【幕間】鎌足の焦燥・・・(3)
前話の続きです。
本編『突然の皇子様の来訪』の(3)と(4)の鎌足サイドのお話です。
(前話、前々話に続き鎌足様視点のお話です)
皇子のかぐやへの詰問が終わり、かぐやは退出していった
「皇子、火鼠の衣とは初めて耳にしますが?」
先ほどの皇子の言葉を確認してみた。
「御伽噺に出てくる戯言だ。
かぐやが知ったかぶりをするか試しただけだ」
「と言う事は、かぐやは合格ですか?」
「別に合格も何もない。
申している事は一つ一つは凡庸な答えに過ぎぬ。
凡庸な言葉を理論整然に並べる事を才と言うなら、あの娘の才は大したものだ。
そのうち後宮に行くだろうが、あの舞が帝だけのものになるのは気に食わぬな」
「では手を回しましょうか?」
「出来るか?」
「容易いことかと」
私もかぐやを後宮にやるのはあまりに惜しいと考えていた。
何か手を打つとしよう。
いざとなれば身内の誰かと婚姻の約束をさせれば良い。
それにしても、かぐやの話の何処が凡庸なのか?
目が覚める様な奇抜な案ばかりを繰り出す事が才というならば、私はその様な者を遠ざけるであろう。
初見の『かみひこうき』とやらの印象が強いのだろうが、誰にでも出来、思いつく堅実な案や思想こそが肝要なのだ。
しかし若い皇子にそれを理解するのは無理なのであろう。
もっともかぐや自身が年若いどころではなく幼子のだが……。
皇子との接見を終え、退室した後、宇麻乃を呼び、かぐやをもう一度呼び出す様言い付けた。
最後、かぐやが言い淀んだ事がどうしても引っ掛かる。
私にはあまり時間がなく、今確認せねば次の機会は当面訪れまい。
部屋へ戻り暫くすると宇麻乃の声がした。
「鎌足様、かぐやをお連れしました」
「早かったな」
「おそらくこうなるだろうと、かぐや殿には宮の中で待機して貰いました」
やはり私が気になっている事に気付いたか。
「お呼びと伺い参りました。
何か粗相が御座いましたでしょうか?」
かぐやは皇子の反応に不安を覚えている様だ。
単なる憂さ晴らしなのだが黙っておいた方がいいだろう。
「いや、子供の発言で粗相も何もないだろう。
申している内容に可愛げがないのは頂けなかったがな。
先程の話で幾つか確認したい事があっただけだ」
そう言って、先ほどのかぐやの進言の確認をした。
この先、皇子の居城を築くためにも参考にしたい。
そしてもう一つ、火鼠の衣について聞いてみた。
口ぶりからすると、火鼠とやらを全く知らなかったわけでは無さそうだが、実在については懐疑的の様だ。
「私がしつこい求婚を断る口実にするなら、火鼠の衣が欲しいと申しますでしょう」
と言われた時には思わず笑いが溢れてしまった。
「では聞き方を変えよう。
燃えない衣は存在するのか?」
口が軽くなったついでに聞いてみた。
だがかぐやの答えは私の想像を超えていた。
石綿? 鉱石? それで編んだ布だと?
吸い込むと健康を害するなど実際に見たものでなければ言えぬ話ではないか?
残念ながら鉱石の場所までは知らぬ様であったが、かぐやの持つ知識に驚愕した。
そして驚くついでに聞いてみた。
「そこまで知っておきながら、其方はどうして言わなかったのだ?」
「ご質問には出来うる限りのお答えを致したつもりでおります。
しかしながらご質問の意図を理解し、それを先読みして回答を致しますのには判断する材料が御座いませんでしたので、控えておりました」
ああ、そうだったか。
私も少々視野が狭くなっていた様だ。
私と皇子は放火による火災から命辛々逃げ延びてきたのだ。
それを知らぬかぐやが一方的な皇子の詰問に答え切れるものでないのは当然だ。
この娘なら口が硬かろう。
「実はな、皇子の宮が火災になり、焼け落ちた。
原因は不明だが、おそらく人為的なものだろうと思われる。
故に対策をしたいのだ」
かぐやの表情が強張り、明らかに呆然としていた。
やはり幼子にこの様な荒事に巻き込むのは尚早であったか?
「かぐやよ。
子供の其方に何かして貰おうとは思わん。
知恵が回る幼女と言っていた其方の知恵を借りたい。
ただ、ここに居て支援してくれれば助かる」
「承りました。
中臣様もくれぐれもお気をつけ下さいませ。
中臣様より指示が御座いました饅頭の作り方は仕込みからお教えしますので、人をお寄越しください。
明日までに持てる材料を全て調理します。
他に必要なものが御座いましたら何なりとお申し付け下さい」
やはり良いな。
この様に自分の役割を把握し、自らが動ける者は好ましい。
この先、腰を落ち着けられる居城を築き上げるまで、居を転々とする日々が続こう。
それを察してかそうではないのかは分からぬが、助かる。
とりあえず十日分の食料の備蓄が手元にあれば、何処にでも潜伏できよう。
その間の食料をかぐやに頼んだ。
すると、かぐやの返答は私の思っていた事と違うものであった。
「承りました。
この地に住まう中臣様のご家族に危害が及ばぬよう、微力では御座いますが力を尽くします」
……そうだったな。
この地にも私の身内が居るのだ。
与志古は帝から下賜される形で娶った女だ。
しかし、後宮の膳司で次官を務めていただけあって、手際も良く、突然の大挙しての訪問にも関わらず、恙なく対応してくれている。
明日は仮住まいとなる摂津国に向かうのだ。
その前に礼を言わねばならぬな。
◇◇◇◇◇
翌朝、頼んでいた30人分の食料が荷車に乗せて用意されていた。
一つ試食したが、サクッとした食感の口当たりが良く、口の中で酪の香りが広がり、ほんのりとした甘みがある。
これが非常食なのか?
干からびた米や醤につけた塩辛い魚を覚悟していたのが、嬉しい誤算であった。
小指ほどしかない小粒のカリッとした餅は、塩味が効いて酒と一緒に食べたくなる代物だった。
よく見ればかぐやらは目が赤く、昨夜は夜通しこれらを用意したのであろう。
本当に有難い。
この先の旅路は厳しいものになるだろう。
だが、上手い食事にありつけるのであれば、力が漲ってくるだろうからな。
そしてもう一つ。
朝餉に竹が出た。
何かと思えば、竹を器にして炊いた味つきの御飯だ。
竹を直接火に掛けるという発想が私には無かった。
故に竹が煮炊きの器になるとは思いも寄らなかった。
しかも竹で炊くことで、米に竹の風味が加わり味を引き立てている。
何よりこの竹御飯には、どの様な時であってもどの様な場所であっても美味しい飯が食えるのだという隠喩が隠れている様に思える。
今の私達にとって何よりもの手向けだ。
向かうは摂津国三嶋郡、中臣にとって縁の土地だ。
まずは味方の多い地で暫く雌伏の時を過ごさねばならない。
その間に飛鳥の地に拠点を築く。
かぐやには火災に強い城の在り方の手掛かりを得たのだ。
もう二度とあの様な醜態は晒さぬ。
「では参る!」
自分自身を鼓舞するかの様に声を張り上げ、出発した。
国造らのいる前を輿が通り過ぎようとした時、皇子がかぐやに声を掛けた。
「かぐやよ、田舎料理にしては旨かったぞ」
すっかり立ち直った様だ。
火事の時の憔悴した皇子はもうない。
次に飛鳥に来る時は、凱旋の時だ!
(つづく)
中臣氏のルーツにつきましては諸説あります。
ここでは大阪府高槻市付近の卜部をそのルーツとする説に乗っからさせて頂いております。
茨城県鹿嶋市がルーツという説も捨て難いので、何処かで拾うかもしれません。
次話は与志古様の出産の時とその後の激動について、です。
鎌足様のエピソードはコミカルにできないので少し書き難いです。