中央の動きとオレ様
文中の『皇子様』は全て中大兄皇子(葛城皇子)を指します。
思いがけず(後の)有名人が讃岐を訪れて、ミウシ君を連れ去って行きました。
次に会ったときは感想をヨロシク~。
ミウシ君が中央のゴタゴタについて話をしたのは衣通姫と共にお見舞いへ行った時だけ、それ以上は敢えて聞きませんでしたので、詳細は分からずじまいです。
一連の騒動に中臣様が無関係であるはずがありませんが、与志古様は知っていたとしても何も話さないでしょう。
まさか「貴女の旦那さん、都で悪い事しているんですってね」なんて聞けませんし……。
そうしますと残りは秋田様ですね。
何か情報を掴んでいるかも知れません。
わざわざ首を突っ込むつもりはありませんが、入内 が可能となる13歳になった途端に「宮に来て食事を作れ!」と命令される可能性だってあります。
何も知らずにいるのは危険です。
それにしても……
『竹取物語』ではかぐや姫は帝からの入内の申し出を頑なに断ってましたが、現実問題としてそんな事が可能なのでしょうか?
国造が子弟子女を中央へ差し出すのは人質の意味もありますので、断るなんて不可能に思えるのですが。
忌部の宮へ行くと萬田先生が嬉しそうに産まれたばかりの赤ちゃんにお乳をあげていました。
まだ出産直後なので乳の出は良くないですが、お胸はパンパンです。
よかったね、萬田先生。
今が人生最大の巨乳時期です。
ちなみに旦那の秋田様は部屋の外に閉め出されていました。
日頃の行いが如何に大切なのかがよく分かります。
まずは出産直後の母体は危険がいっぱいですから、赤ちゃんと萬田先生にウィルス退散のアマビヱの光の玉をこっそりと当てます。
授乳が終わり、秋田様が中へと入ってきました。
そして私が赤ちゃんを受け取り、萬田先生は横になりました。
私が抱っこすると赤ちゃんがスクスカと育つという噂があり、自然とこうなるのです。
噂の出所は佐賀斯様みたいです。
もっともアマビヱの光の玉のおかげなので根の葉もない噂ではありませんが。
「萬田様、お加減は如何でしょうか?」
「ええ、姫様のお陰でだいぶ良くなって来ました」
「身体が元に戻るのにはもう少し掛かりますので、ゆっくりと休養なさって下さい。
あと、次のご懐妊なさるのは1年間ほど間を空けた方が身体のご負担が御座いません。
無理はなさらない様に」
私の横に座った秋田様が『そんなぁ〜』という顔をします。
仕方がありません。
萬田先生の健康が第一ですので。
「姫様、倉梯様よりお祝いの品が届きました。
大変かたじけない事なのですが、もう讃岐にはいらっしゃらないのですよね?」
秋田様の言葉でミウシ君がその様な事を言っていたのを思い出しました。
そう言えば、あの時は萬田先生の出産の事で頭がいっぱいでしたから、秋田様にお伝えしてませんでした。
報連相は社会人の基本なのに……。
「はい。本日、越国へと出立なされました。
申し訳御座いません。
お伝えする事を失念しておりました」
「まだ喪が明けていないのに急ですね。
たぶん、昨日話を伺っていたとしても何も出来なかったと思います。
何故お急ぎになったのですか?」
「阿倍引田臣比羅夫様と共に蝦夷の渟足柵へと行くのだそうです」
「そう言えば引田殿がお越しになっていましたね」
「ええ、先ぶれもなくいらしたので、最初は馬に乗った軍勢が攻め込んで来たかと思いました」
「聞くところによりますと、倉梯様がお亡くなりになり、引田殿が氏上を引き継いだそうです。
朝廷は蝦夷の平定をお考えの模様ですので、引田殿の役割は今後重大になっていくと思われます。
その引田殿が御主人殿と行動を共にするというのは、遠征に注力するためにいずれ氏上を返上するつもりかも知れませんね」
「随分とお詳しいのですね。」
「越国には忌部に連なる神社が御座います。
中臣氏ほどでは御座いませんが、我々も各地からの知らせは共有しております。
それでなくとも引田殿は目立ちますから」
「お髭が立派で身体の大きなお方でしたから」
「まあ見た目も目立ちますが、勇猛果敢で戦ではこの上なく頼りになる御仁です。
下の者からの信任も厚く、軽んじる事などできません」
「ならば御主人様は引田様と行動を共にしている限り、御身は安全と考えて宜しいでしょうか?」
「引田殿が邪な考えを持たない限りですが、さすがにそれはないでしょう」
「なにぶん、この短い間に左大臣も右大臣もお亡くなりになっているので、御主人様も大層お気に病んておりましたから」
「無理からぬ事ですね。
子麻呂様からの話によりますと、4年前に入鹿殿を廃して新たな政を始めましたが、依然として蘇我氏の勢力は残っております。
それに……帝と皇子様の仲があまりよろしくないそうです」
「そうなんですか?」
「先月誅せられた倉山田殿は入鹿殿の従弟にあたる方です。
その倉山田殿に謀反の疑いをかけて攻め入った蘇我日向殿は、母親は違いますが倉山田殿と兄弟です。
そして倉橋殿に代わり新たに左大臣となった巨勢殿は入鹿殿の臣下だった方です。
権勢を誇った蘇我氏の影響力を取り込みたい帝と皇子様とで、水面下でかなりいがみ合っているとの噂です」
ああ、もしかしたら皇子様が讃岐に来る直前、宮が火事になったのもそれが関係しているのかも知れないって事なのね。
「そうしますと……皇子様のお味方でした倉橋様がお亡くなりになったのは帝にとっては都合が良かったという事になるのですか?」
「いえ……倉橋様は中立のお立場で、どちらかと言えば帝に近いお立場の方でした。
皇子様が目指す新たな政治には非常に前向きでしたが、その方向性を巡って皇子様とは上手くいっていなかったようです。
倉橋様の娘、小足媛様には帝の妃で帝との間にお生まれになった有間皇子様もおります。
帝は倉橋様の訃報を聞き、大層お嘆きになったと聞き及んでおります」
「しかし、倉橋様の娘様は皇子様の妃でもあるのですよね?」
「妃ではありませんが橘郎女様ですね。
ただ……皇子様は倭姫王様を始めとして倉山田様の娘を3人、蘇我赤兄殿の娘、など有力な者の子女を多く妻としております。
それにも拘らず倉山田殿が謀反の疑いを掛けられた時、真偽を検められる事無く皇子様の討伐の命を受けた日向殿に誅せられました。
あまり知られてはおりませんが、皇子様の妻の一人、造郎女様は、父である倉山田殿の討ち取られた首を目にしてしまい、正気を保てなかったそうです。
皇子様にとって皇子様の妻の父親は必ずしも味方であるとは限りません」
私から見ても皇子様はオレ様の中のオレ様、『キングオブオレ様』っぽい感じがしていましたから、オレ様が暴走すると何が起こるか分かりませんね。
私が変に中央と関りを持つとお爺さんお婆さんに良くない事があるのではないかと思うと、宮中に入らない方が幸せなんじゃないかな?と思うようになってきました。
「申し訳ございません。
あまり赤ん坊の前で聞く話ではありませんでしたね」
「いえ、姫様にとっても他人事ではないかも知れません。
来年は13歳となり、後宮に入るのかも分かりません。
また姫様は、中臣様や倉橋様とも距離が近いという特殊なお立場にあります。
何も知らない訳には参りませんでしょう」
ああ、秋田様は私と同じ事を考えて心配してくれていたのだと思うと、嬉しく思えてきました。
「お気遣いありがとうございます。
お礼と申しましては何ですが、後ほど妊娠をしないでお愉しみできる方法を伝授しましょうか?」
「えっ!?そのような事が可能なのですか?」
「確実ではありません。
しかし逆の方法を試せば高い確率で妊娠できる方法として開発された秘術に御座います。
ふふふふふ」
「ぜ……、ぜひっ!!」
この時の秋田様の様子はそれまでの真面目な顔と一転して、まるで女神様を崇める使徒の様でした。
そんなにしてシたいのですね。
【天の声】それこそ赤ん坊の前でする話じゃないだろ。
右大臣・蘇我倉山田石川麻呂は異母弟の蘇我日向に謀反の疑いがあると中大兄王子に讒言され、帝からの使者に対しても帝に直接話をしたいと突っぱねて、山田寺に篭りました。結局、派遣された日向らの兵に囲まれて一族もろとも自害しました。後に潔白が認められたのですが、大化の改新の闇の部分を象徴する事例として取り上げられます。