【幕間】皇子の宮にて
セリフのみです。
どれが誰のセリフなのか分かり難くて申し訳ありません。
頭に「み」とか「し」とか「ま」とか入れておけば良かったかな?
大海人皇子の宮のとある一室にて
皇子の腹心、報告役の多治比嶋と、
同じく、質問役の大伴馬来田と、
宮の主、判定役の大海人皇子との会話です。
◇◇◇◇◇
「皇子様、幼いとはいえ女子を舎人として迎えるのは要らぬ誤解を招きませぬか?」
「兄上の腹心からの頼みだ。
無下には出来ぬよ。
それに下調べもした。
そうだな、嶋よ」
「はい、半年もの間、讃岐に入り、行動を共にし、現地の者の声を聞いてきました。
妃としての適性は判りませんが、舎人とするのは良きご判断かと」
「何だ?
妃としての適性が判らんとは?」
「やる事なす事、斬新奇抜ですが確実に成果をあげています。
使いこなせれば有能な官子となるでしょう。
しかし妃の資質と下級官子の資質とは違います」
「其方のいう妃の資質とは何なのだ?」
「大抵の場合は家柄と容姿ですね。
かぐやの場合、家柄は小領地の国造。
容姿は見ての通りです」
「賎しい身分で無いだけ良かろう。
絶世の美女というわけでは無いが、顔立ちは整っているように私には見えるがな」
「私も同感です。
面倒なのは女の園とも言える環境を上手に渡れるかどうかですが、こればかりは男には判断できません」
「ならば嬪として迎えても良かろう。
13なら前例は山ほどある。
舎人として迎えるのは何故だ?」
「馬来田よ。
あの娘を舎人にする事を提案したのは中臣殿だ。
私も考えた上で舎人としたのだ」
「鎌子からの提案ですか?
差し障りが無ければ、皇子様のお考えを聞かせて頂きますでしょうか?」
「私があの娘を見たのは三年前の一度きりだ。
私と兄上と中臣殿、そして今は亡き倉梯殿の前で齢十の娘が政について論説したのだ。
『この先の政が大きく変わる。
変わることによる歪みはいつしか綻ぶ。
それが近いか遠いかの違いに過ぎぬ。
それを予見する事は人には不可能である。
何故なら人は賢すぎて、そして未熟であるからだ』、とな」
「何と豪胆な……」
「直接言ったのでは無い。
元々は内輪の話だったのが人伝に伝わり、呼び出しとなったそうだ。
普通なら気にも留めることの無い戯言として聞き流していただろう。
ただ、その話と共に面白い物が添えられていたんだ」
「面白い物……とは?」
「少し待ってろ。
今作る」
「はぁ……」
……
「これだ、馬来田よ。
『かみひこうき』と言うのだそうだ」
「紙を折り畳んだだけの物に見えますが、何故面白いので?」
「まあ、見よ」
(スィー)
「何と、宙を浮くのか?!」
「あの娘が言うには、人は知恵次第で空をも飛べるほど賢い。
賢いが故に、何をするのか、何が出来るのか、先がどうなるのか、予想することが難しいのだそうだ」
「そう言われますと、一つの真理にも聞こえなくもないですな。
とりあえず、あの娘が私の予想を超えて有能である事は理解しました。
その上で知りたいのですが、舎人とする理由は何故でしょうか?」
「大伴殿、私から説明しましょう。
半年間、かぐやとその周辺について調べた結果、かぐやを舎人とするのが最上だと私も思ってますから」
「聞かせて貰おうか」
「かぐやは讃岐造麻呂の娘となっていますが、実は養女です。
誤解がない様に言っておきますが、本人は隠しておりません。
本人から直接聞きました。
ただ養女となる以前の経歴が全くの不明です。
聞いてみましたが、言葉を濁し語って貰えませんでした」
「全く分からないはずは無かろう」
「残念ながら、全くです。
五年半前、当時七つだったかぐやが国造の養女となった事は領民の誰もが知っておりますが、それ以前を知る者は一人もおりませんでした。
私も周辺に人を遣わせて調べてみましたが、皆目分かりませんでした」
「噂一つも無いのか?」
「噂は……あります」
「何だ、勿体ぶらず言ってみよ」
「領民はかぐやを天からやってきた天女として崇めているみたいなのです」
「「天女とな?」」
「はい、領民だけではありません。
どうやら忌部氏一同もそう信じている様子です」
「忌部は神とか祟りとか信じすぎてはいないか?」
「困った事にですね、天女であれば説明がつく事が多いのですよ」
「何だそりゃあ」
「まず讃岐の領民の数が、かぐやがきてから凄い勢いで増えているのです」
「別に天女でなくても可能であろう。
税を減らすとか、田畑を多めに与えてやれば流民共が勝手にやってくる」
「あそこの場合、税はあまり変わらず、与えられる田畑はどちらかと言えば狭いようです。
代わりに収穫を増やす方法を伝授する事でそれを補っている様です」
「では何故増えるのだ?」
「確証はありませんが、かぐやには癒しの力があるみたいです。
多少の病気や怪我は治してしまうらしく、何人も命も危機を救われたと言っておりました。
また死産となる赤子の数が著しく少ないそうです」
「それは誠か?」
「死産が無いわけでは無い以上、癒しとやらが万能ではないと思われます。
しかし生まれてくる子供をかぐやの力で死なせずにしているのは確かな様です。
中臣殿の与志古妃が赤子を産んだ時も、かぐやが赤子を取り上げたそうです。
お付きの者から聞きましたが、逆子だったにも関わらず無事出産出来たそうです。
忌部の者もその事を知っており、赤子を産む時にかぐやが付き添ったみたいです。
領民で出産がある時にかぐやが付き添うのは当たり前となっていて、今ではその噂を聞いた他所の者がわざわざやってくるそうです」
「病は気から、とも言うがな」
「気分の問題ではなく、知識によるものである可能性も否定できません。
私が讃岐の地に赴任した翌日、かぐやは忌部氏の夫婦に子作りの講義をしていました」
「何じゃそりゃあ!
子供に子供の作り方を教わるってどうゆう事だ?」
「私も少し呆れながら、盗み聞きしていたんですけどね。
講義の内容は想像を超えてとんでもない内容でした。
かぐやは人体の内部の成り立ちを知っており、どこの臓器がどの様に機能しているかをはっきりと理解した上で、子を成す方法、逆に子を成さずにまぐわう方法を伝授していたのです」
「その様な事が……、それだけでも十分すぎるではないか。
嶋よ、あの娘の知識はそれ程までに異能なのか?」
「そう言って差し支えないでしょう。
先ほどの『かみひこうき』を、私は讃岐で中臣殿と物部殿の嫡男が遊んでいるのを見ました。
私も知識に関しては人に遅れを取る事はないと自負していますが、あれには私も驚かされました。
普通の娘なら紙が勿体無くてあの様な事は思いつきましません。
忌部の知恵者と話をする機会がちょくちょくとあるのですが、かぐやの知識はその者も舌を巻くほどだと申しております」
「多治比殿、それは国博士の高向殿に匹敵すると言うことか?」
「いえ、少し違います。
我々の言う知識とは、我が国の古の出来事や唐の書にどれだけ通じているか、儒学や仏教にどれだけ知見があるか、などを指します。
しかしかぐやの知識はどれにも属さないのです」
「何と……それならば早いうちに取り込んでおく事は吝かではない。
なれば娶ってしまえば良かろう」
「いえ、私はかぐやの異能を懸念しております。
あの娘の心根はとても優しい。
それは間違いありません。
しかし『高木は風に折らる(出る杭は打たれる)』の言葉の通り、突出した能力は要らぬ災いの元になるやも知れません。
故にかぐやを身内として擁する事には、私は反対です。
かと言って舎人にしなければ、いずれ采女として後宮に入内し、優秀な舞師となるでしょう。
それはあまりにも勿体無い。
そして何より、政敵の矛としてかぐやが我々と対峙する様な事態は絶対に避けたい。
故に、あの娘が望む地位を与えて、監視下に置くことが出来る今の状況が最上だと私は具申します」
「望む地位とは何か?」
「これは私の予想になりますが、養父と養母にとても懐いており離れ離れになりたくないと思われますので、今のまま変わらぬ事が一番かと。
また書に対しての造形が深く、かなりの量の書を収集している模様ですので、それを後押しするのが宜しいかと」
「馬来田よ。
先ほどの其方の問いの答えなのだが、私も嶋と同じくあの娘を舎人とするのが良かろうと思っている。
中臣殿も嶋と同じ様な事を申していた。
ただ私の場合は打算とか先を見据えてとかではなく、あの不可思議な娘が望む事をしてやりたいと、ただそう思うのだよ。
その方が面白そうだからな。
それにな……。
あの娘の異能が早々にやらかしているみたいだぞ」
「「一体何を!?」」
「先ほど額田が私に扇を持ってきてな『見たこともない名歌を十一首も貰ったのですよ』と大はしゃぎしていた。
讃岐の天女とやらは額田のことが随分とお気に入りの様だ」
「あの時か……」
「何の事か知っている様だな、嶋よ。
とりあえずは、来月の改元の儀にてかぐやに舞を上納して貰う。
そして私がかぐやを優秀な舞師として舎人として迎えたと周知する。
後は監視下に置き、必要となればその異能に頼ろう。
それまで、かぐやと良好な関係を築ければそれで良い。
それで良いな」
「「はっ!」」
改元の儀とは、西暦650年の2月、元号が大化から白雉に変わった時に執り行われた儀です。
かなり大規模な催しだったみたいです。