような、納得いかないような、妙チクリンな気持ちです。
月読命(仮)様、これで宜しかったのでしょうか?
【天の声】このお話はコミカルだから、いいんじゃね?
本当は第3章でここまで話を進めるつもりでしたが、ダラダラ回り道しているうちに4章まで引っ張ってしまいました。
次話はミウシ君の求婚の様子などをお伝えしたいと思います。




