3-28.パラドックス
「私には、この鬼の手しかないの!?」
そうパラドックスが叫んだことで、ヒマリはパラドックスが冷静さを取り戻していると理解した。その上で復讐のために感情のまま動いているフリをしていると分かり、ヒマリはそれに合わせる形で動くことを決めた。
どうして、そう判断したのか。その理由は早朝、シトの隠れ家を後にしたところまで遡る。ヒマリとパラドックスが協力し、これから動き出そうとした時になって、パラドックスは自身の力の説明を始めた。
いつものように異形のものとなった腕を見せ、その腕についてパラドックスは「全部を破壊する矛の腕」と呼称した。それから、それに続く形でパラドックスは腕の形を変える。
「そして、これが全部を拒絶する盾の腕」
そう言いながら、パラドックスの腕は異形のものでも、少女のものでもない、神々しく光り輝いたものに変化し、ヒマリは驚きから目を見開いた。
「それは何だ?」
「言った通り、もう一つの腕。何でも貫く鬼の手と、何でも弾く仏の手。その二つが私の力」
「何でも弾く?」
パラドックスの説明からは光り輝く腕の詳細が分からず、困惑するヒマリに対して、パラドックスはただ首肯した。
「そう。何でも弾く。この手にぶつかったものは何でも強制的に弾き飛ばす」
「試してもいいか?」
ヒマリの問いにパラドックスは頷き、ヒマリはカプセルを一つ取り出した。パラドックスが片手を上げて、ヒマリの前で構えると、そこに向かってヒマリはカプセルを投げつける。もちろん、全力ではなく、キャッチボールをする感覚だ。それでも、カプセルがぶつかれば、パラドックスはカプセルの中に取り込まれるだろう。
そう思っていたら、パラドックスの手にぶつかったカプセルが反射するように跳ねて、ヒマリの手元に返ってきた。ヒマリは咄嗟に受け止めて、手の中にあるカプセルを驚いた顔で見つめる。
「こんなことができたのか?」
そう呟きながら、ヒマリは最初にパラドックスを捕獲した時のことを思い出し、当然の疑問を懐いた。
「それなら、何で最初からカプセルを弾かなかったんだ?」
「鬼の手と仏の手は同時に出せないから。右手は鬼の手、左手は仏の手、みたいにはできない。だから、咄嗟に手を変える必要があるけど、流石に身構えていないと、すぐには難しい」
「逆に言うと準備をしていたら、腕の切り替えもできるのか?」
「まあ、ある程度は」
「なら、その手のことは隠そう。場合によっては、あのジジイでも不意を突けるかもしれない」
パラドックスから仏の手のことを聞いたヒマリはそう結論を出し、以後、仏の手は万が一の時の隠し玉として置いておくつもりだった。
「私には、この鬼の手しかないの!?」
パラドックスのその発言は、正にその隠し玉を意識したものだった。
そこから伝わったアザラシの不意を突く手段を考える中、ヒマリはもう一つの重要な発見をそこに組み込もうと思っていた。
それはアザラシの顔面を殴り、吹き飛ばしたアザラシが立ち上がる中でのこと。アザラシの近くから物音が聞こえ、自然とヒマリはその音の聞こえる方に目を向けた。
そこでアザラシから少し離れるように転がるカプセルを発見する。アザラシの身体に引っかかり、立ち上がると同時に転がり始めたと思われる物だが、それはさっきナツメ達を逃がすためにヒマリが投げ、見失ったカプセルだった。
最後の一個がそこにある。そのことに気づいたヒマリにパラドックスが冷静であることを伝え、事態はアザラシの気づかないところで、ヒマリの方に回り始めていた。
問題は、カプセルを拾う方法だが、パラドックスを止めるフリをする中で、パラドックスがヒマリを蹴り飛ばしたことで、ヒマリの中に一つの手段が確立された。この蹴りを利用し、転がったフリをすることで、カプセルの近くまで移動できないかというものだ。
パラドックスと打ち合わせすることなく、タイミングを合わせるという難点はあったが、一度目の蹴りで大袈裟によろめいたこともあってか、パラドックスはヒマリがそこに何かを狙っていると察してくれたようで、二度目の蹴りをヒマリに向けてくれた。
これによって、ヒマリは最後の一個のカプセルの近くに転がり、パラドックスは大きな一撃をアザラシに向けた。その動きはアザラシからのカウンターを正に誘うもので、ヒマリは今が狙い目だと咄嗟に理解した。
アザラシがパラドックスの攻撃を避けて、パラドックスに不可避の一撃を与えようとする。その動きを最初から読んでいたパラドックスが鬼の手から仏の手に変化させながら、腕をアザラシの刀が受け止められる高さまで上げた。
そして、アザラシの刀がパラドックスの光り輝く腕にぶつかり、大きく弾かれた。その瞬間こそがこのビルを訪れる前から、ヒマリとパラドックスが準備していたものだった。
ヒマリがカプセルを握り締めて、大きく構える中、隙を晒したアザラシの視線が僅かにこちらを向く。カプセルを握っていることを確認したのか、表情は見るからに強張り、目には怯えの色すら見えた。
それを気にすることなく、ヒマリは一気にカプセルを放り投げる。アザラシがどれほどの達人でも、予想外に体勢を崩された直後だ。そこから切り返すことは不可能だ。
これでアザラシを捕まえた。ヒマリが確信し、振り抜いた指先からカプセルが離れようとした。
その瞬間、ヒマリ達の足元から豪快な爆発音が響き渡り、ヒマリ達のいる部屋の床が砕けた。ヒマリ達は足場が崩れるまま、大きく体勢を崩し、ヒマリが投げようとしていたカプセルはあらぬ方向に飛んでいく。
「なっ……!?」
不意な崩落にヒマリが身を崩し、こちら側に倒れ込むパラドックスと近づいた。二人は思わず驚きの視線を交わらせる中、崩れた床が瓦礫となって自分達に迫ってくる様子を眺める。
押し潰される。そう思った時には逃げ場がなく、ヒマリ達の身体は一階へと落ちていった。




