3-22.動機の同期
理由は分からないが、逃げるヒマリとパラドックスをシガレットとグッドラックが追いかけてくることはなかった。酒鬼組の事務所から離れたところで、そのことに二人はようやく気づき、荒くなった息を整えながら、しばしの休息を得る。
そこから、どのように行動するか考え、消えた酒鬼組の居場所を探るなら、次の目的地は一つしかないだろうとヒマリは判断し、二人は事務所から逃げた先にあったファストフード店に入っていた。
「どうして、ここ?」
パラドックスは不思議そうに聞いてくるが、ヒマリは当然と言わんばかりに返答する。
「これから動くなら飯は必要だ。まだ朝飯を食ってないから、ここで食う。ついでに落ちついて、こいつを見る必要もある」
そう言いながら、ヒマリは唯一、事務所から持ち出せた酒鬼組の所持物件リストをパラドックスに見せた。事務所が空である以上、このどこかに潜伏している可能性は非常に高い。
ヴァイスベーゼと何かしら関係があるなら、必然的にそこにヴァイスベーゼがいる可能性も高くなるだろう。
「場所の特定は必要。朝飯を食うことも必要。ここなら、急いで食えるし、金も先に払うから、いざという時に離脱しやすい」
ヒマリの説明にパラドックスは納得したのか、納得したことにすると決めたのか、それ以上の追及はしてこなかった。二人はハンバーガーとポテトのセットを注文し、店内の空いた席まで移動する。
そこで頼んだ十六種のチーズを挟んだチーズバーガーを食べながら、ヒマリは早速、物件リストに目を落とした。
「それを見るだけで分かるの?」
「流石に確定させるのは不可能だが、大体の予測はできる」
シトの力は使わずとも、経験上、他人の行動を読むことくらいはできる。ヒマリは一緒にスマホも取り出し、それぞれの物件が具体的にどの位置にあるのか確認しながら、候補を絞っていく。
「誘拐現場近くとか?」
ハムエッグバーガーを食べながら、パラドックスも候補地を考えていたのか、そのように質問してきた。が、ヒマリは即座にかぶりを振り、フライドポテトを口に放り込む。
「現場近くの怪しい建物は捜査の手が及びやすい。超人が動くと予想できていたら尚更だ。そういう場には隠れないだろう。現場となった通学路からはある程度、離れたところに隠れているはずだ」
ヒマリの説明にパラドックスは頷き、ストローでレモンティーを啜った。ヒマリもいちごミルクで口を潤しながら、現場近くの物件を弾いていく。
「それだけで絞れた?」
「いや、流石に多い。ここから、もう少し条件を考えないといけない」
ヒマリは酒鬼組やヴァイスベーゼのこと、オダのことなどを頭の中に思い浮かべ、何か居場所のヒントになりそうなものを探そうとする。
「建物の大きさ……形……事務所から人が消えているなら、それなりの広さは必要だと思うが、それも条件次第か……どれくらいの大きさと限定できない以上、特定は難しい……」
そう考えてから、ヒマリは自分が言った言葉に疑問を覚える。
「事務所から人が消えている……? 事務所には誰もいなかった……そいつらはどこに行った……?」
「一緒に隠れているんじゃないの?」
パラドックスが当然のように答え、ヒマリは小さく首肯する。単純に考えるとそうだが、そのためには一つ、絶対的に必要な条件がある。
「周囲の人気のなさ……」
「周囲の人気のなさ?」
「酒鬼組の人間が揃って移動したなら、それなりの大所帯になるはずだ。その集団が目立たないはずがない。目立てば怪しいとすぐに気づかれるから、移動するとしたら、目撃される可能性の少ない場所である必要がある。その条件を加味すると……」
ヒマリはスマホを触り、地図アプリ上に三つの印をつけた。
「該当する建物はこの三つだ。いるとしたら、この三つのどれかの可能性が高い」
ヒマリが可能性の高い物件を特定し、それを聞いたパラドックスは小さく頷いてから、残りのバーガーとポテトを口の中に放り込んだ。それをレモンティーで流し込み、すぐにヒマリを見つめてくる。
「よし、行こう」
「いや、急に早いな。待て。探しながら食べていたから、俺はまだ食い切っていない」
「なら、早く」
急かすパラドックスに見守られ、ヒマリはチーズバーガーとポテトを胃の中に押し込んでいく。いちごミルクで流し込めば、朝ということと走った直後ということもあってか、少しだけ気持ち悪くなる。
「食べ切った。行こう」
その状態で急かすパラドックスだったが、ヒマリは少し休みたい気持ちになったのと、一つパラドックスに聞いておきたいことがあったことを思い出したので、動き出すパラドックスを制止して、口を開いた。
「その前に一つだけ。確認しておいていいか?」
「確認?」
「さっきのことだ。超人と鉢合わせて、お前の顔と俺の顔は割れた。超人の力に抵抗もした。多分、お前の立場は悪くなり、今後も超人として生きていけるかは分からない。場合によっては怪人と判断され、超人と戦闘になる可能性がある。それでもいいのか?」
かつての知り合いと戦わなければならないかもしれない。それはミレニアムの死を悼み、その死を作ったアザラシを憎むパラドックスにとって、とても辛いことではないのかとヒマリは危惧していた。
「それは……」
そう言いながら、見せるパラドックスの表情は、やはり迷いに満ちたものだった。まだ心の中では悩んでいる部分があるのだろう。
しかし、それでもパラドックスは少しずつだが、口を開いた。
「私は一人ぼっちだから。親はもう両方死んでもういないし、学校に友達もいない。私が超人だから、誰も近づいてこない」
特別扱い。それは良いことと悪いことを同時に引っ張ってくる。超人であることの尊敬は集団の中で孤立を招くのだろう。
誰も触れようとしない。何故なら、パラドックスは特別だから。その姿が容易に想像できた。
「その中でミレニアムだけ、私に変わらず接してくれた。ミレニアムだけが味方だった」
パラドックスと比べて、遥かに短い時間だとは思うが、その短い時間で得たミレニアムの印象は能天気だった。どこまで考えているか分からないが、きっとどこまでも考えていないのだろうと思わせる行動が、きっとパラドックスとうまく嵌まったのだろう。
「そんなミレニアムが殺された。きっと無念だったと思う。それを晴らすためなら、後はどうなってもいい。誰が相手でも、私はミレニアムのために戦うだけだ」
パラドックスの覚悟に触れ、ヒマリは自分自身の抱えた気持ちを思い出していた。復讐という言葉がついた二人の目的は、きっと気持ちの部分から含めて似ているのだろう。そう思えるほどに、パラドックスの言葉は強く理解できた。
「そうか。なら、もしもの時は頼む。俺は戦闘力が並の人間くらいしかないからな」
「頼まれた」
パラドックスが首肯し、ヒマリは気持ち悪さが治まったことを確認して立ち上がる。それから、次の目的地を確認するためにスマホを取り出し、さっき印をつけたマップを確認する。
「よし、行くか」
ヒマリの一言で二人はファストフード店を後にし、候補となった三つの物件を回ることになった。




