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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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3-26.持たざる者の抵抗

 パラドックスをカプセルの中に取り込み、駆け出したヒマリはその動きのまま、落下するカプセルを回収した。手の中に入ったカプセルに、パラドックスの姿があることを確認し、ヒマリはまず一つ、安堵する。


「おいおい、どうした、若いの? 手元が狂ったのか? 嬢ちゃんの方を捕まえてるぞ?」


 アザラシが驚きに目を見開き、カプセルを回避した位置からヒマリを見てくる。その視線に睨みを返しながら、ヒマリはパラドックスの入ったカプセルを仕舞い込む。


「うるさい。お前如きの圧で手元が狂うか?」

「おお! 言うねぇ」


 アザラシが不敵に笑みを浮かべ、刀を自身の前で構えながら、ヒマリがカプセルを仕舞ったポケットに目を向けてくる。


「しかし、嬢ちゃんがあの中に入ったことはありがたい。これでわざわざ死なないように調整する必要もなく、嬢ちゃんを捕まえられる。どうだ? こちらに渡してみる気はないか?」


 アザラシが片手を刀から離し、カプセルを求めるように手招きした。当然、ヒマリにカプセルを渡す意思はないので、アザラシの動きに取り合うことはなく、アザラシとの位置関係や自身の次の動きに意識を向ける。


 冷静に考えたら、一度、落ちつかせるためにカプセルへ仕舞ったパラドックスを解放し、二人でアザラシに立ち向かうべきだが、アザラシが自由に動いている状況で安全に解放することは不可能に近い。解放した直後にパラドックスが動き出せればいいが、これまでの経験上、絶対に少しは覚醒までに時間がかかるはずだ。


 その間にアザラシがパラドックスを捕らえたら、その瞬間にヒマリ達は終わる。もう次の一手もなく敗北が決定だ。

 そうならないためにも、パラドックスを安全に解放する手段を考えるべきだが、この状況でヒマリに取れる手段は限られている。安全な状況を作ろうにも、それは難しいと言えるだろう。


 ヒマリは部屋の出入り口の位置と、自身の手元にあるカプセルを確認する。空のカプセルは残り一つ。これでアザラシの動きを止める必要があるが、単純に考えて、それは難しい。


 オダを含めた酒鬼組の構成員が入ったカプセルなら、既に三つ確保している。最悪、この場から逃げても、酒鬼組の情報が手に入ると考えたら、一度、撤退してもいいかもしれない。パラドックスを仮に解放できたとしても、冷静さを取り戻しているとは限らない以上、これ以上の戦闘は避けた方がいいのかもしれない。


 ヒマリが逃走することも選択肢に含める中、アザラシが動かしていた手を止め、やや困ったようにヒマリを見た。


「そう無視するなよ。何か急いでるのかい? そうじゃないだろう? なら、少しくらい話を聞いてもいいじゃないか」

「どうせ、碌でもないことだ。聞く必要がない」

「そうでもないさ。その嬢ちゃんをこちらに渡せば、お前を逃がしてやるっていう提案だからな」

「何だと?」


 アザラシの投げかけてきた提案を耳にし、ヒマリは思わず眉を顰めた。パラドックスを明け渡せば、解放されると思ったからではない。その提案を受けるかもしれないと考え、自分に突きつけてきたことに、ヒマリは強い怒りを覚えたからだ。


「こいつを俺が渡すと? お前が本当にその言葉を守るかも分からないのに? 馬鹿にするのも大概にしろ」

「ああ、そうか。まあ、確かにそうだよな言われてみれば、俺でも受けないことを言ってしまった」


 そう言いながら、アザラシの足が僅かに動く様子が見え、ヒマリは咄嗟に身構えた。


「すまない!」


 直後、そう口にしながら、アザラシが一気に踏み込んでくる。同時に振り抜かれた刀はヒマリの頭を正確に狙い、ヒマリは咄嗟に身を屈めることで、それを回避した。先に動きが分かっていなければ、流石に難しかったが、アザラシが攻撃に移る予備動作自体は既に何度か見ていた。


 距離を詰めてからの攻撃も、パラドックスが何度も立ち向かってくれたお陰で、ヒマリは既にある程度の予想ができる程度には見られている。

 アザラシが踏み込んできてから、二太刀目を振るってきても、それを回避すること自体は可能だった。


「おお、やっぱり、前も思ったが、意外と反応が良いな」


 アザラシは感心したように呟きながら、ヒマリの足元を崩すように距離を詰め、更に刀を振るってくる。無理矢理に身を差し込まれたら、回避のために移動するスペースがなくなり、刀を受け止めるしかなくなる。


 ヒマリは逃げる先を意識しながら、アザラシの刀から離れるように移動していく。手には空のカプセルを握っているが、それをぶつけられるだけの隙は見当たらない。

 どこか一瞬でも、アザラシの油断が誘えたら、カプセルをぶつけるか、アザラシに回避を迫ることができるだろう。そうなったら、最悪、アザラシが捕まえられなくても、ここから逃げることくらいはできるはずだ。


 そうヒマリは考えるが、アザラシは少しずつヒマリの逃げる先すら潰すように踏み込み、ヒマリはどんどんと部屋の隅に追いやられていた。このままだとカプセルを投げる暇もなく、アザラシに殺される。

 その前に打開策を見つけないといけないが、アザラシと向かい合っている状態で、カプセルがぶつけられるとは思えない。アザラシの意識を他に逸らすか、視界から一瞬でも消えられるような動きをしないと、ここでアザラシを押し返すことは難しい。


 そう考えたヒマリの頭の中に、ふと悪魔のような考えが一つだけ思い浮かんできた。かなり危険であり、アザラシの判断次第では意味なく殺される可能性もあるが、ここまでの動きを見ている限り、それなりには通る手段のはずだ。

 ヒマリはアザラシの刀を見極めながら、思い浮かんだ手段を実行に移すか悩む。普段のヒマリなら絶対に取らない手段だが、今は自身とパラドックス両方の命がかかっている。この状況で可能性があるなら、それに縋らない手はない。


 そう考えたヒマリがアザラシの前で逃げる足を止めて、カプセルを一つ握り締めた。そのまま、刀を振るってくるアザラシの正面から、カプセルを投げつける。


「おいおい、どうした!? 気が狂ったか!?」


 そう言いながら、アザラシは正面から迫るカプセルを斬りつけた。この手段ではアザラシも、握られた刀も、カプセルに入ることはない。それは流石に分かっていることだ。


 だから、ヒマリは変えていた。そのことをアザラシが気づいた瞬間、アザラシの視界一杯に()()()()()()の身体が広がった。


 パラドックスの身体に反応し、アザラシは驚きの表情を浮かべ、僅かに動きを止める。刀を握る手が止まったことを確認し、ヒマリは更に踏み込む。

 それでも、アザラシはすぐに笑みを浮かべ、少し止めた手を動かし始めた。パラドックスをできれば生け捕りにしたいが、殺しても仕方がない。アザラシ達がそう考えていることは分かっていたことだ。


 だから、ヒマリは踏み込むと同時に、もう片方の手に握ったカプセルを投げた。そのカプセルはパラドックスにぶつかって、パラドックスをその中に取り込んでいく。


「ああぁ!?」


 カプセルから放り出され、再びカプセルに戻ったパラドックスの動きに、アザラシが驚きの声を漏らした瞬間、ヒマリはさっきまでパラドックスに隠れ、アザラシから見えていなかった懐まで踏み込んでいた。


「おらぁあああ!」


 そして、ヒマリは一気に拳を振り抜いた。アザラシからすれば、死角から飛んできた拳だ。たとえ、寸前に認識したとしても、当然、回避は間に合わない。


 ヒマリの拳はアザラシの顔面を捕らえ、アザラシは背後に吹き飛んでいた。アザラシは部屋の中を転がり、自身の顔を押さえて苦悶している。

 当然、ヒマリの拳でアザラシを倒すことは不可能だろう。それくらいは分かっていたことだ。目的は倒すことではなく、時間を稼ぐことの方にある。


「おいおい……!? 良くもやってくれたな、若いの!?」


 アザラシが痛む顔を怒りで歪め、ゆっくりと立ち上がる中、その前にはアザラシ以上の怒りを見せ、アザラシをきっと睨みつける人物が立っていた。


「何だよ、嬢ちゃん……出てきちゃったのか……」


 アザラシが前方に立つ()()()()()()を見つめて、残念そうにそう呟いた。

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