【幕間】鎌足の焦燥・・・(1)
しばらく幕間続きます。
主役は鎌足様です。
今回の話は第三章の直前の出来事です。
****** 中臣鎌足視点のお話です *****
難波を離れ飛鳥京に滞在して半年。
3年前、刷新の意味を込めて京を難波へ遷したと言うのに迂闊に戻れない日々が続いている。
そもそもだ。
遷都はいい。
しかし、どうしてあの様な場所なのだ?
どうしてあんなにも大掛かりなのだ。
大掛かりになるのなら、せめて完成してから遷都しろ!
軽(※孝徳天皇の皇子の時の呼び名)が諸国の者を迎えるために見晴らしのいい場所をと選んだのだが、実際に見て目が飛び出るほど驚いた。
三方を水に囲まれた場所に宮を構えるなぞ何を考えているのだ!
攻め込まれたら逃げ場が無いではないか!
帝が襲撃されるはずがないと過信しているのか?
私が敵であれば、夜襲を掛けて日夜明け前には全て終わらせられる自信がある。
人足を出す河内や摂津からは不満の声が日に日に高まっている。
無人の野に大宮殿を建てようとしているのだ。
簡単な工事ではない。
人材は殆どが飛鳥に残っている。
無能が指揮した工事が碌でもない事は言うまでもない。
宮の造成前の仮住まいの宮の建築に時間が掛かりすぎて、最近になってようやく工事が形になってきたと言う体たらくだ。
あと何年掛かることやら。
自分が攻め込むのなら……か。
逆を言えば自分が攻め込まれたらお終いだ。
あの様な危なっかしい場所に敵の多い葛城皇子を置いてはおけぬ。
それ故に何かある度に難波から距離を置くようになった。
一体、何のための政変だったのだろうか?
そんなある夜の事だ。
戸を激しく叩く音と大声で起こされた。
「鎌足様、皇子様の宮が燃えております!」
「何っ!」
殆ど着の身着のまま皇子の宮へと駆けつけると、宮から激しい炎が噴き上げていた。
遠巻きにして燃える宮を見ている皇子の付き人を見つけた。
「おい!皇子はご無事か!?」
「ひっ! み、皇子様のお姿は見ておりません。
気付いたら辺り一面燃え盛っておりました。
逃げるので精一杯でした」
使えぬ奴め!
あたり構わず周りにいる者に聞いたが皆、見ていないと言う。
つまり、皇子様は中か?!
「キサマら何が何でも皇子様のお命を救え。
でなければ、お主らは皇子様と共に殉死だ!
死にたくなければ皇子様をお救いするしかないのだ!」
見たところ、火の手が上がっているのは出入り口だ。
皇子が普段居るのは最奥の間で、就寝もそこでしているはずだ。
まだ火が廻っていない。
おそらく皇子は火に閉じ込められているはずだ。
「何でもいい!
桶でも瓶でも鉢でも鍋でも何でもいい!
水を汲んでこい!
そこの者ども!
あそこのあばら屋を壊して柱を持ってこい!
急げ!!」
誰も自ら動こうとはしない。
こいつらは木偶か?!
返す返す使えぬ奴らめ!
それにしてもこの火事はおかしい。
出入りする場所に火の気はないはずだ。
表に松明を置く事はあるが、もっと離れた場所だ。
それに出入り口を固めていたはずの護衛共は何処へ行った?
そうこうしているうちに水と柱が来た。
その中の一つの桶を一つ掴むとそれを頭から被った。
「これだけの火に水を掛けても何の役にも立たぬ。
水を被って自分が燃えぬ様にせよ。
皇子様をお助けするぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
たったの5人とは……。
100人は居たはずなのに、皆逃げたようだ。
皇子様の居る場所はこの辺りだ。
柱で突いて穴を開けろ!
どーん! どーん! どーん!
息が合っておらぬから悪戯に壁を叩いている様だ。
見ていられなくなり私も柱を持つ。
「行くぞぉー! せぇーの!」
どーーーーーん!
一発で穴が空いた。
「もう一回! せぇーの!」
どーーーーーん!
メリメリメリ……
人が一人入れるくらいの大穴が空いた。
もうこいつらをアテには出来ぬ。
私が自ら中へと入った。
煙がもの凄い。
袖口を口に当てて中を凝視すると人が倒れていた。
皇子だ!
急いで皇子の元へ行くと、火傷はしていないが息は絶え絶えだ。
私も煙で咳き込む。
このままでは私も共倒れだ!
皇子を背負って先ほど入った穴の方へ向かおうとしたが、どこか分からぬ。
たった数歩歩いただけで煙で視界が遮られる。
だが躊躇っている場合ではない。
自分の直感を信じて、自分が来たであろう方へ引き返した。
手が届くくらいまで近づいてようやく穴の場所が確認できた。
まだ私にも運がある様だ。
穴に向かって大声を張り上げた。
「皇子様は無事だ。
気を失われておる。
受け取れー!」
背負った皇子を狭い穴へと押し込んだ。
「ん……うぅっ!」
皇子の口から呻き声が聞こえた。
意識はある様だ。
皇子を預けるたら私は穴へと飛び込んで外へと躍り出た。
ふと気がつくと、衣服も腕も焦げていた。
離れの戸をもぎ取って皇子を乗せて、残っていた5人と共に私の屋敷へと向かった。
◇◇◇◇◇
屋敷に戻った私は屋敷を取り仕切る舎人に皇子の看病を任せ、私は別の者に手当てを頼んだ。
思いの外怪我をしていた事に気づいたのは翌朝の起きた後だった。
皇子の様子はあまり芳しくない。
意識は戻ったが息苦しさが続くらしく、頭が痛くクラクラすると言い、気を失うかの様に再び眠りについてしまった。
しばらくして宇麻乃がやってきて、こちらの様子の確認と今朝の屋敷の状況を報告しにきた。
「遅かったぞ! 宇麻乃!」
「申し訳ありません。
私の元に報告が上がってきたのが今朝でしたので。
皇子様が無事救出されたと聞いたので、現場を見てから来させて頂きました」
「今更、どうしたと言うのだ」
「昨夜、皇子様に従ったのが数名しかなかったと聞いております。
焼けた屋敷の跡から遺体が9つ見つかりました。
残り数十人が命惜しさに皇子様を見捨てて逃げたのです。
見つけてとっ捕まえます」
「勝手にやれ!」
「いえ……勝手でないのですよ。
遺体のうちの3つが護衛らしき者の遺体でした。
皆剣を抜き、手にしたまま果ててました」
「!?」
「そうです。
昨夜の火事は放火です。
逃げた者の中に火を付けた張本人か協力者がいる可能性があります。
詳しく調べますので人の手配が必要です」
「分かった。
私の独断で人を動員する。
一人残らず捕まえよ。
手向かう様なら家族共々処分せよ」
「はっ!」
「ただ、宇麻乃よ。
お前は大原(※)の私の屋敷へ行き、皇子様を迎える準備をせよ」
(※明日香村小原、飛鳥京から2kmくらい離れた所にある)
「私でなくても良いのでは?」
「今は誰を信じれば良いか分からぬ。
昨夜の火事が敵によるものなら、このままでは済まされ無いであろう。
迎え討つ準備ができておらぬ。
とにかく今は逃げるしか無い。
お前には退路を確保して欲しい」
「御意」
いよいよ、敵も手段を選ばなくなってきた様だ……。
夜になって、ようやく皇子の体調が回復した。
まだ頭が痛いそうだ。
「皇子、無事な回復、安心しました」
「ああ、もうダメかと思ったぞ」
「用意が整い次第、ここを離れるつもりでおります。
ここは守りが手薄です。
敵が大挙したらひとたまりもありません」
「何だ、挙兵でもあったのか?」
「昨夜の火事は放火による可能性が出てきました。
例えそうでなくとも、備えは万全にすべきでしょう」
「……」
皇子は押し黙ったままだ。
「鎌子よ、敵はやはり……」
「私どもの敵は少なくありません。
誰が敵であろうと、私が皇子をお守りします」
「そうか……、くそっ!
今に見ておれっ!」
顔を真っ赤にして怒りを抑える皇子の様子を見て、いよいよ私も覚悟を決めねばと腹を括るのだった。
そしてその夜のうちに大原へと移った。
幕間になると筆の進みが違うのは何故だろう?
不思議ですね。
出来るだけ短くまとめたいと思っているのですが……。