【幕間】御主人の羈旅・・(1)
4章始まったばかりなのにいきなり幕間でごめんなさい。
幕間でなくてもいい様な気がしますが、様式美という事で。
いよいよミウシ君がやってくれます!
それは突然でした。
秋田様が慌てた様子で我が屋敷へとやって来ました。
「姫様、見つかりました!
石綿らしき鉱石が見つかったと、衣通姫から便りが届きました」
「えぇ?!ホントに見つかったの?!」
「本当にって……姫様が石綿の存在を発言したのではないのですか?」
「いえ、私は石綿という物がある、とだけ言いましたらこの様なことになってしまったのです。
その結果、倉梯様が探す事になるなんて思いもよりませんでした。
なのでいつも申し訳ない気持ちだったのです。
それで二人はいつお戻りになるのでしょう?」
「え、いえ。
さすがに鉱石だけでは役に立ちません。
それに鉱石を持ち帰るとなるとかなりの重さになりますので、鉱石から石綿を取り出して布を織ってから持ち帰るとの事です」
「そうですか。
でも良かったです。
見つかって」
「ええ、倉梯殿も喜びが一入だったそうです」
「本当に良かった……」
私が気が付かないうちに目から涙が滴り落ちていました。
***** 同じ頃、阿波にいる御主人のご様子です *****
あった……本当にあったのだな。
かぐや殿の言葉を疑った訳ではない。
しかし人の心とは弱いものだ。
いつしかかぐや殿が苦し紛れに申したのか、非常に希少な物を在り来たりにあると申したのか、いずれにせよ見つけることは叶わぬと思っていた。
思い起こせば御父上が御在命だった時のことだった……
◇◇◇◇◇
「御主人よ。
其方に成し遂げて欲しいことがある」
「何に御座いますでしょうか?」
「皇子様が火に燃えぬ布を御所望だ。
その原料となる『石綿』と呼ばれる鉱石を探しなさい」
「『石綿』?ですか。
申し訳御座いません。
『石綿』なる物は初めて耳にします。
それはどのような物でしょうか?」
「残念ながら私にも分からぬ。
中臣殿の話では讃岐造麻呂の娘、かぐやが知っているそうだ」
「かぐや殿が?」
「そうだ。
詳しくはかぐやに聞くといい」
「申し訳御座いませんが、どうして斯様なことになったのでしょうか?」
「ふむ……。
先日、中大兄皇子宮が焼け落ちたのは其方も知っておろう。
そこで皇子様が火災にあったとしても炎から身を守れる『火鼠の衣』を探せと仰せつかったのだ。
しかし存在の不確かな物に人を割くわけにはいかぬと、一旦は断ったのだ。
しかし中臣殿が興味深い事を提案されてな。
それでこちらの方で探ることにしたのだ。
火災から身を守る手段はあった方が良いとの判断だ」
「なる程、
その様な事が……」
「大切な事は通り一遍の調査で終わらせぬ事だ。
鉱石と言うからには鉱山にあるのだろう。
だが余所者にそう易々と鉱山を見せるお人好しはそうは居まい。
その地の者と友誼を結び、信頼を得る事が肝要だ。
楽ではない。
しかし其方なら出来ると信じ、皇子様に提言したのだ。
やってくれるかな?」
「はっ!
御父上が申された事に否は御座いません。
その信頼に応えてみせます」
「頼むぞ、御主人よ。
詳細については衛部の物部殿が知っているはずだ」
「わかりました。
直ぐに行って参ります」
思えば、かぐやにまた会える事に少し浮かれていたのかも知れない。
イソイソと身支度をして挨拶もそこそこに私は讃岐へと行ってしまったのだ。
もっと御父上がご存命の間にお話を伺えば良かったと思っても、今更の話だ。
物部殿と共に讃岐へ向かい、早速かぐやに先触れを出した。
会談の席では物部殿と衣通殿も同席だったが仕方があるまい。
「暫くぶりに御座います。
ご機嫌いかがで御座いましょうか?」
かぐやは以前から襟を正すと隙のない礼儀作法を見せていたが、それが更に磨かれていた。
隣にいる物部殿の息子と一緒に遊んでいる時はお転婆なのに。
あまり無駄話をしても程よく遇らわれそうだったので、核心から話す事にした。
「父上様より『火に燃えぬ布を探して参れ』と言われたのだ。
そしてその燃えない布についてかぐや殿が知っていると聞いた。
是非教えて欲しい」
……『ピシッ』
何か心が割れるような変な音がしなかったか?
よく見るとかぐやからは明らかな動揺が見受けられる。
まさか嘘だったのかと少し不安になった。
だが引っ込む訳にはいかない。
「どの様な物なのか詳しく教えて欲しい。
この通りだ、頼む!」
私は頭を下げて教えを乞うた。
「い、いえ!
そんな大層な情報では無いのです。
頭をお上げ下さい」
「お嬢ちゃん、炎から身を守る布という物があれば衛部としても非常に助かる。
中臣様にお話しされた内容と合わせて、是非教えて欲しいのだよ」
「分かりました。
順を追って説明します」
物部殿の説得もあってようやく話をしてくれたが、かぐや殿は話をしてくれた。
残念ながら、石綿についての知識はあるが情報を持ち合わせていないとの事だった。
それなのに話が進んでしまった事にかぐや殿は戸惑っている様に思えた。
ただその知識というのが、
曰く、吸い込んで肺に入れれば肺を傷つけるので取り扱いに注意が必要だ。
曰く、鉱石は毛羽だっていて綿がまとわり付いた形状だ。
曰く、色は白い糸、茶色い糸、青い糸があるが、白色が扱い易い。
全て迫真に迫る情報ばかりであった。
一体どの様にすればこれ程までの知識を得られるのか?
それを思うと私は気が遠くなる様な気がしてきた。
「実在するかどうかという意味で言えば、火鼠なる生物は絶対におりませんが、石綿なる鉱物があるのは確実です」
かぐや殿のこの言葉で私は決意したのだ。
石綿は必ずある。
必ず見つけ出す!
それを探し求めずして、かぐや殿に相応しい男になぞなれぬのだと。
色々と教えてくれたのにひたすら恐縮するかぐやに私は礼を言い、そして西へと向かった。
鉱山がある場所といえば筑紫国(※今の福岡県)だ。
こうして私の長い旅が始まったのだった。
◇◇◇◇◇
御父上が手配してくれたお付きの者達と共に筑紫国に着いた私は早速、筑紫国造の元へと行った。
国造といっても、百済との交易を預る重要な地域を取り仕切る大豪族だ。
讃岐の剽軽な国造とは全然雰囲気が違う。
面会の席で鉱石を探している旨を国造に伝えた。
だが返ってきた返事は『断る』だ。
付きの者達の話では、この地では国造と帝との軍で大きな戦争があったと聞く。
100年以上前の出来事であるが、この地では未だに根強い反発があるらしく、私は歓迎されていないだろうとの事だった。
しかし若造の私には関係なき事だ。
毎日、遠慮なく押し掛けて、嘆願した。
国造の身内の者とも話をしたし、子供達にはかぐやから教わった『かみひこうき』なる玩具を作ってあげたらすごく喜ばれた。
御父上に言われた言葉、
『その地の者と友誼を結び、信頼を得る事が肝要だ』
この教えを守り、私は筑紫国の者達との間にある心の垣根を取り払おうと、懸命に励んだ。
筑紫国の言葉すらも満足に分からなかったが、ある時は宴に参加し、ある時は蹴鞠に興じ、そしてある時は共に田畑を見て周り意見を交わした。
かぐや殿に教わった稲作の知識がここまで役に立つとは私も驚いた。
しかし彼らも中央氏族のご子息如きが知るはずもないと思っていたらしく、信用を得るのに大いに役立った。
この様な事を一月以上続けていれば顔見知りも増えてくる。
家に招かれ食事を振る舞われ、賑やかな市へと出かけて見知らぬ特産を見て周り、他所の土地がこれほどまでに色とりどりである事を初めて知ったのだ。
その気持ちを史に認め御父上に便りに出した。
すると今までにないお褒めの言葉が書かれた返事を頂いだのだ。
その文は私にとって今も大切な宝物だ。
ようやく鉱山を見る事を許され、1ヶ月、2ヶ月と月日が流れていったが、残念ながら見つける事は叶わなかった。
しかしこの地で得た友誼はこの後も決して色褪せる事のないものとなったのだ。
次は肥の国(※今の熊本県)だ。
(つづく)
文中の大きな戦とは磐井の乱(528年)の事です。
おそらくは反乱というよりは、朝鮮半島との交易をめぐって大和朝廷と地方豪族だった磐井氏との筑紫国の主導権を争った内乱だったのかと、勝手に想像しています。