【幕間】御主人の羈旅・・(5)
第125話『再び難波長柄豊碕宮へ』〜第128話『衣通姫の旅立ち』のミウシ君サイドのお話です。
明けて正月。
疋田で世話になっていた私は、丁度1年前、御父上と共に来た難波長柄豊碕宮へと向かった。
何でも官僚を集めて儀があるとの事だ。
私は付きの者達と共に難波の後、丹波、出雲へと向かう積もりでいた。
長らく世話になった比羅夫殿とも、儀が終われば暫くの別れになるだろう。
到着してから知ったのだが、儀とは改元の儀なのだそうだ。
5年前から十干十二支の数え方では無く、『大化』という元号で数える様になったのだが、何の意味があるのかさっぱり分からない。
かぐや殿の話では、元号とは唐で用いれられていて、60年で繰り返しになる十干十二支の数え方では分からなくなる欠点が解消されるのだと言っていた。
60年ならば分からなくはならぬだろうと聞いたが、数百年の長い歴史の中では60年なんて誤差範囲なのだそうだ。
朝早く招集され、門の前で長らく待たされていた。
4列に並び、先頭には中臣様らしき姿が見える。
その前にいるのが御父上と倉山田殿に代わって右大臣、左大臣になられた方であろう。
その前には輿があるが誰が乗っているのかは知らされていない。
比羅夫殿もご存じない様だ。
大筒の音が鳴り響くと門が開かれ、ゾロゾロと行列が前へと進んだ。
帝が居られるであろう御簾の前で輿が下ろされ、先程の大臣らしく方が口上を述べられた。
その後、行列が前へと進み腰の中の物への謁見が行われたが、輿の中に居たのは白い鳥だった。
目の周りの特徴は雄の雉そのもので、どうやらこの雉が新しい元号である『白雉』の由来らしい。
その後、恙なく神事が執り行われ、儀が終わった。
続いて饗宴の宴になるらしい。
式次第を運行する官子により式次第が読み上げられた。
「大海人皇子皇子が舎人、舞師・なよ竹の赫夜郎女による舞の献上を執り行う」
!!!
かぐやだって?!
同名の姫か?
皇子様の舎人だって?!
一体どうゆう事だ?
私の混乱をよそに、一人の女性が中央へと進んだ。
やはりかぐや殿だ。
楽曲が始まり、かぐや殿の持つ鈴の音が鮮やかに鳴り響く中、以前にも増して上達した舞を披露する。
観ているこちらまで心洗われるようだ。
舞いの途中何度か目が合った気がするが、私に気が付いたのだろうけ?
いや……、隣にいる比羅夫殿が目立つからだろう。
シャララララララ~ ♪
鈴の音を鳴り響かし最後の型で〆(しめ)た。
相変わらず見事な舞だった。
観る者の心を癒し、舞の前の自分とは明らかに違うのを感じる。
周りの空気も清められたかの様に感じた。
だがしかし、かぐや殿には常に騒動が付き纏うらしい。
ケーーーーン!
件の雉が大きな鳴き声を上げると同時にかぐや殿の方へと雉が飛び立った。
だが、かぐや殿は全く動じず、竦む事なく真っ直ぐと立ったまま、雉を待ち構えていた。
危ない!!
鋭い雉の爪がかぐやに襲いかかる姿が頭をよぎり、思わず目を瞑った。
目を開けた時、雉はまるで主人に懐くかの様にかぐやの肩に止まっており、大人しくしていた。
私のいる場所からは雉の様子しか分からぬが、安心したかの様子に見えた。
かぐやはそそと雉の世話係らしき官子の前へと進み、そっと身を屈めた。
世話係はそっと雉を受け取って何事も無かったかの様に帝に向け一礼をし、そして退席した。
舞以上に印象的な出来事に、その場に居る周りの者は唖然としていた。
弥速、何と言ったら良いのか……。
◇◇◇◇◇
その翌日、かぐや殿が忌部氏の屋敷にいると聞いたので、比羅夫殿と共に訪問した。
忌部の氏上である子麻呂殿が出迎えてくれた。
阿部氏の事実上の氏上である比羅夫殿の訪問に対して釣り合いを取ったのであろう。
だが、比羅夫殿よ。
私がかぐや殿に会いたいとか、言うのは止めてくれ!
何事もなかったかの様にかぐや殿が話を進める度に本気で落ち込むのだ。
その様な様子を知ってか知らずか、同席していた衣通殿が話を振ってくれた。
「ところで倉梯様、例の鉱石探しはお進みになられたのですか?」
私が進捗を答えると、子麻呂殿が不思議そうな顔をして、
「鉱石とは何の事だ?」と聞いてきた。
それを受けてかぐや殿が、私の代わりに答えてくれた。
「………という訳で、御主人様が各地を周りお探しになっているのです」
すると、子麻呂殿が、
「私もお力になれれば手助けしたい。
我々は古より玉造りを生業としていた一族だ。
必要となる翡翠の原石を各地から集めておるし、そこには必ず忌部が居る。
頼めば必ず力を貸してくれよう」
……と援助を申し出てくれた。
それだけではない。
衣通殿まで橋渡し役として同行すると提案された。
流石にそこまでいて頂く義理もない。
断ろうとした。
「文一つで全面的に協力を得るのは難しかろう。
山奥へ分け入って鉱石を調べるというのはその地の者の協力が不可欠なはずだ。
突然、文を一つ持ってきた若者と、同族の者が同行した場合とでは扱いも変わろう。
それにな、私は亡き御父上の内麻呂殿には世話になった恩がある。
その恩を息子である御主人殿へお返し致したいのだ。
もしこの事に御主人殿が恩義を感じて貰えるのなら、それは息子の佐賀斯や孫の小首に返して欲しい」
御父上の名を出されて断る訳にはいかない。
衣通殿からも「是非、お手伝いさせて下さい」と懇願されては断れない。
「本当にかたじけない。
是非お願いしたい。
子麻呂殿よ、我が阿部の者は忌部に恩を返す事を誓おう」
今の私に出来る最大限の礼をした。
「はっはっはっは、
良かったな、御主人殿よ。
最近、探し物が見つからぬ焦りで落ち込んでいたが、こうして助けが得られれば力も湧こう。
かような綺麗な婦女子の手助けとなれば尚更だ」
豪快に笑う比羅夫殿は、外見から大雑把な性格の様でその実、細かい事に気がつくお方だ。
最近の私をしっかりと見ていらっしゃる。
それにつけても私は恵まれているのであろう。
周りからこれ程までに助けられてばかりなのだ。
御父上のおかげもあるが、かぐや殿に会う前の私であったらこうはならなかったであろう。
つい思っていた事が口に出てきた。
「ふ……、今思えば昔の自分は嫌な奴であったよ。
お父上様の威光を自分のものと勘違いして、威張り散らしていた。
かぐや殿にはその様な私の目を覚させてくれたのだ。
讃岐を去って二年になるが、あそこで過ごした日々を堪らなく懐かしく思うことがあるのだ。
あそこでの経験がなければ、今の私は誰の助けも借りられぬつまらない男になっていたであろう。
改めて感謝したい」
これは心からの言葉だ。
かぐや殿にいつか伝えたかった事でもある。
するとかぐや殿から思わぬ高い評価が返ってきた。
「御主人様がご成長されたのは御自らのお力と、内麻呂様の導きによるものと思います。
その様な卑下はなさらず、ご自身に自信をお持ち下さいまし。
ここにいる者は皆、御主人様の力添えを厭わぬ者ばかりなのですよ。
それは御主人様のご人望の他になりません」
もしかしたらかぐや殿から前向きに評価して貰えたのはこれが初めてではないだろうか?
そう思うと言葉が詰まってうまく出てこなくなってしまった。
だが、かぐや殿は続けて子麻呂殿にも同様に称賛の言葉が続いた。
「それに子麻呂様のお考えもとても素晴らしいと思いました。
恩を返す事を恩返しと言うのなら、恩を次の世代に贈るのは恩送りと言いましょうか。
親切の連鎖はこの先の国在り方にとってとても大切なものだと思います」
「はっはっはっは。
かぐや殿に褒められると面映いものだな。
御主人殿よ」
嬉しそうに笑う子麻呂殿に、私はますます言葉が続かなくなってしまった。
そんなに褒めてくれるのなら、これまでももう少し褒めて欲しかったと、つい思ってしまった。
◇◇◇◇◇
衣通殿の旅支度が済むまで、私は阿部氏の宮で過ごした。
だが比羅夫殿は早々に疋田へと引っ込んでしまった。
聞けばかぐや殿に越国の土産を強請られてたがこうなるとは思わず、何も持ってきていないから逃げるのだと。
別に気にしなくても良いと思うのだが、比羅夫殿はかぐや殿を気に入っている反面、警戒している節がある様に思えるのだ。
3日後、支度が整ったのでいよいよ出発だ。
しかし出発する衣通殿よりかぐや殿の方が不安がっていた。
「衣通様、くれぐれもお身体に気をつけて。
飲み水が変わるだけでお腹を壊すこともありますからね。
海を渡るのでしょう?
衣通様は泳げるのでしたっけ?
天気が悪いと思ったら舟に乗らないでね。
船が揺れて転ばないよう気を付けてね。
あぁ、どうしましょう。
私も付いて行こうかしら?」
いや、付いてきても構わないが、かぐや殿は皇子様の舎人となったのだろう。
そう易々と勝手な事は出来まい。
「かぐや殿、私も出来うる限り衣通殿の助けになろう。
心配なのは分かるが、少しは私を信用してくれ」
衣通殿からも説得を試みるが、かぐや殿は納得していない様だ。
口先で言っても納得しないだろう。
だから道理を以てお願いをした。
「かぐや殿、衣通殿が心配なのは子麻呂殿も同じだ。
いや、もっと心配しているだろう。
だが衣通殿のためと思い、阿波行きを進めたのだ。
だから快く送り出して欲しい」
「ええ……そうですね。
御主人様がご一緒ならきっと安全なのでしょう。
衣通ちゃん!
頑張ってきてね」
私が頼りになると思われているのは意外だったが、渋々ながら分かってくれた様だ。
こうして私達は元気に見送られ、伊予二名島(※四国の事)へ向けて出立した。
あと1話で石綿発見まで辿り付けるか?
日本初の元号『大化』は5年で改元となり『白雉』も数年で終わりました。
実は大化以前にも年号があったみたいですが、オフィシャルでないためノーカンとされています。
白雉の後、しばらく元号は採用されず、事実上の運用開始は701年の『大宝』からですね。
なので元号ネタはこれが最後でしょうか?