新春恒例のかくし芸大会?
♪ 1月は正月で、酒が飲めるぞ〜
酒が飲める飲めるぞ〜 酒が飲めるぞ〜〜 ♪
あけましておめでとうございます。
私は今、西に広がる湖の向こうから登る初日の出を堪能しています。
何故かというと、またまた新春の宴で舞を舞う羽目になったからです。
もう少し詳しく言えば、舞台の上から初日の出のご来光に照らされています。
幸か不幸か帝の御前ではありません。
中大兄皇子の御前でもありません。
皇子様の臣下、舎人、雑仕の皆さんが集まっての新年の宴、言わば職場の新年会でカラオケを歌わされている様な状況です。
◇◇◇◇◇◇
少しだけ時を遡ります。
元旦の夜明け前、パチパチと焚き木の周りに人が集まり、日の出を待ちます。
日の出を見ながら、皆んなで祝うのがここの流儀だとか?
言い出しっぺは大伴様という事なので、たぶん往年の名曲「日本全国酒飲み音頭」みたいなノリなのでしょう。
本日13歳になったばかりの最年少の私が出し物の第一番目です。
さすがは皇子様の宮だけあって歌師も笛師も楽師も勢揃っています。
フルオーケストラです。
もちろん舞子さんもいます。
ただ私の場合、齢九つ(満年齢で七歳)にして帝の前で舞を披露したことがあるという箔があるため、一目置かれてしまっているみたいです。
まるで早熟の神童・モーツァルトみたいな?
今更、如何様の所為だなんて言えません。
夜明け前の舞台下で楽団の方々と初顔合わせです。
皆さん若い方が多いですが、子供は私だけです。
「かぐや殿、舞を舞える曲というのはありますか?」
曲名なんてあったの?
しかし今更曲名なんて知りません、とは言えない雰囲気です。
ましてや、実は私、舞のバリエーションが少ないのです、なんて言えない雰囲気です。
どうしましょう?
「得意な楽曲を奏でてください。
私がそれに合わせます」
あー、言っちゃった。
これで引っ込みがつかなくなりました。
「ほう、では私達は精一杯、今出来る最高の演奏します。
かぐや殿の舞を楽しみにしております」
何でそんなに勝負調なの?
ガチなの止めましょう。
これって余興ですよね?
「私にとって舞は神に観て頂ければそれで満足なのです。
気持ちが伴えば私はそれで宜しいので」
ね、気楽に気楽にいきましょうよ。
「おぉぉ、何て視座の高きことか。
流石は皇子様が見初めた才女じゃ」
いえいえいえいえいえ、志の低い下賤の者でゲス。
中臣様が気まぐれで皇子様の舎人に押し込んだだけです。
その実、どの様に思われているのか分からないのです。
では夜明け直前、舞台の準備ができました。
勝負服の赤袴もどきの裳の上に千早を纏い、手には飾りが綺麗な扇子。
ここにくる前に頂いた新作です。
♪〜
演奏と共に恭しく入場です。
そして一旦演奏が終わり、そして皇子様の方へ向けて礼。
横には額田様がいます。
相変わらず……といいますか、ますますお綺麗です。
♪〜
演奏が始まりました。
クルクルクルクル……
曲の調子に合わせて舞います。
大体がほぼ同じリズムです。
現代みたいなアップテンポな曲はありません。
曲調と動きが合っていない箇所がありますが、観る側が勝手に解釈してくれるでしょう。
あ、繰り返しに入りました。
二番に入ったみたいです。
古代の音楽は詩節が進んでも旋律が繰り返し反復される有節形式なので、基本の動きが出来ていればどうにかなりそうです。
音に合わせて舞うのではなく、身体に染み込んだ舞を音楽に合わせさせるつもりで……、
クルクルクルクル……
昔のアニソンか、学校の校歌みたいに一番、二番、三番を同じ動きをします。
クルクルクルクル……
突然、目に光が差し込みました。
初日の出のご来光です。
眩しいと思いながらも、舞を止める事なく続けます。
さて、たぶん三番で終わりのはず。
後はフィニッシュポーズを取ればどうにかなるでしょう。
ポーズの後に演奏が続いたら無かったかの様に舞を続ければ良いのですが、少し変化に乏しいですね。
そこで必殺技、扇子回し!
以前、帝の前で舞った時の様に鉛筆回しの様に要返しに挑戦です。
ポロッ……あ、落ちた。
しかし慌てるそぶりを見せる前に、左手で長い飾り紐を掴んでぐるーんと振り子の様に振り回します。
唸れ!私の反射神経!!
そして扇子が私の頭上高く舞い上がり、真下にいる私へと落ちてきます。
それを右手でパシッと受け止めたその瞬間に演奏が終わりました。
まるで新体操です。
点数は!?
10点、10点、10点、9点、10点!
合計49点!
意図せずとんでもないアクロバティックな舞になってしまいました。
ドックンドックン早鐘の様に激しく脈打つ心臓を気取られない様、ゆっくりと扇子をしまって一礼し、ゆっくりと舞台を降りました。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
満場の拍手を頂けたので結果オーライのはず。
まずは楽隊の皆さんにご挨拶です。
「皆様、素晴らしい演奏をありがとうございました。
それに引き換え、お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」
「かぐや殿、何をおっしゃるのか!?
即興とは思えぬ完璧な舞でしたぞ。
あの曲目に斬新な振り付け。
なのに違和感を感じさせぬ演奏と舞の調和を見させて頂きました。
それだけに飽き足らず高度な技まで披露されて、真似の出来ぬ高みをお示し下された。
我らが楽所の者達も非常に良い刺激となったであろう」
「その様なことは御座いません。
まだまだ至らぬ所ばかりに御座います」
完全に誤解しております。
実はあれは失敗でした、と正直に言える雰囲気でもないですし、そのうち私のメッキも禿げるでしょう。
私は説得を諦めて、この場を離れる事にしました。
一人ポツンと薪の近くで暖を取りますが、ほとんど知り合いはいませんし、皆さん自分の出し物の準備の余念がなく、私に構っている場合ではなさそうです。
私はボーッと舞台を見ていました。
すると後ろから女性の声がしました。
「かぐやさん、久しぶりね。
良い舞を堪能させて頂きました」
振り返ってみるとそこには額田様が。
「こ、これは額田様。
私の事を覚えて頂き光栄に御座います!」
「ええ、何故か貴女のことは印象強くてね。
何というか……お名前の通り、光輝いて見えるの」
「いえ、そんな。
額田様の輝きに比べれば私なぞ昼間に光る蛍みたいなものです」
「お上手ね。
そうゆう例えがスラスラと出るのだから、きっと歌も上達するでしょう。
楽しみにしているわ」
「はい! 一生懸命全心全力粉骨砕身に取り組みます!」
「あははは、本当に貴女の感性は独特ね」
「はい……」
つい万葉集を一度でも習えばその名を必ず目にする額田王にお近づきになれると思うと、先日の反省も吹き飛んでしまいました。
「ところでかぐやさんが舞に使っているお道具、扇子って言うのですよね?」
「はい、私の故郷の讃岐は竹が名産ですので竹で作った物が主ですが、他にも檜で作った扇子、先ほどの舞の時の様な飾りが付いた扇子、など色々と取り揃えております」
私はファンシーショップの店員さんか?
「私も歌のお礼として幾つか扇子を頂いた事があるの。
これも貴方の所で作ったものかしら?」
そう言いながら額田様は懐から竹で出来た扇子を取り出しました。
おお、何て光栄な扇子なんでしょう。
「他所の土地で作られた可能性はありますが、見覚えのある意匠です。
たぶん私達の土地で作ったものかと……」
「これを贈呈してくれた方が言うのには、『大和国のとある国造の娘の名付けを祝って宴が催された時に皆に配られた物です』と言ってたの」
ドキッ!!
何故でしょう?
寒空の下なのにイヤな汗が背中を伝わります。
額田様は手に持った扇子をパタパタと開いて『それ』を見せてくれました。
「私自身、歌に関して誰にも負けないつもりですし、負けたくないものなの。
でもね。
この扇子に書かれたこの歌に、私は打ちのめされてしまいました。
この歌を見た時、私はまだまだ未熟なのだと思い知らされたわ。
だからその気持ちを忘れないためにもこの扇子を肌身離さず持っているの」
「は………はひ」
目を合わせることすら出来ません。
「か・ぐ・や・さん。
これが何か知ってますよね?」
はい、それは5年前の小正月に讃岐で開催された宴で配った扇子です。
扇子に百人一首の歌を書いた犯人は私です。
(※第32話『宴、初日(1) ・・・歌合せ』参照)
それは未来の有名な和歌集の一首です。
………なんて言えません。
とんでもない圧力と共に私を問い詰める額田様の美しい笑顔。
……どうしよう。
【天の声】だからあの時『後でどうなっても知らんぞ』と言ったのに。
前回の説明の補足です。
難波長柄豊碕宮のあった場所は大阪湾沿いですが、今の地形とだいぶ違っていて、現在の位置ですと大阪城公園のすぐ近くです。
東側に難波乃海(大阪湾)、西側に河内湖と湿地帯に挟まれた上町台地の上に造られました。
北側にある難波堀江は、河内湖の排水を促し、洪水を防ぐため上町台地の一部を削り取った水路です。
『日本書紀』に仁徳天皇の命によって工事がされたと記されています。
5世紀の事です。