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取調べを受けるかぐや姫

前話からの続きです。

 5年前の自分に言いたい。


『余計な事はするな!』と。


 ちょっとした奉仕(サービス)精神で宴の来場者に配った扇子に、著作権切れ(パブリックドメイン)であるはずの百人一首の叙景歌を万葉仮名で書き入れてみました。

 それが人伝に額田様の手に渡って『なんじゃこりゃぁぁぁ!!』となり……。

 今、満面の怖い笑顔を浮かべた額田様に迫られております。


「えぇーっとですね。

 アレです、アレ、アレです。

 たまたま知っていたのでちょっとサラサラ〜って書いてしまったのです。

 何せ5年前の事なので。

 おほほほほほほほほほほほほほほ」


「そう、5年前なのね。

 幼い貴女にその歌を教えたのはだぁれ?」


「え……えぇぇ〜〜っと、誰でしたでしょう?

 誰でしたっけ〜〜?

 何せ5年前でしたから。

 何せ私はまだ八つでしたので……。

 おほほほほほほほほほほほほほほ」


「まさか、貴女の作品という訳ではないでしょうね?


「ととと、とんでも御座いません。

 私の歌の才が残念なのは、歌の師匠である多治比様に嫌というほど知られて(バレて)おります。

 あり得ません!」


「そうなの……。

 とりあえず貴女がこの扇子に関係している事はよーく分かりました。

 こんなに素晴らしい歌と歌い手が世に埋もれているだなんて見過ごせません!

 その者を何としてでも召し抱えます」


 ああぁ〜、どうしましょう?


「えぇーっとですね。

 もしかしたらその歌い手様はこの世におられないかも知れませんです……よ?」


「えっ!その方はもう儚くおなりになってしまったの?」


「いえいえいえいえいえいえ、私はその方々と面識がありませんので分からないのです。

 何せ読み人知らずの歌ですので」


「そうなの……残念だわ。

 でも今、貴女言いましたね?

 『その方々』と。

 一人ではないの?

 一首ではないの?」


 ああぁ〜、やってしまいました。

 墓穴が逐次(リアルタイム)で深く深くと掘り下げられていきます。


「え……ええ、十首ほどお配りしました。

 たぶん……」


 気分は取調室で問い詰められている犯人です。

 額田様(けいじさん)、カツ丼下さい。


「その十首というのは覚えてますわよね?

 いますよね?」


「はひ……」


 きっと犯人が『私がやりました』と言う時、こんな気持ちではないでしょうか?

 私は先ほどの舞で使用した飾り付きの扇子を取り出しました。


「この扇子に書いてみます。

 心を落ち着けて清書できる場所にて暫しお時間を下さいまし」


「まあ♡

 お願いできるのね。

 嬉しい。

 とても良い年明けになりそう。

 こちらへいらっしゃい。

 墨と筆も必要でしょう?

 用意するわ」


「はい……」


 ウキウキと前を行く額田様に連れられてズゥーンと落ち込んだ私は宮へと連行されました。


 額田様がお付きの方へ詳細を伝え、(はんにん)を引き渡して部屋へと案内してくれました。

 戸が閉まった瞬間、『ガッチャン!』と音が聞こえた様な気がしたのは果たして幻聴なのでしょうか?


 ◇◇◇◇◇


 一人静かになった所で、まずは光の玉を自分に当てて精神を鎮めます。


 チューン!


 なんか疲れました。


 チューン!


 それでは始めましょう。

 あの時はミウシ君と忌部首(いんべおびく)の氏上様に贈呈(プレゼント)しました。

 それと同じ歌を思い出しながら書いていきます。


 一首書くごとに光の玉を当てて気持ちを鎮め、精神統一します。


 チューン!


 経緯はともあれ、万葉集の最大にして最高の歌人・額田様への贈り物です。

 国文学を履修した者にとって垂涎の的です。

 今ほど習字を習っていて良かったと思った事はありません。

 あ……履歴書の文字を褒められた時も嬉しかった記憶がありますが、それはそれ、これはこれ。


 そしてもう一つ大事なのはこの時代の歌人の歌を書くのはとっても(まず)いです。

 例えばかの有名な山部赤人(やまべのあかひと)が富士を詠った歌はアウトです。

 しかし不思議なことに百人一首には額田王の歌は一首も収録されていません。

 実は百人一首が当時最高傑作ばかりを集めた歌集でない事は有名な話です。

 諸説ありますが、百人一首のキーワードを並べると後鳥羽上皇との思い出の地の地図が浮かび上がるという選者・藤原定家の暗号説が私は好きです。


 一首一首丁寧に書いて、ようやく扇子が歌で埋まりました。

 ついあの時に書かなかった歌を一首オマケしてしまいました。


【天の声】それが余計なことだと言うのに……。


「恐れながら……。

 清書が終わりましたが宜しいでしょうか?」


 墨が乾いたのを見計らって、私は戸の向こうにいるであろうお付きの方に声を掛けました。


「はい。皆様はすでに宮の中へとお戻りですのでそちらへご案内致します」


「宜しくお願いします」


 向かった先は会食の席でした。

 皇子様は新春の儀のためお出掛けになっていて、御簾の向こうに額田様がお一人でいました。

 お付きの方に渡そうかとしたのですが、手ずから渡して欲しいとのことでしたので、御簾の方へと歩み寄って行きました。


「かぐやさん、出来ましたのね。

 ささっ、見せて下さいな」


 とても楽しみにしている様子です。

 私は歌を書いた面を上にして扇子を広げて見える様に差し出しました。


「どうぞ、お納め下さいまし」


 額田様はスッと扇子を受け取り、静かに扇子を見ていきました。

 ……

 …………

 ……………………?


 ずっと見ている様です。

 何度も詠み返しているのでしょうか?


「なっ……」


 え?


「何ですの、この歌は!?」


 えぇーっ!

 何故怒るの?

 私何かしでかしました?

 いえ、既に散々しでかしました自覚はあります。

 ごめんなさい。

 でも怒られる事は何もないはず。

 おそらく、たぶん、だとしたら良いなぁ……。


「かぐやさん、私は歌というものを甘く考えていた事に気付かされました。

 この世にはこれ程までに美しく言葉を編み、歌へと昇華する事が可能なのですね。

 凄いわっ!

 歌ってこんなにも素晴らしいものなのだと改めて知らされました」


 額田様は私をガバッと抱き締めて大きな声で絶叫です。

 く、苦しい。

 意外に胸あるんですね。


「ぬ、額田様がお喜びになったのなら

 それと額田様、周りが驚いております」


 はっと我に返って、頬を赤く上気させた額田様は私を解放してくれました。


「本当に素晴らしいわ。

 この様な名歌が世に埋もれていたなんて信じられません。

 私は自分自身の未熟を恥じるばかりです」


「いえ、その様な事は御座いません。

 これらの歌は、おそらくですが、歌人が生涯を通じて最高傑作として遺された歌と想像しています。

 それに並ぶ歌が簡単に生まれ出るとは思えません。

 しかし、額田様ならば、後世に残る名歌をお遺しになると信じています」


「そうね、これほどの歌を容易く生み出す事が出来るなら私は歌を辞めていたでしょう。

 大変だからこそ挑みたい。

 私はそう思っています」


 ああ、良かった。

 これで今回の件は丸く治りました。

 用事が済みましたら、とっとと讃岐へ帰りましょう。


「時にかぐやさん。

 この様な名歌を生み出す野に埋もれた人材が沢山いるという事がよくわかりました。

 かぐやさんにはぜひ、これらの歌を辿って一人でも見つけ出して欲しいですわ」


 そんな、無茶な。

 だって250年以上後の歌が多いのですよ。


「それにつきましては多治比様が興味深いご提案をされてました」


「多治比様が?」


「はい、歌の催しなどを通じて、身分の垣根を超えて優れた歌人を集めたいと。

 そして世に埋もれた素晴らしい歌人が歌だけで生活が出来るくらいに後押ししたいと。

 そうですよね? 多治比様」


 少し離れた所に居た多治比様に振ります。

 急に話を振られて何の事か分からない多治比様は、額田様の前なので私に問い合わす事もできず、ポカンとしています。


「多治比様はこうも仰っていました。

 『好きな歌の世界に貢献できる』と。

 私にとって歌の師匠でもあります多治比様は歌が本当にお好きの様です」


「まあ、何て素晴らしいお心掛けなのでしょう。

 軽い方かと私誤解していたかも知れません」


「え、いえ。

 歌は私はとても好きです」


 思わぬ所で憧れの額田様に興味を持って貰え、声が上ずる多治比様。

 後援者(パトロン)となる動機が同じ趣味を持った女性(よめ)探しという事は内緒にしてあげますね。


百人一首に額田王の歌がない一番の理由は、百人一首には万葉集から選ばれた歌が無いからです。

山部赤人の場合、万葉集に掲載された原歌を元に古今和歌集に載った歌が百人一首に選出されました。


田子の浦にうち出でてみれば白妙の 

富士のたかねに雪は降りつつ

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