3-19.復讐同盟
数時間前、学校帰りの小学生、山吹夏芽が何者かに誘拐された。目撃者はなく、下校時刻を大幅に過ぎても、一向に自宅に帰宅しないことから発覚。直後、犯人と思われる相手から誘拐の事実と、ナツメ解放の条件が提示された。
一つ、ナツメの祖父が経営する大手玩具メーカー、セルフカンパニーが行っている超人活動の支援を打ち切ること。
一つ、超人に対して行っていた支援を今後、ヴァイスベーゼに行うこと。
この二つの条件を提示し、事件は膠着状態に陥っている。
ナツメが普段使っている通学路には、店の前に監視カメラを設置したコンビニが存在し、その監視カメラの映像には、通学路を走り去る一台の車が映し出されていた。この車がナツメの通っている小学校近くでも目撃されていることから、事件に関与しているものとして捜査が進められている。
ヒマリは片手にスマホを持ちながら、ネットニュースとしてまとめられている事件のあらましをパラドックスに説明していた。パラドックスはベッドに腰かけたまま、ヒマリの説明を大人しく聞いている。
「これが発生した誘拐事件の全貌だ」
「それは分かったけど、それが何?」
「今の事件から気になる部分はなかったか?」
ヒマリの問いかけにパラドックスは少し考える素振りを見せる。事件の内容から考えているのか、ヒマリに知っている情報をどこまで開示するか考えているのかは、表情から読み取れない。
「超人を支援しているセルフカンパニーが狙われたところは気になる」
「ああ、それはそうだろうな」
超人の立場として自分、もしくは仲間の活動に影響が出かねない話だ。気になって当然だろう。
だが、ヒマリの想定していた部分とは少しずれている。
そう思っていたら、パラドックスが更に言葉を続けた。
「それから、ヴァイスベーゼ。その名前は聞いたことがある」
その発言にヒマリは僅かに身を起こしそうになり、慌てて留まる。ここで反応したら、必要以上の情報を先に開示することになる。
「それはどのような形で?」
「確か、怪人が集まって作った組織のはず。そういう組織がいくつかあって、その中にヴァイスベーゼの名前があった」
「その組織の詳細は?」
パラドックスはかぶりを振る。アザラシと対面した時の反応から、アザラシがヴァイスベーゼの構成員であることが知らないのは分かっていたが、そもそも情報をあまり持っていないらしい。
超人としての情報という部分に関しては、あまり有益なものを得られなさそうだと思いながら、ヒマリはスマホを操作する。
「なら、本題に入ろう」
そう言って、ヒマリは改めて、公開されている車を捉えた監視カメラの映像をパラドックスに見せる。
「この映像。運転席が見えるか?」
ヒマリがそう言いながら、スマホをパラドックスに渡す。パラドックスはスマホを覗き込み、運転席に座る人物をじっと見つめている。
「見えなくはない。はっきりとは分からないけど、知り合いだったら分かりそう」
理解が同じ度合いにあると感じ、ヒマリは少し複雑な気持ちになる。この場合は話が早くて助かるのだが、少女であるパラドックスと理解が同じと考えたら、自身の稚拙さが垣間見えるようで、素直に喜べない。
「その運転席の男を知っている」
「本当に?」
「ああ。酒鬼組の構成員の一人、小田和真だ。間違いない。何せ……」
ヒマリがスマホを返してもらいながら、自身の背中に親指を立てる。
「俺を刺し、怪人になる理由を作った男だ」
ヒマリの説明にパラドックスは驚きの表情を見せた。恐らく、ヒマリの言っていた自身の復讐について、この時点でパラドックスは察してくれるだろう。
「この男が誘拐に関与しているなら、必然的に酒鬼組も絡んでくるだろう。犯人は酒鬼組、普通はそうなる」
「だけど、要求?」
「そう。要求はヴァイスベーゼに関するものだ。酒鬼組じゃない」
そこに対する疑問は仮説でしかなく、パラドックスに対する交渉の餌としては弱い。それよりも必要なのは、確実な情報だ。
「酒鬼組とヴァイスベーゼの関係性は分からない。はっきりとしたものは何もない。ただ一つ、俺はヴァイスベーゼに対しての情報も得ている」
この段階で、パラドックスは先のヒマリの発言もあって、既に何かを察しているらしかった。表情が変わり、ゆっくりと丸く大きくなった目で、ヒマリの顔を見つめてくる。
そこにヒマリが期待している通りの一言を投げる。
「あの刀のジジイは自分をヴァイスベーゼの一員だと名乗っていた」
その一言にパラドックスの表情には、喜びと憎しみの色が混ざり合って浮かんでいた。その気持ちは嫌というほどに分かる。少し前のヒマリも味わったものだ。
「あのジジイは立ち去る前に、本題の話をしていた。もしも、その本題がこの事件なら、現状分かっている酒鬼組を調べることで、あのジジイまで繋がるかもしれない」
「だから、貴方の復讐に協力しろと?」
ヒマリが頷くと、パラドックスはヒマリをじっと見つめたまま、静かに息を吐き出した。ゆっくりと俯き、静かに逡巡しているようだ。
「もしも、あの男を見つけたら、私が殺してもいい?」
「好きにしろ。その代わり、酒鬼組の組長、酒鬼和貴人は俺に寄越せ。俺が殺す」
ヒマリの要求にパラドックスは首肯し、ヒマリの顔をじっと見つめてきた。
「分かった。その話に乗った」
その返答にヒマリは微笑み、パラドックスの意思をはっきりと確認するために手を伸ばした。その手をパラドックスが掴み、少女のか弱い力で握り締めてきた。
◇ ◆ ◇ ◆
近くで物音が聞こえ、現実に戻りかけていた意識が引っ張られた。ゆっくりと瞼を開いて、聞こえた物音の方に頭を振る。霞む視界がゆっくりと晴れて、そこに立っている人物の顔が見えてくる。
「あれ……? ヒマリさん……? どこかに行くんですか……?」
ジッパは目を擦りながら、外に出かけようとしていたヒマリに声をかけた。ヒマリが止まり、こちらを振り返って、僅かに頷いたことが輪郭で分かる。
「朝飯を買いにコンビニまで。お前も適当でいいよな?」
「ええ? そんなの俺が買いに行きますよ?」
ジッパはそう言いながら立ち上がろうとするが、ヒマリはその動きを制止するように口を開く。
「いや、散歩のついでだ。少し考えごともしたいからな。お前は休んでいて大丈夫だ」
「そうですか……?」
ヒマリに言われるまま、ジッパは座り直し、一人で家を出ていくヒマリを見送る。それから、ゆっくりとジッパの意識は覚醒していき、ふと隣に目を向け、ソファーの上にブランケットを被り眠っているシトの姿を発見して固まった。
「うおっ!? スイミさん!?」
ソファーの下でカーペットの上に眠っていたジッパから、シトの位置はかなり近く、この近距離でずっと眠っていたのかと考え、ジッパは妙な焦りを覚える。何でもないが、急に緊張感が胸の中一杯に広がっていく。
それから、ふと寝室の方を眺めて、そう言えばパラドックスがベッドを使っているのかとジッパは思い出した。仕方なく、このソファーで眠ったのだろう。
それなら、ヒマリはどこで眠ったのだろうかと思いながら、ジッパは立ち上がった。ヒマリの動きを思い出し、目を向けた先には寝室がある。
パラドックスの様子を見ていたのだろうか、と思いながら、ジッパは寝室の方に歩き、少し中を覗き込もうと思った。パラドックスの容態もそうだが、起きているかどうかも気になる。超人ということを考えたら、怪人のいる空間で暴れかねない。そうなったら、一番被害を受けるのは、ただの人であるジッパだ。
そうならないように、パラドックスが起きた瞬間を確認し、すぐに説明する態勢を作らないといけない。そう思いながら、ジッパは寝室を覗き込んだ。
「えっ……?」
そこで思わず声が漏れ、ジッパは慌てて寝室に足を踏み入れる。ベッドに近づいて、慌てて布団を引き剥がす。
「い、いない……?」
ベッドの上ではパラドックスが眠っているはずだが、その姿はどこにもなく、寝室は蛻の殻になっていた。




