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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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3-21.疑惑の超人

 ドアがゆっくりと開かれる音に反応し、ヒマリは速やかに部屋の中を見回した。奥の部屋へと通じるドアを発見し、ヒマリはパラドックスに無言で、そちらへの移動を伝える。

 二人が速やかに隣の部屋に移動し、扉を静かに閉めようとしたところで、事務所の入口の方からは声が聞こえてくる。


「お邪魔しますよ」

「誰もいないのか……?」


 ねっとりとした喋り方をする男の声に、シトの声にも似た印象を受ける落ちついた女の声だ。それらの声が聞こえた直後、息を潜めていたヒマリの隣で、パラドックスの顔色が僅かに変わる。


()()()()()……()()()()()()……」

「知り合いか?」


 ヒマリが聞くと、パラドックスは小さく頷き、閉めかけたドアの隙間から、隣の部屋を覗こうとする。


 だが、向こうの様子が分からない。こちらを見ているタイミングと噛み合えば、即座に発見されると思ったヒマリがパラドックスを止めて、二人は誰なのか質問する。


「私と同じ超人。女の人がシガレット。男の方がグッドラック。あの二人がどうして……?」


 超人が酒鬼組の事務所を訪ねてきた。聞こえてきた台詞的に、この早朝でも人がいると考えていたようだ。

 何の目的があってきたのかと考え、ヒマリの頭の中に昨日のニュースが浮かび上がる。ヒマリとパラドックスがこうして行動しているきっかけとなった、誘拐事件を知らせるニュースだ。


「俺達と同じかもしれない……」


 ヒマリが小さく呟くと、パラドックスの不思議そうな目がヒマリに向く。


「ヴァイスベーゼの名前をお前が知っているなら、他の超人も同じはずだ。怪人が誘拐事件に絡んでいるとなって、超人がその捜査に動き出した」

「それで、ここに?」

「俺に分かったくらいだ。知っている人間なら、あの映像に映っていた運転手がオダであることくらいはすぐ分かる。必然的に酒鬼組の関与も疑われる。それで俺達と同じようにこの事務所を訪ねてきた」


 早々に無人であることを確認し、調べに入っていたら鉢合わせることはなかったかもしれないが、無駄に様子を探ってしまったために鉢合わせてしまった。ヒマリは自身の決断に若干の後悔を懐きながら、この状況からの脱出を考える。


「このままだと確実に見つかる。怪人である俺は確実に捕まる上に、一緒に発見されたら、お前の評価まで落ちることになる」

「じゃあ、逃げよう」


 パラドックスはそう告げるが、この場から簡単に逃げられる方法はない。当然のことだが、ヒマリとパラドックスの逃げ込んだ部屋に入口はない。窓は一つあるが、それだけだ。出入りするためには、シガレットとグッドラックの脇を抜け、事務所の入口まで駆け抜けないといけない。

 それは現実的ではないとヒマリが頭を痛める中、ねっとりとした男の声が聞こえてきた。


「シガレットさん。ここ見てください。誰かが漁った跡があります」


 グッドラックの声に引かれ、シガレットがその近くに移動する足音が聞こえる。足音の位置からして、それはさっきまでヒマリ達が漁っていた資料のある場所だ。痕跡を消す暇など当然なかった。ヒマリか、パラドックスが漁った跡を見つけたのだろう。


「まだ新しいな。本当に無人なのか?」


 シガレットが疑いの言葉を漏らし、ヒマリとパラドックスの息が詰まる。この調子だと確実に二人の隠れている部屋まで探られる。そうなった時、逃げ場はない。

 何とか逃げる手段はないかとヒマリが頭を悩ませる前で、パラドックスがこちらを振り返った。


「私が行く」

「行くって……? 正面から戦う気か?」

「違う。戦わない。私は超人だから、見つからないように説明したら、帰ってもらえるかもしれない」


 ヒマリは発見されたら終わりだ。怪人として捕まることは確定的。その場にパラドックスもいたら、パラドックスの評価は下がり、最悪の場合、ヒマリと同じ末路を辿ることになるだろう。


 だが、パラドックス単体の場合は話が変わってくる。パラドックスが超人である以上、ただ同僚がいただけになり、説明さえ納得できるものなら、必要以上の疑いは生まないはずだ。

 その説明がうまく行くのかは分からないが、この状況ではその打ち合わせをしている時間もない。


「分かった。頼めるか?」


 ヒマリの問いにパラドックスは首肯し、ゆっくりと深く息を吸い込んでから、隣の部屋に姿を現していた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 開く扉に警戒した目を向け、そこに立っている人物がパラドックスであると認識すると、途端にシガレットとグッドラックは驚きの表情を浮かべた。


「パラドックス……?」


 最低限の身だしなみだけ整えるように櫛で梳かれ、ふんわりとした膨らみのある赤茶色の髪の毛。少し着崩した草臥れかけのジャージ。それがシガレットであることを確認する。


「そこで一体、何を?」


 この時間帯であるにもかかわらず、きっちりとスーツを着用し、てかてかと光るほどのワックスで、髪の毛を撫でつけている姿は、いつものグッドラックだ。密かにパラドックスが嫌らしいと感じ、苦手としている表情まで変わらない。


「二人こそ、何を?」

「私達は……」


 パラドックスから反対に問いかけると、シガレットは何かを答えようとし、それを制止するようにグッドラックが腕を伸ばした。シガレットの言葉がそれに反応し、途中で止まる。


「パラドックス? ミレニアムはどうしましたか?」

「ミレニアムは……」


 パラドックスは少し言葉に迷い、思わず口を噤みながら、何とかミレニアムのことを説明しようと、喉の奥から無理矢理に言葉を引き摺り出す。


「殺された。怪人に」

「ええ、そうですね。死体が発見されました。それから、貴女の行方も分からなくなった。今の今まで一体、何を?」

「おい、グッドラック。その聞き方だと、パラドックスが……」

「ええ、その通りですよ。私はそう考えていますよ。本当にミレニアムは怪人に殺されたのですか?」


 ニタニタとした笑みを浮かべ、蔑むように見下ろしてくるグッドラックの視線を感じ、パラドックスは睨み返した。


「どういう、意味……?」

「貴女が殺したのではなく?」

「違う!? ミレニアムは殺されたんだ!? ヴァイスベーゼに!? だから、それを追って、私は……!? 私は……!?」


 パラドックスが思わず声を荒げると、グッドラックは納得したように頷き始めた。


「なるほど。それでヴァイスベーゼの名前を聞いて、あの事件を……」

「そう」

「グッドラック。もういいだろう? パラドックスをこれ以上、虐めるな」

「いやいや、そうも行きませんよ。もしそうだったら、尚更謎ですから」

「謎?」

「はい。どうして、貴女は()()()()()()()()()()のですか?」


 その質問にパラドックスは言葉が詰まった。その部分について、パラドックスが事前に知っている情報はない。ヒマリからの情報提供がなければ、パラドックスが到達できなかったはずの部分だ。


 説明できない。そう思ったパラドックスがだんまりを決め込む中、グッドラックは更に資料の置かれた棚に近づいて、不思議そうに眺め始める。


「それに、この資料。いくつも漁られていますが、この上の方に置かれた資料。貴女はどうやって取りました? 足踏み台もなければ、テーブル等を利用した様子もない。それなのに、この高さの物が取れるとは思えませんね」

「それは……」


 パラドックスが言葉に詰まる中、グッドラックはゆっくりと振り返り、シガレットに何かをジェスチャーで伝える。それを見たシガレットは怪訝げに眉を顰めながら、煙草を一本取り出し、火をつけ始めている。

 それが更なるプレッシャーをパラドックスに与えてくる。


「それで、そちらの部屋から登場しましたが、そちらの部屋では何を? ここに私達が入ってきたことに気づきませんでしたか?」

「その……向こうの部屋を調べていて……」

「ああ、そうですか。なら、手伝いましょう」


 そう言ったグッドラックがパラドックスにゆっくりと迫ってきた。それを見たパラドックスの表情が曇り、思わず後退る。シガレットが煙を吐き出し、部屋の中に煙が広がっていく。


 見つかる。パラドックスがそう思った直後、不意に背後で扉が開いて、そこから手が伸びてきた。振り返れば、ヒマリがパラドックスの身体を引いているところだ。


「無理だ! 悪い!」


 そう告げ、ヒマリはパラドックスを部屋の中に引き摺り込み、その身体を抱きかかえると、そのまま近くの窓を開けて、外を覗き込んだ。


「ここから飛び出す! 身構えろ!」

「待て!」


 背後から、グッドラックの声が野太く響いた。その声に従うはずもなく、ヒマリはパラドックスを抱え、窓から一気に飛び出す。


 その瞬間、隣の部屋を満たしていた煙草の煙が伸びてきて、飛び出したヒマリの足に絡みついた。ヒマリは空中で体勢を崩し、そのまま事務所の方に引き摺り戻されそうになる。


「何だ、こいつは!?」


 ヒマリが慌てたように叫び、パラドックスは思わず腕を変え、その煙に突き刺していた。パラドックスの攻撃で煙は崩れ、ヒマリと共に二人は空中に投げ出される。

 そのまま二人の身体は落下し、不格好に着地した。二階の高さだったこともあって、大きな怪我はなかったが、二人は身体の痛みを確認しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「痛ぇー……さっきの煙は何だ?」

「シガレットの力。吐き出した煙を操る。多分、このままいたら、また来る」

「なら、早く逃げる必要があるのか」


 パラドックスとヒマリは揃って立ち上がり、酒鬼組の事務所から離れるように走り出す。途中で振り返ってみるが、シガレットとグッドラックが追ってきている気配はなく、そのことに安堵する一方で、パラドックスは寂しさを感じる。


「悪い……結局、見つかった……」


 その気持ちを察したようにヒマリがそう呟き、パラドックスは何かを言おうとしたが、結局、何も言えなかった。

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