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【幕間】鎌足の焦燥・・・(6)

鎌足様のお話はとりあえず一旦ここで〆ます。

第三章も一旦〆ます。

詳しくは活動報告にて。

 (前話、前々話、前々々話、前々々々話、前々々々々話に続き鎌足様視点のお話です)


 倉山田殿の最期を見た私は皇子の元へ戻り、倉橋殿の氏寺へ行った事を報告していつもの日常へと戻った。

 倉橋殿の薨御(こうぎょ)は難波でも大きな衝撃であったらしく、帝も葛城皇子も人目を憚らず外で号泣して嘆いたそうだ。

 だが不思議な事に倉橋殿のご遺体を見た者は誰一人いない。


 私の心には倉山田殿の最後の言葉が重くのし掛かる。

『心』か……。

 思えば南淵殿の元へ通って、葛城皇子と語り合っていた頃が懐かしく思えるな。

 あの頃の『心』が今あるのかと問われれば、何と答えれば良いのやら。

 (※南淵については第40話『宴、最終日(2)・・・中臣鎌足』を参照下さい)


 倉橋殿と倉山田殿の後任について、皇子様から私に打診があった。

 親しく信頼が置けて有能な者となると限られてくるが、従兄弟にあたる馬飼(※大伴長徳(おおとものながとこ))を推挙しておいた。

 馬飼とは親しい間柄で、いつぞや大伴咋(おおとものくい)殿の忘れ形見を称する輩が讃岐に現れた時にも世話になった。

 結局、馬飼は右大臣となったが、左大臣には巨勢徳太(こせのとこだ)が任された。

 入鹿が在命の時、当時最も帝に近かった山背大兄王(やましろのおおえのおう)を兵を率いて斑鳩宮を襲ったのが徳太だ。

 しかも易々と包囲を突破された挙句、自害を許したという無能だ。

 さらにその命を下した入鹿が討たれると、こちら側に寝返って先頭に立って蝦夷を討ったのだ。

 次は誰に尻尾を振るのか分からぬ奴だ。

 もし我々の行動が遅かったら奴は葛城皇子を襲撃したであろう。

 決して心許せる相手ではないのは確かだ。


 さて、川原で建設中の宮はもうすぐ出来上がる。

 そうなれば川原(ここ)が我々の本拠地となろう。

 得てしてそうした気の緩みがある時に、事は起きるものなのだ。


 宴の席で葛城皇子と弟君の大海人皇子が酒を酌み交わした時だった。

 久しぶりに見る大海人皇子は以前の少年らしさがすっかりと消え、兄の葛城皇子の手助けをしたいと何かと頼ってくる。

 唯一の同腹の兄弟だ。

 争うことなく協力して欲しいと切に願う。

 周りが全て敵だというのは余りに心の負担が大きいからな。


 大海人皇子が持ってきたのは槍だった。

 家臣の治める地が鉄や銅の加工を生業としているので是非見て欲しいと持ってきたのだ。

 それと大海人皇子自身、槍の心得がある様だ。


「どれ、得意の槍を振ってみよ」

 と葛城皇子は言うが、止めた方が良い。


「皇子、酒が入っております故、刃物を振るうのは危険かと」

 と忠言したが、葛城皇子も酒が入って気が大きくなっている。


「構わん、構わん。

 大海人の槍は大したものだ。

 鎌子も見るが良い」


 案の定、全く聞き入れるつもりはない。

 足元が怪しい大海人皇子が槍を振るうが、どう見ても槍に振られている。

 一振り、二振り、と振り回すうちに大海人皇子は体勢を崩しつんのめり、葛城皇子の3寸ほど前で槍を床に突き立ててしまった。


 その瞬間、葛城皇子は烈火の如く顔を赤くして怒り出した。

 ああ、顔が赤いのは酒のせいか?


「私に槍を向けるとは何事か!

 さては其方も私を亡き者にしようとしているのか?

 私が死ねば次の帝は其方だかならな!」


「兄上、誤解に御座います。

 その様なことは考えた事も御座いません!」


 兄とは対照的に顔を蒼ざめ、弟君はひたすら謝る。


 見ていられなくなり、助け船を出した。


「葛城皇子、槍を振るえと仰られたのは皇子ではないですか。

 酒の席で兄弟喧嘩は良くありません。

 ここは兄らしき度量を示されては如何でしょう?」


「む、そうか?」


「ええ、ご覧なされ。

 槍の傷はこんなにも離れております。

 あまりに大袈裟にお怒りになりますと、兄の威厳に関わります」


「う、む。

 そうだったな。

 鎌子の言う通りだ。

 私も大人気なかった。

 済まなかったな、大海人よ」


「いえ、私こそ兄の前で刃物を振り回すとは浅慮でした。

 例え兄上との気の置けない酒の席であっても、するべきではありませんでした」


「構わん、構わん」


 同じ事を言い始めているから、かなり酔いが回っている様だ。

 私は手を叩き、お付きの者を呼んだ。


「皇子様はお疲れだ。

 横になられた方が良かろう」


「うむ、大海人よ。

 今宵は楽しかったぞ」


 葛城皇子はすっかり機嫌を直し、部屋へと運ばれていった。

 裏を返せば、弟君の前では泥酔するほどに気を許しているのだろう。

 葛城皇子が運ばれて行くと、大海人皇子は私に話しかけてきた。


「鎌足殿、執りなして頂き有難う。感謝する」


「いや、葛城皇子があそこまで深酒するのは久しぶりの事。

 おそらく楽しすぎて羽目を外されただけです。

 私が執りなさなくとも、何事もなかったでしょう。

 差し出がましい事をして、申し訳御座いませんでした」


「兄上も大変な日々をお過ごしと思う。

 影となり日向となり兄上を支える鎌足殿には兄上に変わって御礼申し上げたいと思っていた」


 大海人皇子は若いながらに礼節に秀でている。

 おそらくは帝になる事は無いのだと、今から臣下の礼を覚えているのだろう。

 私が耳にする大海人皇子の評判は(すこぶ)る良い。


「葛城皇子とは長い付き合いになりますからな。

 むしろ私以外の者が葛城皇子を支えていたら、私はその者の嫉妬する事でしょう。

 はっはっはっは」


「私が鎌足殿と初めてお会いしたのは3年くらい前になりますか?

 兄上について行きましたら、先日亡くなられた阿部内麻呂殿と鎌足殿と兄上が一人の幼子を囲んでこの先の政の談義をしていたが……、あれはあれで強烈な印象深い出来事だった」


「ああ、あれはあの娘のせいですな」


「あの幼子は健勝か?」


「先日、私の娘の出産に立ち会ってくれましたので、礼を言うため会いに行きました。

 体はすっかり大きくなりましたが、中身は呆れるほど変わっておらぬですよ」


「出産の立ち会いか?

 まだ子供……だよな?」


「ああ、いや。

 妃と仲が良くてな。

 出産の時、力付けてくれたそうだ」


「ほう、幾つになったであろうな?」


「確か12だったと。

 来年後宮に入れる歳になるかと覚えております」


「後宮へか……。

 あの娘が後宮へ入内(じゅだい)したのなら、どうなるのだ?」


「舞が得意な様ですから、舞師になるかと」


「あの弁の立つ娘が舞師とは、少し勿体無いな」


「葛城皇子も惜しんでおられました」


「兄上が?」


「ええ。

 一昨年、皇子宮が火災にあって、しばらくあの娘のいる讃岐に身を潜めた時期があるのですが、その時の歓待にいたく感心されてました。

 事を滞り無く運用する才にも恵まれており、手元に置きたい人材と思し召した模様です」


「そうなのか……」


「ただ、少しお転婆な面が玉に瑕で御座いましょう」


「ふっふっふ、相変わらず残念な娘な様だな」


 ……残念な娘?


「皇子様はあの娘、かぐやをご存知なのでしょうか?」


「いや何、一言二言言葉を交わした程度だ。

 それだけで十分に聡明さと残念さが伝わってきたぞ」


「ああ……、なればその時と変わっておりませぬな」


「そうか。それはそれで良い事なのかも知れないな」

 兄上はあの娘を召し抱えるつもりか?」


「いえ、葛城皇子はそのつもりは無さそうに御座います。

 興味はありますが、それどころでは無いと言うのが本当のところです」


「なるほどな……」


 大海人皇子がかぐやの才能を惜しむ様子を見て、皇子に提案をしてみた。


「皇子様、不躾なお願いですが

 かぐやを召し抱えてみますか?」


「あの娘を、私が?」


「ええ、それなりに長い付き合いになりますが、あの娘は非常に有能です。

 残念なのは、自分の興味に対して異常に執着する事でしょうか?」


「それは褒めておるのか?」


「一応は、そのつもりでおります」


「召し抱えるとは、舎人とするのか?」


「ええ、それが良かろうかと。

 娶られても構いませんが、皇子様にも好みというものが御座いましょう。

 何より額田様と比べられるのは、かぐやにとっても重圧でしょうか」


 大海人皇子の額田王(ぬかたのきみ)との仲は有名だ。


「いや、いきなり娶れと言われても困る。

 しかし舎人として役に立つのなら面白そうだ。

 兄上が必要とするならいつでもお返ししよう」


「そうですな。

 いつでも返して頂けるのなら、讃岐で行わせている稲の品種改良を続けさせるとやり易いかと」


「稲の品種改良?

 何だそれは?」


「話せば長くなりますが、父親となる稲と母親となる稲を掛け合わせて優れた種を作る技術だそうです。

 私の舎人らも作業を手伝わせておりますが、気が遠くなるくらい根気が必要な作業だそうです」


「初めて聞くな。

 その知識はどこで仕入れたものなのだ?」


「それが……よく分からないのです。

 あの娘には謎な部分も多く、身内に引き入れるのは熟慮が必要かと思います。

 またそれ以上に有能でもあります」


「ふむ……、面白そうだ。

 是非それでいこう。

 兄上にそう伝えてくれ。

 私からも監視を付けよう」


「こう言っては何ですが、良いのですか?」


「はははは、どうしたのだ? 鎌足殿」


「いえ……、幼子の時から見知った私でもあの娘の扱いがよく分からないので如何なものかと」


「扱うのではない

 好きにやらせるのだよ」


「ほぉ……」


 もしかしたら大海人皇子というこの方は、途轍もない大物なのかも知れない。

 決断力もあり、人望もあると聞く。

 知識の広さは学者も舌を巻くそうだ。

 将来、政権を奪ったのなら是非ともこの方とは仲違いをさせぬ様、葛城皇子に念を押しておかねば。


 とまれ、かぐやの当面の身の振り方が決まった。

 さて、どうやって伝えて、どうやって驚かそうか。

 気づくと私はかぐやに会いに行く事を楽しみにしていた。


 (※この後のお話は第112話『トネリトナレ?』へと続きます。

 少しイジワルモードの鎌足様)



 (ひとまずおしまい)

大海人皇子と中臣鎌足が共に行動したという記録はありません。

唯一、鎌足と大海人皇子との接点を示す槍の件は有名なエピソードですが、真偽の程は分かりません。


おそらく大海人皇子と中大兄皇子はお互い一定の距離を置いていたかと思います。

しかし大海人皇子が稀に見るほどに有能なのは間違いなく、息子を帝にしたい中大兄皇子(後の天智天皇)は自分の死の間際、大海人皇子を排除しようとしました。

これが後の世にいう壬申の乱のキッカケとなりました。

鎌足は中大兄皇子のストッパー的な役割を果たしておりましたが、この時は既にこの世におりませんでした。

もし鎌足があと5年長く存命であったのなら、後の歴史はもっと違ったものになっていただろうと思います。

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