3-23.スニーキングミッション
一つ目の候補地は住宅街から少し離れたところにある古びた二階建ての建物だった。かつては映画館として利用されていたそうだが、廃業後、酒鬼組が買い取ったらしい。
映画館であったことから、それなりの人数が中に入れることは確定している。住宅街から離れていることで人通りは少なく、酒鬼組の人間がぞろぞろと出入りしていても、あまり怪しまれないはずだ。
そう思ったのだが、そこは到着して一目で違うと分かった。それほどまでに映画館は廃れ、長く人の手が入っていない状態だった。
この状態だからこそ、中に潜伏している可能性もあると一応は疑ったが、入口はしばらく使われていないようで、中を覗くどころか開けることすら敵わなかった。
その次に向かった二つ目の候補地は、かつて小学校として利用されていた廃校だった。取り壊される予定だったところを酒鬼組が買い取ったらしい。
「どうして、そんなところを買ったの?」
その話を聞いたパラドックスが不思議に思ったのか、候補地の説明をするヒマリに聞いてきた。確かに取り壊す予定の建物をわざわざ買い取る理由は普通分からないだろう。
「誰も寄りつかない上に、何かあっても壊せるからだ」
「どういうこと?」
「何かしらの取引をする際、人目のつかない場所が必要になる。そういう場所を事前に用意しているってことだ。取り壊す予定だったものなら、そこでイレギュラーな事態が起きても、取り壊してしまえば証拠がなくなる」
「そんなに怪しい取引をしていたってこと?」
「酒鬼組の場合は自分達がしていたのではなく、土地を貸していた方が多いだろうな。ヴァイスベーゼとの繋がりも、そういう部分が発端かもしれない」
パラドックスに説明し終えた頃、二人は二つ目の候補地である廃校に到着していた。ここの広さなら、酒鬼組の組員が全員集まっても問題ないだろう。
ここが潜伏先として本命かもしれない、と入る直前まではそう考えていた。
しかし、廃校に足を踏み入れた直後、ヒマリの想定していなかった事態がそこに待ち受けていた。
端的に言ってしまえば、廃校は人目につかない場所ではなく、多くの人が訪れる場所になっていた。それもその全てが男女のペアで、大半が女性に手を引かれ、空き教室と思しき部屋に消えていく。
その様子を眺め、不思議そうな顔をするパラドックスに対して、ヒマリは何が行われているのか敏感に察知し、パラドックスの手を引いた。
「えっ? ここは調べないの?」
「子供にはまだ早い」
「どういうこと?」
復讐に加担し、協力し合う関係を築いているとは思えない発言で、パラドックスを無理矢理引っ張り、ヒマリは最後の候補地を確認する。そこが空振りに終わってしまうと、もう酒鬼組の居場所は分からない。
「ちゃんと中を調べた方がいいんじゃない?」
そう言ってくるパラドックスの言葉を無視し、ヒマリは最後の候補地の場所を確認する。
郊外にある雑居ビルとして利用されていた建物だ。現在は廃ビルになっているそうで、こちらも壊される予定だったものを酒鬼組が買い取ったらしい。
「ねえ、無視?」
「行くぞ。振り返っている暇はない」
それっぽいことを言うことで、パラドックスの言葉を必死に誤魔化しながら、ヒマリは最後の候補地に向かって歩き始めた。
◇ ◆ ◇ ◆
結果から言えば、最後の候補地は当たりだった。到着した直後、ビルには人の出入りがあり、その出入りする人物をヒマリは見たことがあった。
「酒鬼組の人間だ……」
その呟きを聞いたパラドックスが正解だったことを認識する。状況を確認しようと、そこからしばらく二人はビルを眺めていたが、組員の出入りは数回あり、中にそれなりの人数がいることは確定的だった。
ここが潜伏先か、そうではないとしても、中にいる組員から何かしらの情報が得られるかもしれない。中に入って調べる必要はあるが、ヴァイスベーゼの怪人がいる可能性まで考えると、慎重に行動しないとかなり危険だ。
「突入する?」
パラドックスの問いにヒマリはかぶりを振る。
「まずは中の確認だ。最低限、構造くらいは覚えていこう」
そう言いながら、ヒマリは物件リストを取り出し、目的のビルの基本情報を確認し始める。
六階建て。一階ごとに二つのテナントが入っていた。エレベーターと階段で、一階から六階まで移動できる。二階から五階までの構造は同じで、一階と六階だけ少し違っている。裏口は一応存在しているが、非常階段を通る必要があり、その階段が金属製であることから、通ろうとしたら、かなり目立ってしまう。
「一階は絶対に通る必要があるな。後は階段に移動できれば、そこから順番に確認できる」
「一階に人はいると思う」
「絶対にいる。もしも、そこに人を置かないような相手なら、目を瞑っていても勝てる」
「じゃあ……」
そう言いながら、パラドックスは腕を上げようとし、ヒマリはその手を思わず掴んでいた。
「いや、それはダメだ。叫ばれでもしたら、一瞬で気づかれる」
「じゃあ、どうするの?」
「理想はこれで対処する」
ヒマリは持ってきた六個のカプセルを取り出し、パラドックスに見せる。カプセルに捕まえる方が確実に静かな対応ができる。
問題は、そのカプセルをぶつけるまでの手段だが、そこについてヒマリは一つ気になっていることがあった。
「ただ一つ、その手について確認しておきたいことがあるんだが」
「手? 鬼の手?」
「そう。さっきの説明を聞いて、一つ疑問に思ったんだが、その手は……」
ヒマリはパラドックスの力を改めて確認し、そこからビルに潜入するための一つの作戦を立てた。
◇ ◆ ◇ ◆
ビルの一階で暢気に会話する二人組がいた。一人は欠伸をし、一人は強張った身体を解すように背中を伸ばしている。
「この見張りって意味があるのか?」
「さあな。なくてもやるしかないだろう。仕事だし」
「まあ、そうだよな。無意味なことをする仕事だもんな」
そう言って、二人は同時に悲しそうな顔をしている。
その会話が繰り広げられている背後では、静かに壁の一部が移動していた。隣の部屋と通じる壁がゆっくりとスライドし、アルミ缶ほどのサイズの円柱が誕生していく。
やがて、円柱が押し出され、そこから化け物のように見える腕が飛び出した。それが円柱状に刳り抜いた壁の一部を押し出し、綺麗な穴を作る。
「全部を破壊すると言っていたが、鬼の手は壊すことが力なのか?」
数分前、ヒマリがパラドックスにそう質問していた。
「どういう意味?」
「威力自体は見ているんだが、あの壊す力に速度は必要ないのか? 例えば、パンチのように振るわなくても、押すだけで物を壊したりできるのか?」
「もちろん、できる。鬼の手は何でも貫く力だから」
「なら、例えば……」
そう言って、提示した方法が今の方法だった。壁に静かに穴を開ける。これができれば、鍵のかかった窓から侵入することも、隣室の住人に気づかれないように自室と隣室を繋げる穴を開けることも可能だ。
そして、腕が通るだけの穴が開けば、そこに小さな物も持ち込める。大半の物は大きな影響がないかもしれないが、ヒマリの持っている物は違う。
ヒマリは開いた二つの穴に腕を通し、そこにいる人に向かって、両手に持ったカプセルを投げつけた。
カプセルは退屈そうに会話していた二人にぶつかり、二人が認識する暇もなく、二人の身体をカプセルの中に取り込んでいく。地面に落ちたカプセルは数度揺れてから、やがて静止し、中身を確定させた。
「想像以上にうまく行ったな」
隣の部屋から移動し、カプセルを回収しながら、ヒマリはそう呟く。これで残りのカプセルは四つ。全て空だが、今のような使い方なら、かなり有効に活用できる。使う場面を考えないと、いざという時に危ないかもしれない。
「その人達はどうする?」
「取り敢えず、キープだ。騒がれる危険性を考えたら、不用意に解放はできない」
カプセルを仕舞いながら、ヒマリは二階へと通じる階段を確認する。エレベーターは流石に不慮の事故が起きる可能性が高過ぎるので、移動するとしたら階段一択だ。そこで誰かと鉢合わせたら、その時はもうパラドックスの力に頼ろう。
そう考えながら、ヒマリはパラドックスと共に階段へと移動した。
「二階からは人がいるかどうか確認するだけ?」
「ああ、人数次第で行動を考える。一人二人はただの見張りかもしれないが、多いと何かがある可能性が高い。知り合いの声がしたら、確定だ」
首肯するパラドックスを確認し、ヒマリはゆっくりと階段を上り始める。足音を立てないように慎重に足を運びながら、二人は二階に足を踏み入れていく。
そこでヒマリの耳は人の声を聞き取った。
「はぁ……?」
その声に反応し、ヒマリは思わず声を漏らしてしまう。パラドックスが不思議そうにヒマリの顔を見てくる。
「どうしたの?」
「今の声は……」
そう呟きながら、ヒマリは声の聞こえる方にゆっくりと移動し始めた。身を隠し、ばれないように覗き込み、そこで話している男の姿を発見する。
その動きについてきたパラドックスが同じように覗き込み、そこにいる人物をじっと見つめてから、気づいたのか、ゆっくりと目を見開いていく。
「あの人って……?」
「ああ、オダだ」
そこにいたのは、ヒマリが怪人になる原因を作った男だった。




