3-30.ラッキーパンチ
想定外の超人の登場に、ヒマリの頭は酷く混乱していた。この場所にシガレットとグッドラックが来た理由を考えてみるが、どう考えても二人がこの場所に来られる理由がない。
確かにナツメを追いかけていた二人の超人が、ナツメの連れ去られた先を特定し、訪れることは当然のように思えるが、そもそも、その場所を特定することが本来は不可能のはずだ。
何故なら、場所の特定が可能な資料はヒマリが持ち出し、あの事務所にはなかったはずだから。仮に酒鬼組のこれまでの行動から調べたとしても、この早さで特定できるとは到底思えない。
他に何かヒントになりそうなものがあっただろうかと考えてみるが、思い当たる節は何もない。特定できる情報はあの物件リストくらいのはずだ。
ヒマリは酒鬼組の事務所を訪れた時のことを思い返し、その際のシガレットとグッドラックの行動を思い出してみることにする。何か、ヒマリの気づいていないことに気づいた様子があっただろうかと考えてみるが、そういう姿は思い浮かばない。
そう思ってから、ヒマリは自身が逃走する際のことを思い出し、シガレットとグッドラックの行動に再びの疑問を懐いた。
あの時、二人はヒマリ達を追いかけてくる様子がなく、それ故に二人は逃げられたと言える。あの行動を不思議に思っていたが、そこに意味があるとしたら、この場所を特定できた理由にも見当がつく。
つけられていた。ヒマリはここまでの行動を監視され、ヴァイスベーゼ特定の餌にされた。その可能性がある。
いかにも、この場所にいるとは思っていなかった風を装っているが、その実、ヴァイスベーゼと一緒にヒマリ達を捕らえるつもりだったか、共倒れでも狙っていたか、その辺りだろう。
超人とは名ばかりの卑怯なことをするとヒマリが思っていると、シガレットがやや表情を曇らせ、ヒマリの隣にいるパラドックスを見やった。
「パラドックス? どうして、一人で動いているんだ? どうして、何も話してくれないんだ? それに……」
シガレットの視線がパラドックスからヒマリに移った。
「その男は怪人だろう? どうして、一緒に行動している?」
子供を心配する母親のような視線で、シガレットはパラドックスを見つめていた。グッドラックと違って、ヒマリやパラドックスがここにいると知っていたことを隠す様子もない。ただパラドックスを本気で心配している目だ。
その目にパラドックスは罪悪感を覚えたのか、僅かに視線を逸らし、その場に俯くように頭を下げる。
「シガレット……ごめん……でも、ミレニアムのためには、こうするしかないから……」
「パラドックス? 何を抱えているんだ? ちゃんと私達にも分かるように説明を……!」
シガレットがパラドックスに質問しようと踏み込みかけた瞬間、隣からグッドラックの手が伸び、シガレットの動きを制した。
「シガレットさん。これ以上の話し合いは無駄ですよ。見てください。彼女は怪人と行動を共にしています。これは紛う方なき裏切り行為。彼女は怪人に堕ちたのですよ」
「待て! そう決めつけるのは……!」
「早いですか? そう判断し、攻撃を受けたらどうしますか? 相手は怪人なんですよ? 加減も何も存在しない。ただ私達は殺されて終わってしまう。そうならないように警戒するべきです。彼女の現状を見れば、それが十分に正当な行為であると証明できるでしょう」
「いや、しかし……!」
シガレットは納得できていない様子だったが、グッドラックは既にパラドックスも含めて、ヒマリ達を敵だと考えているようだった。パラドックスの説明も必要なく、何を言っても攻撃してくるだろう。
「ここは一旦……」
ヒマリがパラドックスに声をかけようと、僅かに身を屈めた。その瞬間を狙っていたかのように反応し、グッドラックが踏み込んできた。
「何を話そうと言うのですか!?」
踏み込むと同時にグッドラックは拳を構え、屈もうとしたヒマリを狙って拳を振るってくる。その動きに反応し、ヒマリは咄嗟に両腕を上げ、グッドラックの攻撃を受け止めようとした。
「待って!? 受け止めたらダメ!?」
「はぁっ!?」
パラドックスが慌てた様子で叫ぶが、その時点で既にヒマリの動きは完成していた。グッドラックの拳はすぐそこで、そこから咄嗟に身体を動かし、拳から逃れることは不可能だった。
グッドラックの拳がヒマリの両腕にぶつかる。その衝撃がどういうものか分からず、ヒマリはとにかく足に力を入れ、強く踏ん張ろうとした。
しかし、意外にもグッドラックの一撃は易いものだった。パラドックスの慌てようからは考えられないほどに軽く、驚いたヒマリが視線を下げる。
すると、グッドラックの拳に『4』と数字が浮かび上がっているのが見えた。
「『4』?」
ヒマリが見えた数字に驚き、思わず呟いた直後、パラドックスがヒマリとグッドラックを引き剥がすように飛び込んできた。
「離れろ!」
そう叫びながら、パラドックスが鬼の手を振り下ろし、グッドラックはさっと背後にステップで移動する。
「おっと、危ないですね。ほら、見てください、シガレットさん。彼女は私に攻撃してきましたよ。これで怪人確定です」
「お前から攻撃したから!」
パラドックスはグッドラックの言い分に苛立ちを募らせながらも、二人から離れるようにヒマリの身体を押した。
「あいつの一撃を受け止めたらダメってどういう意味だ? 大したことはなかったぞ?」
「それは運が良かっただけ。グッドラックの攻撃は確率でダメージが変わるから」
「確率でダメージが変わる?」
「そう。十段階。数字の多い順に威力が高くなって、普段は四から六が良く出る。それ以下、もしくはそれ以上になるほど、数字は出づらくなって、大体、一と九、二と八、三と七が同じ確率だったはず」
乱数次第でダメージの変わるゲームのようなものかとヒマリはパラドックスの説明を聞きながら納得していた。今さっきの一撃は『4』と書かれていたから、通常の半分以下のダメージだったということだろう。それなら、あの軽さにも納得がいく。
そう思ってから、ヒマリはパラドックスの説明に欠けた要素が一つあることに気づく。
「待て。十段階と言ったよな? 一から九までの数字しか言ってないぞ?」
「十は特別。一番確率が低い代わりに一番威力が高い」
「どれくらいの威力だ」
「生物は即死する」
「は、ああぁ!?」
「ただ確率は宝くじの一等に当たるよりも低いから、基本的には大丈夫。だけど、九でも当たれば、即死とは言わないけど、かなりの重傷を負うから、絶対に受けない方がいい」
ヒマリはパラドックスの説明に納得したように頷きながら、目の前のグッドラックを見つめていた。場合によっては今の一撃で、ヒマリは死んでいた可能性があるそうだ。いくら確率が低いとはいえ、その可能性が存在するだけで、ヒマリの中に恐怖は募る。
「なら、ここから逃げるべきか。入口は塞がれている。タイミングを見て、壁を破壊して逃げよう」
ヒマリがパラドックスに呟くと、パラドックスは納得してくれたのか首肯した。が、その時になって、ヒマリとパラドックスは周囲の変化に気づく。
「ゴホッ!」
思わずパラドックスが咳をし、口を押さえながら周囲に目を向ける。ヒマリも部屋の変化を眺めながら、視線をグッドラックの奥に向ける。
「すまない、パラドックス」
そう呟いたシガレットが、いつの間にか咥えていた煙草を吸い込み、煙を一気に吐き出す。その煙は部屋の中に充満し、ヒマリ達の周囲を覆っていた。




