竹内(たけのうち)街道
ぱふ ぱふ ぱふ
ぱふ ぱふ ぱふ
ぱふ ぱふ ぱふ
寒さの厳しい師走となり、いよいよ明日は難波へと出発です。
頭の中では8ビット音声のメガヒットRPGゲームのOPが流れています。
♪ ぱぱぱーぱーぱー
パフパフはありません。
したくても出来ません。
したくもないけど……。
◇◇◇◇◇
「それでは父様、母様、行って参ります」
秋田様、赤ちゃんを抱いた萬田先生、赤ちゃんを負ぶって子どもを抱えたお腹の大きい八十女さん、その他の家人の皆さん、そしてお爺さん、お婆さんがお見送りしてくれました。
八十女さんに3人目を孕ませた源蔵さんは私と一緒に難波へ行きます。
「姫様だから大丈夫だとは思いますが、道中気をつけて下さい」
「風邪をひかないよう、体に気をつけて下さいね」
「風にとばされないよう、気をつけて下さい」
「ご一緒出来なくて申し訳ありません。お気をつけて」
「皇子様に失礼のない様に気をつけてね」
「あわよくば皇子様に取り入れられるんじゃぞ」
…… 皆んな、私が普段気をつけていないと思われている?
あとなんかお爺さん本音が滲み出ているんですけど。
ルートは多治比様ご自慢の飛鳥京と難波を結ぶ竹内道を目指します。
そして丹比(※今の大阪府堺市)で一泊して、翌日難波京(※今の大阪市中央区)へと向かいます。
しかし農作物を持っていくのは諦めました。
途中、山道があるのだそうです。
代わりに向こうで舞を舞うかも知れないので衣装を持っていく事にしました。
半纏も忘れません。
パンツは新品を用意しました。
私の記憶が正しければ、竹内街道は長尾神社を起点とする日本最古の街道として有名な観光スポットだったはずです。
まさか私がその古代の街道を歩く事になるなんて、人生分からないものですね。
【天の声】何度も言うけど、これ異世界だから。
「かぐやさん、疲れたら言ってくれよ。
付きの者に背負わせるからね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
意外と紳士な多治比様が声を掛けてくれます。
チャラいけど……。
しかしマッスルかぐや姫への道を着々と進んでいる私には無用の心配です。
猪はやっつけたし、そのうちクマを投げ飛ばすかも知れません。
【天の声】どこの金太郎かよ!?
幸いな事にクマもオオカミも山賊も出る事なく、風に飛ばされそうになりながらも日が高いうちに山を越えました。
ただ、ここで多治比様が歩き疲れてダウンです。
御曹司には山道は大変だったみたいです。
光の玉で疲れを吹き飛ばして差し上げようか……とも考えました。
しかしあまり疑わしい事はしない方がいいという保身の考えが勝った結果、多治比様は放置です。
すまないのですが、私は自分がかわいいのです。
しかし、この先残り半分の行程があります。
この先は山道では無いとはいえ、明るいうちに到着できるか微妙です。
この時代の夜は本当に真っ暗なのです。
太陰暦で月末ということは、月齢も大きいので月明かりも期待できません。
困ったな……と思っているところに、恭しい一団が近づいてきました。
そして一団の先頭の人が私に……ではなく、隣でヘタっている多治比様へ言葉を掛けました。
「嶋様、お迎えに参りました」
嶋様?
「ご苦労、ちょうど良かった。
助かったよ」
多治比様が当たり前のように返事しています。
よく知った風です。
……という事はこの一団は多治比様のお迎え?
一団には四人で担ぐ型の輿が待機していました。
中大兄皇子が乗っていた輿と比べれば豪華絢爛さはありませんが、江戸時代の二人で担ぐカゴに比べれば全然、高級です。
「かぐやさん、悪いね。
うら若い女性を差し置いて」
「お気になさらず。
田舎育ちの私はもう一度山道を歩けるくらいの体力が残っておりますので」
そう言って多治比様は輿へと乗り込みました。
思い返せば家を一見して、買い取るとか新しく建てるとか、事も無げに言ってましたから相当なお金持ちなんでしょうね。
ウチもお金持ちではありますが、成金だし、小市民だし、田舎です。
格が全然違います。
それにしましても、多治比様って嶋という名前でしたのね。
初めて知りました。
整備された道を歩いていくとどんどんと賑やかになってきました。
2時間くらい歩き、大きな建物らしきものが見えてきたところで腰の中から声がしました。
「輿を止めてくれるかな。
ここからは歩いて行くよ」
「「「「はっ!」」」」
輿はゆっくりと折りたたみ台の上へと下ろされ、多治比様が出て来ました。
この様子を見るとやはり御曹司なのだと感心します。
「やっと着いたね。
かぐやさん、輿は見たことはあるかい?」
「ええ、中大兄皇子様が讃岐にいらした時に車輪がついた輿に乗っておりました」
「そうだね。
輿ってのは尊い方しか乗れない物なんだ。
帝とか皇子様とか皇后、妃といったね」
「すると多治比様は皇子様なのですか?」
「いいや、皇子だったのは私の父上だ。
しかし臣下降籍して皇子でなくなったから、私は只の嶋だ。
それなのに輿に乗っているととやかく言う人がいてね。
全く面倒臭いよ」
思い返してみますと、真人クンも皇子だった時は輿に乗ってましたが、中臣氏になってからは輿に乗らなくなりました。
(※第39話『宴、最終日(1)・・・VIP来訪』参照)
「皇籍に未練があるのですか?」
「いいや、父上も私も無いね。
皇子といっても100年以上もの前の会った事もない先祖が帝だっただけだ。
それに私は帝位を継ぐべき器じゃない。
大海人皇子のような方が相応しいと思っている。
それに私はこの丹治の地をもっと発展させたいと思っていてね、皇子であるとむしろ妨げにしかならないんだよ」
「発展……ですか?」
「そう。この先、国を豊かにするのは農業ではなく製造と交易だと私は思っている。
農業は他でやればいい。
丹治は交通の要所である地の利を活かして交易によって利を得られるはずだ。
それに丹治は鉄の加工で潤っているんだ。
この先、鉄はますます無くてはならない物になると思っている」
「多治比様は流石、慧眼に御座いますね」
「おやおや、かぐやさんに初めて褒められた気がするね」
「そうでしょうか?
もしかしたら私が歌を褒められたことが無いからかも知れませんよ」
「ははは、それは無理な相談だ。
君の歌は歳の割には良く出来ているけど、気持ちが全然入っていない。
仕方がなくひねり出した言葉をきれいに並べただけ、というのが見え見えの歌なんだ。
流石にその様な歌を褒めることは私には出来ないよ」
「改めて私の歌を解説してい頂きますと照れてしまいます」
「いや、そこは照れなくていい所だから。
かぐやさんは頭が良いのだから、もう少し身を入れて歌に励んで欲しいよ」
「必要に迫られたら才能が開花するかもしれませんよ」
「同じような事を言っていた昔の自分を思い出すよ。
普段真面目にやっていない人に限って言う言葉だという事も知っている」
「そうおっしゃいますと、今の多治比様は真面目なお方だと思われてしまいますよ」
「『大弁は訥なるが如し』って言葉を知っているかい?
普段から知識をひけらかせていると愚か者の誹りを受けるんだよ」
「どこの言葉ですか?」
「昔昔の老子と呼ばれる偉人の言葉さ」
「それは是非その書を見てみたいものです」
多治比様は意外と物事を深く考えているのかも知れません。
油断できない方ですね。
……チャラいけど。
竹内街道沿いには古代の史跡があり見所がたくさんです。
是非お立ち寄り下さい。