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【幕間】鎌足の焦燥・・・(4)

第105話『中臣鎌足様のご帰還』前後での、鎌足様サイドのお話です。

 (前話、前々話、前々々話に続き鎌足様視点のお話です)


 新たな皇子の宮を飛鳥京の外れにある川原で建設中だ。

 かぐやの意見を取り入れ、外壁は石灰を含む白い土の壁が分厚く覆い、屋根には瓦が載っている。

 白亜の壁と黒い瓦がくっきりと色分けされた他に類を見ない宮だ。

 周りに建物はなく延焼により燃え移る心配は少ない。


 敷地内には3つの井戸があり、水には困らない様にした。

 屋敷内の至る所に水桶を置く場所を確保するが、これだけでは心許ない。

 そこで漏刻(※)なる物が唐にあると聞き、それが作れるか試す事にした。

 失敗しても構わぬ。

 宮の中に常に水が供給される仕組みがあればいいのだ。

(※ろうこく、東洋式の水時計。西暦660年に中大兄皇子が初めて作ったとされ、670年大津宮に設置されたと日本書紀に記載されています)


 そして極秘ではあるが、皇子の逃げ場所を確保するため、地下に空洞を掘った。

 脱出口を作ろうとしたが脱出口から敵が侵入してくる可能性を排除できず、今のところ実現していない。


 備えなければならないのは放火だけではない。

 武力による襲撃に対しても、だ。

 護衛の数は3倍に増やした。

 新たに召し抱えただけでなく、余所に振り分けていた護衛を集め、余計な屋敷と宮を廃したのだ。

 有象無象を雇う事はさせず、身元の確かな者だけを召し抱えた。

 高さ五丈(約15メートル)もある五重塔に見立てた物見櫓は敷地内だけでなく、(みやこ)をも見張り、襲撃をいち早く見つけられる体制を整えるつもりだ。

 いち早く建設した物見櫓の見物人が日に日に増えているのは困りものだが……。


 皇子が言っていた火鼠の衣だが、戯言と言いながらも本気だったらしく、人を遣わせて探せと命じられた。

 左大臣の倉梯殿と話し合ったが、実在の程も定かでは無い物に人と時間を割く訳にはいかぬと突っぱねられた。

 当然だ、私もそう思う。

 他にやらなければならない事が山積みなのだ。

 そこでかぐやが申していた石綿なる鉱石について、倉梯殿に話してみた。

 かぐやの言葉だからだろうが、随分と熱心に聞き入っていた。


 その結果、

「火災から身を守る手段はあった方が良かろう。

 あの娘の申すことは荒唐無稽に見えるが、信頼がおける。

 この件については私が預からせて頂く」

 と言い、倉梯殿で動く事になった。


 聞くところによると、倉梯殿の嫡男に諸国を廻らせて鉱石を探させることにしたようだ。

 私の勝手な予想だが、嫡男が諸国を廻るついでに付きの者にその地の詳細を調査させる腹積もりであろう。

 我々が今やろうとしているのは、国造(くにのみやっこ)を廃して中央から役人(こくし)を派遣し、諸国を直接の傘下に置く事なのだ。

 鉱石探しは体の良い口実であろう。

 これで皇子への言い訳も立つ。

 もう一つ、石綿探しを通じてかぐやと嫡男をくっつける算段が透けて見える。

 私もウカウカとしてられぬな。


 そんなある日、讃岐から便りがあり、与志古が懐妊したと連絡が入った。

 予定日は来年の1月か2月だろうとのことだ。

 ああ、あの時か。

 心当たりはある。

 出産は讃岐で行うとあった。

 何でも讃岐における死産の数が異様に少ないとのことだ。

 不意にかぐやの顔が目に浮かんだ。

 便りにも出産にはかぐやの手助けを受けるつもりだと書かれていた。

 おそらくは、そうなのだろう。


 面倒ではあるが飛鳥にある与志古の実家、車持氏の宮へ赴き、懐妊の知らせをした。

 どうして飛鳥ここの地でないのかと文句を言われたが、讃岐で出産を行うくらいに気に入っていると言っておいた。

 1月になったら出産のための人を出すと念押しされたが、断る理由も見つからず了承した。

 それでなくとも、帝が与志古を私に下賜した事で上野国(こうずのくに)との仲がしっくりしていないのだ。

 自分達が軽んじられると考えても致し方がない。

 例え振りだけでも、私が与志古を大切にせねばなるまい。


 ◇◇◇◇◇


 そうしている内に年が明け、与志古の出産の知らせが来た。

 女児だそうだ。

 忘れていたわけでは無いが、あっという間だったと思う。

 その足で車持氏へ無事の出産を報告したのだが、讃岐へ派遣した者を軽んじられたと小言を言われてしまった。

 大方、かぐやが何か仕出かしたのであろう。


 ついでに葛城皇子にも与志古の出産と女児の誕生の報告をしたら事の他喜んでくれた。


「鎌子よ、折角だ。

 生まれた赤子に会いに行くが良い。

 女児との事だろ?

 つまり昨年生まれた我が息子の伴侶となる娘だ。

 私にとっても身内同然だからな」


「ご配慮頂き、恐悦に御座います。

 手元にある仕事を片付けましたら、3日ほど(いとま)を頂きたく存じ上げます」


「堅苦しいのはよせ。

 少し骨休みのつもりで行くがいい」


 昨年、葛城皇子の妃に男子が生まれ、近江へと預けられている。

 居を転々としているためなかなか会えぬが、葛城皇子も人の親となって変わられたのであろう。

 以前なら、他人の都合など考慮するようなことはしなかった。

 ともあれ、生まれてひと月程して讃岐の地へと赴いた。

 思えば、私用で動くことなどこの5年間一度もなかったな。


 讃岐の宮へ行くと、赤子を抱えたかぐやが居た。

 子供が赤子を抱えている姿は、何とも奇妙だが自分の娘を大切にしてくれることには変わりがない。


「かぐやよ、与志古の出産ではいたく世話になった。

 礼を言う。

 車持からはお小言を貰ったが、母子共に健勝で何よりだ」


 これは心からの言葉だ。

 赤子はとても小さく、私の目にはこの子が大人になることが信じられぬほどか弱く写った。

 するとかぐやから思わぬ提案を受けた。


「中臣様、眺めるだけではなくお子様を抱き抱え上げられては如何でしょう?」


 馬鹿を言うな!

 私がほんの少し力を加えたら死んでしまうぞ!

 と大声で言いたかったが、赤子の前でそれも出来ず、ついに赤子を抱える羽目になってしまった。


「なんと……何て軽いのだ。

 病気ではないのか?」


 思わず心配になるほどだ。

 しかし確かにこの子は息をし、小さな手を握りしめている。

 この赤子は無事に生まれ生きているのだ、とこの時初めて実感した。


 更には赤子を抱えたまま、与志古の休んでいる部屋まで案内されてしまった。

 本当に口の上手い子供だ。


「与志古様、宜しいでしょうか?」


「かぐやさんですか?

 どうぞ中へ入りなさい」


「失礼致します」


「中臣様がお見舞いに参られております」


「えっ!?」


 上体を起こした与志古は私を見てびっくりして固まってしまった。


「それでは私はこれで」


 信じられぬことに、薄情なこの娘は私達を置いてそのまま行ってしまった。


「え、ちょっ……」


 与志古も困惑している。

 これが私の部下であったら怒鳴りつけていることであろう。

 赤子を抱えたままではそれが出来ぬことも織り込み済みなのが、更に腹立たしい。


 このままでは埒が明かぬ。

 先ずはこの状況を説明するか。


「かぐやにな……、其方が命がけで産んだ赤子を大切に扱う姿を見れば、それが其方にとって慰労になるというのだ。

 そうなのか?」


「ふふふふ、そうですね。

 まさか鎌足様が赤子を抱きかかえているお姿を拝見するなど想像もしておりませんでした。

 それ程に意外でありますし、嬉しく存じます」


「そうなのか」


「ええ、この子が望まれて生まれてきた証ですから。

 貴方の娘である以上、平穏な人生は送れないかも知れません。

 しかし両親の愛情を受けて育つ子はその困難に立ち向かえる事でしょう」


「そう……なのか?」


「ふふ、どうなさいましたの?

 そうなのか、しか仰ってませんけど?」


「ああ、赤子を前に言葉が無いのだ。

 このようなはかない命が私の腕の中にあると思うとな」


「そうですね。

 多分、本来この子は生きてなかったかも知れません」


「なんと?

 何故生きられぬのだ?」


「出産に立ち会った者が申しておりました。

 この子は足から出てきたと。

 つまりは逆子でした。

 私が知る限り、逆子が無事に生まれてきた例を知りません。

 生まれることが出来たとしても、産道を通る時に体が無事であることは少ないと聞きます。

 良ければ脱臼、最悪は体のあちこちを骨折して、痛みのあまり乳を飲むことも構わずに衰弱していくそうです」


「そうなのか」


「ええ、赤子を受け止めたかぐやさんは知っていたのにも関わらず、出産する私を励まして、力付けてくれました」


「そうなのだな」


「ただ……その者が言うには、かぐやさんが赤子を取り出した時、赤子が(ほの)かに光ったのだそうです。

 何かあったのかも知れません」


 そう言えば……

 飛鳥京で襲撃にあった時に斬られたはずの護衛が無事だった事を思い出した。

 やはりかぐやには、その(たぐい)の”力”があるのだろう。

 私に知られる事がどれだけの危険を伴うか分かっていながらも、私の娘を救ってくれたあの娘に何と言って感謝すれば良いのだろう。


「是非、礼を言わねばな」


「ええ」


 翌日、かぐやに礼は言ったが頑なに自分は何もしていないと言い張る。

 余程隠しておきたいのであろう。

 私が分かったと言った時のかぐやの安堵した表情が、何かを隠している事を雄弁に語っていたのだが……まあそれで良い。

 感謝している事を伝えられたのであれば。


 しかし、それも束の間。


「阿部内麻呂様が薨御(こうぎょ)されました!」


 使いの者の知らせに事態は一変した。


 (つづく)


川原宮は実在しましたが、いつ出来たのかは不明です。

後に天皇の仮宮、川原寺となり、今は史跡川原寺跡として残されています。


漏刻(ろうこく)につきましては飛鳥資料館に復元展示された物があります。

お立ち寄りの際は是非ご覧になって下さい。

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