3-17.忘れられない顔
車に乗って移動を開始した直後、ヒマリ達には行き先という問題が降りかかった。ジッパは事務所に向かう予定だったらしく、その方向に運転し始めていたが、ヒマリの立場を考えたら、事務所に向かうことは危ないという結論になった。
仮に、事務所で超人が待っていたら、パラドックスを連れている三人を大人しく見逃してくれるとは思えない。そのことを危惧したら、ヒマリの家も当然怪しい。繋がり的にジッパの家も黄色信号が点る。
それ以外に行けるところとなれば、とヒマリ達が考える中、シトが思いついたように一つの提案を出した。
「私の隠れ家に来る?」
「隠れ家?」
ヒマリとジッパは怪しさしか感じられないシトの提案に、思わず眉を顰めた。シトは何も怪しくないと否定しつつ、自身の所属する怪人組合がシトのために用意した家があるらしい。
「スカウトとして広く活動する私の拠点だね」
「そこって、他の怪人がいたりとかするんじゃないですか?」
「いや、私一人だね。もっと広いところだと集まっているけれど、今は君のスカウトのために一人で出張している状態だから」
「単身赴任中の父親みたいなことか」
「まあ、分かりやすく言えばそういうことだね」
シトの提案にヒマリの表情を窺うように、ジッパがルームミラーを見た。ヒマリは怪人組合の一件から、ここでシトに恩を作りたくないと考えそうになるが、パラドックスの様子は車内に放置できるものでもない。
ゆっくりと考え、ゆっくりと息を吐き出し、ヒマリはシトに目を向ける。
「仕方がない。それで行こう。ジッパに指示を頼む」
「了解。ちょっと分かりやすいように、一回、大きな道まで出てくれる?」
ヒマリが了承し、ジッパはハンドルを切った。シトが案内できる場所まで移動しながら、ヒマリはパラドックスの容態を観察し、今すぐにどうこうという状態ではないことを確認する。
「ていうか、スイミさんの隠れ家に向かう前に一つ確認しておきたいんですけど」
そこでふとジッパが切り出した。ヒマリとシトの視線がジッパに集う。
「さっきのピエロ面の男。何で、あいつが出てくることを言ってくれなかったんですか?」
ジッパはアザラシを狙って車を動かしていた。隣に乗っていたシトがアザラシの動きを予測し、逃げられないように突っ込んだのだろう。
しかし、実際はジョーカーが現れ、アザラシは無事だった。そのことをジッパは不審に思っているようだ。
「単純に見えなかったんだよ。私の目はあくまで見た相手の動きを予測するだけなんだ。見えない相手の乱入までは予測できない」
「あの爺さん一人の動きを予測し、それで指示を出していたが、後からやってきたピエロ面の動きまでは予測対象に入っていなかったということか?」
「そういうことだね。流石に私も驚いたよ。あの状況から割って入る人間がいるなんて」
シトの説明にジッパは納得したように相槌を打っていた。車は大きな道まで移動し、シトが車外をゆっくりと見回している。
「うん。ここからで大丈夫。案内するよ」
そこからシトの指示でジッパが運転し、ヒマリ達はシトの隠れ家に向かい始めた。
◇ ◆ ◇ ◆
隠れ家、というワードから、建物自体が分かりづらかったり、地下に部屋があったり、そういう変わった場所を想像していたが、辿りついた場所は極一般的なマンションだった。隠れ家はその一室らしい。
「もっと変わった建物をイメージしてました」
「変わった建物だと、逆に目立つからね。こういう普通に人が住んでいる場所の方が他人は気にしないものだよ」
シトの言葉に納得しながら、ヒマリ達は駐車場に車を止めて、シトの部屋に向かい始めた。マンションの中に足を踏み入れ、エレベーターが到着するのを待っている間、ジッパがこっそりとヒマリに近づいてきて、囁くように聞いてくる。
「ヒマリさん。スイミさんの隠れ家って、どんな感じだと思いますか?」
「どんなって?」
「いや、凄く散らかってたりしないかなって心配で……」
そう言いながら、ジッパはシトに不安そうな目を向けていた。シトのどこを見てそう思ったのか、ヒマリは疑問に感じるが、それを追及するのも嫌だと考え、疑問は飲み込むことにする。
「隠れ家って言うくらいだから、荷物は少ないだろう。寧ろ、内見に来たのかと思うくらいに物がないと俺は思う」
「そ、そっちパターンですかね? だったら、いいなぁ」
ジッパの中では相当な不安が存在するらしい。シトのこれまでの行動を考えてみて、そう思うだろうかとヒマリは改めて疑問に感じ、ジッパに聞くのではなく、自分自身で考えてみる。
結論、否定はできない。
ただ、物がないという考えの方が強く、大丈夫だろうと思っている中、エレベーターが到着し、ヒマリ達は上階に昇った。
何の変哲もないマンションの一室の前まで移動し、シトが部屋の鍵を開けると、二人はシトに案内されるまま、部屋の中に足を踏み入れていく。
「お、おおぅ……?」
「何、そのリアクション?」
そこに広がる部屋を目にし、ジッパはどこか驚いたような声を出した。何も言っていないが、ヒマリも内心、そこに広がる部屋の様子には驚きを得ている。
「そんなに変な部屋だった?」
「変、というか……」
「普通。普通の女の部屋だ」
シトの言っていた隠れ家は、シトくらいの年齢の女性が住んでいそうな部屋そのものだった。家具は一通り揃い、適度に整頓され、洗濯物の一部がまだ畳み終えずに残されている点などもリアルだ。
「あっ、ちょっとあれはあまり見ないようにね。見過ぎたら、殺すから」
「直球で怖いですね」
シトが残された洗濯物を指差し、笑顔でヒマリとジッパに詰め寄ってきた。二人は首肯し、ヒマリは抱えていたパラドックスを前に見せる。
「それで、この子はどうする?」
「ああ、その子なら、寝室に寝かせよう。この奥にベッドがあるから、そこに」
シトの示した部屋に入って、ヒマリはベッドの上にパラドックスを寝かせる。熱で魘されているようなので、ヒマリはシトに解熱剤などの容易を頼み、パラドックスが落ちつくまで待つことにした。
◇ ◆ ◇ ◆
パラドックスの容態が落ちついた後、ヒマリ達はパラドックスを今後どうするか話し合い、ヒマリのカプセルに再び入れて、超人達のところに送り返すことに決定した。
その話し合いが終わった頃、ジッパは疲労に負けたのか、リビングで気絶するように寝始め、シトは汗臭いとお風呂に入ろうとしていた。
「ちょっとシャワーを浴びてくるけど、覗かないようにね?」
シトが揶揄うように言ってくるが、ヒマリは取り合う気がなく、適当に返していたら、シトの不満そうな声が風呂場の方に消えていった。
ヒマリはリビングに一人取り残され、暇になったと考えながら、適当にテレビをつける。テレビにはニュース番組が映り、一瞬、ヒマリはドキッとした。
もしかしたら、今日の様々な騒動が報道され、自身の顔写真と共に指名手配などされるかもしれないと考えたが、その心配は杞憂だったようで、テレビでは自身の絡んでいない誘拐事件のことを伝えていた。
有名な会社の孫娘が誘拐されたらしく、ヒマリは何気なく、そのニュースをぼうっと眺める。もしかしたら、今の自分達も見方によってはパラドックスを誘拐しているように見えるのかもしれないとヒマリは漠然と思った。
ちょうど、その時、ニュースを伝えるアナウンサーが誘拐事件の犯人から届いた要求を読み上げ、ヒマリの意識がゆっくりとテレビに引きつけられた。
要求は二つ。どちらも誘拐された少女の家族ではなく、その家族が経営する会社の方に対するものだ。
一つは会社が超人達の活動を応援するために行っている出資を取りやめること。
そして、もう一つがその取りやめた出資を今後はヴァイスベーゼに行うこと。
ヴァイスベーゼ。聞いたことのある単語が飛び出し、ヒマリはアザラシ達の言っていた本題の意味を理解した。きっとあの二人がこの誘拐に絡んでいるのだろう。
ニュースでは更に映像が変わり、少女が誘拐されたと思われる現場から走り去る車が映される。監視カメラの映像だろうか、不鮮明な映像が一時停止され、そこに映る車を拡大しながら、車の情報が並べられる。
その映像を見た瞬間、ヒマリの息が止まった。車の情報が書かれたテロップは無視し、ヒマリの視線は一時停止された不鮮明な映像の方に釘付けになる。
運転席。そこに見える運転手の表情。その映像は不鮮明なものだが、それでも、はっきりとそこに座っている人物の顔が分かり、ヒマリは思わず口を開いた。
「酒鬼組の……小田……和真……」
酒鬼組の構成員の一人、小田和真。それは自販機の前でヒマリを背後から刺した男だった。




