阿部比羅夫の来訪・・・(2)
さて、昨日は比羅夫様が戦を仕掛けるような出立ちで現れたので、領民を家に避難させたりして田植え作業が中断してしまいましたので、本日はその仕切り直し。
昨日と同様、領民ファッションに身を包んで田植え作業の視察です。
本当は田に入って田植えをしたいのですが、萬田先生の出産が今にも始まりそうなので自粛しています。
最近の農業試験では土作りを太郎おじいさんにお任せして、私と舎人さんは主に交配実験を行うようになりました。
まだ成果は出ておらず、ようやく効率的な試験のやり方が分かってきたところです。
まだまだ先は長そうです。
農作業の視察をしていましたら、お髭が立派な比羅夫様とBLならば小姓役になりそうな御主人クンがやって来ました。
【天の声】そうゆう妄想は止めなさい。
「ようこそおいで下さいました。引田様、倉梯様」
「かぐや殿、だったな。昨日は食事をかたじけない。突然やって来たというのに、まさかあの様な美味いものを食えるとは思っていなかった」
「お気に召しましたのなら幸いです」
「それにしてもこの土地の田は綺麗だな。稲が整然として、まるで園の様だ」
「はい、最近は各地に取り入れられ始めております『田植え』にて、苗をこのように手で植えております」
「綺麗に並べるために随分と手間な事をしているのだな」
「このようにする事で稲の生育を妨げるノビエなどを取り除くのが容易となります。
また収穫の刈り取りも楽になりますので、植える時は手間ですが全体としては楽になります」
「この方法は何処でも出来るのであるのか?」
「はい、準備が必要ですが可能に御座います。もしご興味が御座いましたら、ここへ人を派遣して頂けますれば技術指導致します」
「それはいい事を聞いた。是非お願いしたい。
何処でも、とかぐや殿は言ったがそれは蝦夷(北海道・東北)の地でも可能なのか?」
「簡単では御座いませんが可能です」
「随分と自信ありげに申すのだな。
だが越国とて、疋田の辺りならば稲は育つが、東に進めばろくに育たぬのだ。
ましてや蝦夷の地となれば雪が深く、冬の寒さはここの比ではない事は知っておるのか?」
「一言で蝦夷の地と申されましても広う御座います。
西に面した地域は人の背丈を超える雪に埋もれますが、その豊富な雪解け水が山にある土の滋養を運びます。灌漑工事を行い、寒冷地に適した稲の品種を作る事で実り豊かな地へと変貌すると考えられます」
現に新潟は日本一の米処ですから。
「まるで知らぬ訳ではなさそうだな。しかし品種を作るとはどうゆうことだ?
鬼道の様な類か?」
「詳しいご説明は省きますが、ここでは父親となる稲と母親となる稲を選び、より優秀な稲を作る試みをしております。寒さに強い種を見つけ、実りの多い種と交配する事で、寒い地域に適した品種を作る事も可能です」
「言っている事は何となく分かるが、やろうとしている事はサッパリ分からぬな」
「人を派遣して下されば、そのやり方も伝授致します。
根気が必要な作業ですので、それに適した方が望ましいかと」
「なるほどな。疋田に戻ったら人を手配しよう。
ところで、これから我々は渟足柵へ行くつもりでいる。御主人殿も同行する。雪も解けた頃だから移動は難しくないと思うが、それでも五日ほどの移動になるだろう。
出来ればその間の食料を譲って貰えぬか? 無論、只とは言わぬ」
「承りました。出立はいつのご予定ですか?」
「随分とあっさりと了解するのだな。出立は食料の調達が済み次第かと思っている」
「それでは兵站をご担当される方に屋敷へとお越し頂き、ご相談させて下さい。他に何かご準備して差し上げられる物が御座いましたら、お手伝いいたします」
「兵站担当という者はないが、詳しい者を参らせよう。有難い。助かる」
そこへ忌部氏の方が走ってこちらへとやって来ました。
「かぐや様、萬田様が産気づきました」
「分かりました。すぐに参ります!」
いよいよ出産です。お土産を頂いた以上、フルサポートを約束しましたから急がなければ!
「引田様、可及の要件につきこれにて失礼致します。食料につきましてはそこの者を私との連絡係として残します。何なりとお言い付け下さい」
「あ……、分かった。よく分からぬが其方もお気をつけられよ」
「かぐや殿、かたじけない。秋田殿には後でお祝いを差し上げよう」
「御主人様も、ありがとうございます」
私は源蔵さんを置いて、急いで屋敷へと戻り、比羅夫様からの依頼の内容をお婆さんに伝えてから、私達産科チームは忌部氏の宮へと急ぎました。
結論から申しますと、その夜、元気な女の子が無事に産まれました。良かったね、秋田様。
◇◇◇◇◇
翌朝、仮眠をとった後、皇子様にも好評だった酒粕パンを用意しました。
昨日は話の途中で中座してしまったので、お詫びを兼ねて私が朝餉を持っていくのを手伝いました。
倉梯氏の家人の人達に混じって支度をしていると比羅夫様がフラリとやって来て私に話し掛けてきました。
「かぐやよ、昨夜は出産の手伝いで大変そうではなかったのか?」
「昨日はお話の途中で中座してしまい申し訳ございませんでした。お陰をもちまして昨夜元気な赤子が無事産まれました」
「其方はその歳で産婆の様な事もやっておるのか?」
「産婆という程ではございませんが、お手伝いを致しております」
「何かと忙しい童子だな。ところでその見慣れぬ食べ物は何だ?」
「これは饅頭で御座います。小麦を粉にして練って、焼いたものです」
「どれ、一ついいかな?」
「どうぞ、お召し上がり下さい。蜂蜜を付けて食べても美味しゅう御座います」
(パクリ)
「ふ……む……。これは良いな」
「もしお気に召しましたら、お持ちになる食料にこの饅頭もお付けしますが? この季節ならば三日ほど日持ちします」
「それは有難い。是非頼む」
「腹が減っては戦はできぬ、と申しますから」
「それはそうだが、私は戦へ行くのではないぞ」
「此度の遠征は討伐ではないのですか?」
「私は蝦夷の民と交易について話し合いに行くだけだ。蝦夷の地は稲の育ちが難いため、漁や狩猟を生業とする者が多い。だからお互いに不足するものを交易によって補い合う事が出来るはずだ。
それに私は戦さを好かぬ。戦わずして平穏に解決することが一番だと思っている。中央の偉い方々は未開な者達に戦さを仕掛けて服従させよ、と気楽に言ってくれるものよ」
そう言えば、東北でも比羅夫様って伝説的な英雄として語られているのですね。
人としての魅力があったからなのかしら?
「そうですね。私としてはこの饅頭を、昆布や帆立、鮭なんかと交換できましたら嬉しゅう御座います」
「其方は食にも知見があるのだな。もしこちらに寄ることがあったら、向こうの食料を土産に持って来よう」
「それは楽しみで御座います」
そして翌日。
私達は比羅夫様御一行の食料を用意して、無事お見送りする事が出来ました。
御主人クンも一緒です。
馬に乗ってパカパカと行く後ろ姿は何となくお父様の倉梯様の面影と被ります。
御主人クンもこの三年間で随分と立派になりました。
オレ様だった御主人クンがここまで成長するのを見守ってきたのだから、 『ミウシは私が育てた!』と、言っても良いんじゃないかしら?
【天の声】本人が知らないだけであながち間違いでない。しかし、その事実に気づく事は決して無い。
渟足柵は今の新潟県新潟市の沼垂にあったとされる大和朝廷の出先機関で、647年に設営されました。
新潟市歴史博物館「みなとぴあ」に当時の様子を再現した展示があります。
実際に比羅夫が訪れたかは定かではありませんが、訪れないはずはないと思います。




