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【幕間】鎌足の焦燥・・・(5)

竹取物語(げんさく)』って鎌足様の英雄(ヒーロー)モノでしたっけ?

 (前話、前々話、前々々話、前々々々話に続き鎌足様視点のお話です)


 倉梯殿が亡くなった?!


 前にお会いした時はいつもと変わりが無かったのに、何故だ?

 ともかく情報が無い。

 私は馬に乗り飛鳥京へと急いだ。

 だが宇麻乃うまのは難波へ赴いており不在だった。

 事情を知る者を呼んだところ、倉梯殿の遺体は既に磐余いわれ(現在の奈良県桜井市磐余)に建立した氏寺に安置されているとの事だった。

 飛鳥からそう遠くはないが、確認を兼ねて先触れを出しておいた方が良いだろう。


 その間、飛鳥の宮で私のする事が殆どないから久々に書を読み過ごした。

 難波から何も連絡は来ておらぬ様だ。

 高級官僚がほぼ全て帝と共に難波へ行ってしまい、飛鳥に残ったのが下級官僚しか居らぬから仕方がないのだが、左大臣が逝去したというのに全く知らせが無いというのは奇妙に思える。


 半日程して安部寺へ行った遣いが帰ってきた。

 やはり安部寺に遺体が安置されているそうだ。

 今から行くには帰りの心配をせねばならない。

 明日にするか。


 翌日、馬を走らせ安部寺へ向かった。

 護衛のみの最小限の人数だ。

 安部寺に着くと、ここに左大臣の遺体が安置されているのかが不安になるほど周囲はひっそりとしていた。

 嫡男はまだ鉱石探しのため筑紫の国へ行ったまま連絡が届いていないそうだ。

 しかし暖かい日が続くようになり遺体をそのままに出来ないため、既に石棺に納められたという。

 最後の挨拶をしたかったのだが無念だ。


 身内の者に慰みの言葉をかけ、亡くなった時の様子を聞いたのだが、誰も見ていなかったから分からないと言っていた。

 姿を見せないため様子を見に行くと既に冷たくなっていたらしい。

 しかし、この五年間いつも顔色が優れなかった様子で、難波と飛鳥との移動や政での疲れが祟ったのだろうと誰もが納得していた。

 私は神官ではあるが、倉橋殿への敬意を払い寺院の作法に従って最後の挨拶をして安部寺を後にした。


 だが何故なのだろう?

 この心の中に宿る違和感は……。


 ◇◇◇◇◇◇


 飛鳥京へ戻る道中、物々しい集団がやってくるのが見えた。

 !?

 私を待ち伏せしていたのか?

 思わず腰の剣に手が掛かった。

 だがその集団の先頭に見知った顔がいた。

 宇麻乃うまのだ。


「どうしたのだ? 宇麻乃うまのよ。

 難波に居たはずではなかったのか?」


「鎌足様こそどうされたのですか?」


「行った先の讃岐で倉橋殿の訃報を聞いてな。

 取り急ぎ倉橋殿の氏寺である安部寺へ行ってきたのだが、其方もか?」


「あ、いえ……私どもは全く違う用件で御座います」


「そのような物々しい格好でか?」


 明らかに武装集団だ。

 人数も30名ほどいる。


「どうした?」


「その……謀反があり、私どもは帝の命にてその者を捕縛に来ました」


「謀反?! 誰だ!」


蘇我倉山田そがのくらやまだの石川麻呂いしかわまろ様に御座います」


「倉山田殿が謀反?

 馬鹿な! あり得ぬ!」


中大兄皇子こうたいし様へ密告がありました。

 皇子様より知らせを受けた帝は確認のため遣いの者を2度送りましたが、これを無視され、捕縛の命が下されました。

 石川麻呂様はご家族を連れ難波を逃亡し、この先の山田寺にて立て籠もっております」


「それだけで謀反と決めつけているのか?

 あり得ぬ!」


「申し訳ございません。

 私には真偽を確かめる術をもっておりませんので」


「山田寺だな。

 私も連れていけ!」


「承りました。

 しかし私どもは帝の命で来ております。

 何か御座いましたら帝に執り成して下さい。

 我々ではどうしようも御座いませんので」


「……分かった」


 要はこの場で私がお前に命令しても、言う事は聞けない。

 何か言いたいことがあれば、難波まで行けという事か。

 ……糞っ!


 山田寺へ行くと、広い敷地を兵が囲んでおり物々しい雰囲気だった。

 蘇我入鹿を誅した後、父親の蘇我蝦夷を取り囲んだ時と同じだ。

 つまりは生きて逃がすつもりはないという事か?


宇麻乃うまのよ。

 其方は倉山田殿の捕縛が目的であると言ったな?」


「はい、作用に御座います」


「では私が投降するように説得しよう。

 いいな?」


「出来ればお止め頂きたいのですが」


「どうしてだ?」


「この数日の間に、左大臣、右大臣、内臣の御三人が亡くなることに成り兼ねないからです」


「どこの内臣が死ぬのだ?」


「流れ矢が当たるかも知れません」


「誰の討つ矢だ?」


「ここを取り囲んでおりますのは、皇太子様の進言を受けて帝の命により派遣された者達です」


「そうか……、では説得に行かせてもらう」


「承りました。

 せめて鎌足様が中にいるうちだけは矢が飛ばないようにします」


 今の宇麻乃うまのの言葉でよく分かった。

 皇子も帝も端から倉山田殿を討つつもりだったのだ。

 今、私が出来ることは何もない。

 もし葛城皇子の傍に居たのなら、止めることもしたであろうが……。

 つまりはそうゆう事か。

 糞っ!


「倉山田殿!

 鎌足だ!

 話がしたい!

 私一人だけだ!

 中へ入れてくれ!」


 山田寺の本堂に向かって大声で呼びかけた。

 しばらくすると、大きな扉がギギギギギギと少しだけ開き、年若い男が顔を覗かせた。

 私は臆することなく開いた扉の方へ悠然と歩いていき、開いた扉へ入っていった。


「倉山田殿、話をしに来た」


「中臣殿、なぜここに居るのだ?」


「偶々だ。このような事態になっていることをつい先ほど知ったのだ」


「そうですか……。

 折角の中臣殿のお言葉でも今回は聞けないかも知れませんな」


「まだ何も言っておらぬが?」


「大人しく帝の元へ行き助命を乞え、と言うのでしょうか?」


「分かっているのではないですか」


「私も帝の元へ行き、直接話がしたかったのですが、そのつもりがない相手に何を言っても聞き入れて貰えませんでした。

 これは5年前から決まっていたさだめなのでしょう。

 同族が争った因果なのです」


「では倉山田殿は何もせず外の連中に討たれるつもりか?」


「何もしない訳ではない。

 神官である中臣殿も仏教の教えはご存じであろう。

 この世は輪廻であると。

 ここは輪廻へと続く入り口なのだよ。

 だから私はこの寺へと戻って来たのだ」


「そのような事は言わないでくれ!

 生きて目的を果たすべきだ。

 死んだら人は無になるのだ!

 死後の世界など存在しない!」


「ほっほっほっほっほ。

 常日頃は沈着冷静な鎌足殿も熱くなることがお有りなのですな。

 だが生きて死後の世界を見た者はおらずとも、解脱できずにこの世に舞い戻ってきた者が前世を語る事もない様だ。

 それ程に現世とは過酷なものかも知れぬ」


「何を申しているのだ!

 倉山田殿!」


 すると倉山田殿はスッと冷たい目となり、静かに語ってきた


「我々はこの国の新しい在り方という目的の元に参集した。

 しかし今やその目的が風前の灯火だ。

 何故か分かるか?

 鎌足殿よ」


「それは……まだ終わってはいない」


 しかし倉山田殿は私の言葉を意に介さずに続ける


「今の政には『心』が無いのだ。

 古来より続く神の教えに人を救う道は示されてはおらぬ。

 しかし仏の教えには『慈悲』という心の救済を指し示してくれる。

 この国には『心』が必要なのだ。

 鎌足殿。

 入鹿と並び俊英と称された其方なら既に分かっておろう。

 もし其方がこの先、この国の新しい在り方を求めるのであるのなら『心』を忘れなさるな。

 『心』を持たぬ者は政の手段と目的の区別がつかぬ。

 『心』を持たぬ治世は獣のそれと変わらぬ。

 『心』を持たぬ者同士の醜い争いしか招かぬのだ。

 私はここで終わる。

 私を貶めした日向も永くはないだろう。

 彼奴も『心』を持たぬ奴だ。

 もうすぐ蘇我はすべて終わるだろう。

 惜しむらくは帝の元へ嫁いだ娘達だけが心残りだ。

 もし頼まれてくれるのなら、娘たちとその子らの行く末を見守って欲しい。

 其方にとって私は入鹿を討つ為の道具に過ぎなかったのは知っている。

 それでも最後に其方と話が出来て良かったよ。

 其方が『心』を持つ御方である事を知ることが出来たのだからな」


「倉山田殿……」


「さあ、行きなされ。

 そのうち其方に向けて矢が飛んでくるかもしれぬぞ」


 倉山田殿はすべての不条理を一身に受けて果てる覚悟があった。

 もはや説得は無理なのだと悟り、この場を去ることにした。


「倉山田殿、これまでの御恩に感謝する!」


 深々と頭を下げ、私は入ってきた扉を開け外へ出た。

 後ろでは先ほどの若い男が倉山田殿に何か言っているようだった。


 私は宇麻乃うまのの方へ歩いて行き、こう告げた。


宇麻乃うまのよ。

 其方は帝の命を受け、倉山田殿の捕縛に来たのだな?」


「その通りです」


「ならばもうすぐ投降するやもしれぬ。

 大人しく暫し待て」


「本当ですか?」


「するやも知れぬのだ」


「畏まりました」


「もう一つ。

 私はここには居なかった。

 いいなっ!」


「畏まりました」


 そのまま馬へと跨り、同行していた護衛と共に飛鳥へと戻った。

 後に聞いた話では、呼びかけに何も応答しない事に焦れた者たちが踏み込んだ時には、既に妻子八人と共に自害した後だったそうだ。

 亡骸は難波へと運ばれ、罪人としての処遇を受けたという。



(つづく)

言うまでもありませんが、本作は架空のお話であり、実在の人物、団体とは関係御座いません。

鎌足が石川麻呂の最期に立ち会ったという記録はありませんし、むしろ鎌足が石川麻呂を追い詰めた側である可能性も大いにあります。

石川麻呂の後釜の右大臣が、鎌足の母方の従兄弟である大伴長徳であれば尚更ですね。


それにしましても、左大臣・阿部内麻呂(阿部倉橋麻呂)が亡くなったのが3月17日。

難波に居た右大臣・蘇我倉山田石川麻呂が逃げ延びて山田寺で自害したのが3月25日。

安倍寺跡は飛鳥宮跡から約5キロ。

山田寺跡は飛鳥宮跡から約2.5キロ。

偶然にしては距離も時間も近すぎるような気がします。

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