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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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3-16.物損事故とピエロ

 ヒマリとパラドックスの前を横切るように通過し、車はフェンスに激突して停止した。少しの間、ヒマリはその光景を呆然と眺めていたが、我に返った瞬間、慌てて運転席に駆け寄る。


「おい、ジッパ!? 大丈夫か!?」


 ヒマリが声をかけ、運転席を開けようとした直前、運転席が独りでに開いて、中からジッパが降りてきた。心配そうに眺めるヒマリに微笑みかけ、親指をグッと立てる。


「ヒマリさん、やりました!」

「だ、大丈夫か?」

「俺は全然大丈夫ですよ!」

「あ、あの~……私の心配は?」


 ヒマリがジッパの安否を確認していると、助手席側の扉もあいて、そこからシトが顔を覗かせた。自分の方には来ないヒマリを怪訝げに眺めて、ヒマリからの言葉を待っている様子だ。


「そっちは大丈夫なのか?」

「うわー、ついで感満載の聞き方だ……」


 言われたから言ったという雰囲気の言葉に落胆しながらも、シトはヒマリの言葉に首肯し、自身の身体を見せるように回った。


「何とか怪我なし」

「なら、取り敢えず、良かったのか……」

「良くない!」


 二人の無事を確認し、アザラシも車に轢かれて動きが見えない。死んだかどうかは定かではないが、無傷ではないことは確かだろう。これで一旦、場は落ちついたと考えたヒマリに向かって、パラドックスが叫んだ。


「何も良くない! 私が……! 私が殺したかったのに!」


 異形の腕をわなわなと震わせ、心の底からの悔しさを表情に垣間見せながら、パラドックスがジッパとシトを睨みつけた。目からは悔し涙が溢れ、その表情にジッパとシトも思わず言葉を失っている。


「それは悪かった。だが、あいつは少しずつ、こちらの動きに対応を見せていたし、まだ何かを隠している可能性だってあった。確実にやれる手段があるなら、そっちを選んだ方がいい。最悪なのは、何もできずにやられたり、逃げられたりすることだ」

「そんなの関係ない!」

「そう言うな。何事も準備は必要だ。ただ立ち向かって、何でもかんでもうまく行くわけではない。それに……」


 ヒマリはパラドックスを宥めながら、ジッパとシトが乗っていた車に目を向けた。フェンスと正面からぶつかり、フロント部分は破損。運転席や助手席にはエアバッグも見えている。


「あの車であいつが本当に死んだかは分からない。普通は正面から車がぶつかってきて助かるはずはないが、怪人であるあいつなら、生き残っているかもしれない。先にそれを確認するべきだ」


 そう言いながら、ヒマリはゆっくりと車に近づき始めた。動きがないのは死んでいるからなのか、生きているが動けないからなのか、確認しに来たヒマリ達を狙っているのか、この状況からは分からない。

 ヒマリは細心の注意を払いながら、フェンス近くまで移動し、そのフェンスと車の間を確認しようとする。


「ヒマリさん、気をつけてください」

「……生きてるの?」


 パラドックスが異形の腕を少女の腕へと戻し、確認するように覗き込むヒマリに声をかけてきた。ヒマリは怪人で、パラドックスが捕まえるべき相手であるはずだが、今はそれよりもアザラシの方が重要らしい。

 それら三人の視線に見守られながら、車の下を確認したヒマリがゆっくりと顔を上げた。三人の方に目を向け、怪訝げに眉を顰める。


()()()

「えっ……?」

「車の下には誰もいない。死体どころか、血の跡すら見当たらない」

「そんなはずが……!」


 ジッパとシトも慌ててフェンス近くに駆け寄り、ヒマリと同じようにその場を確認していた。が、ヒマリが見た時にそうだったように、そこには凹んだ車体と、曲がったフェンスがあるだけで、死体も血痕も何もない。


「逃げられたのか?」

「い、いや、そのはずはない……ですよね?」


 ジッパに確認の目を向けられ、シトは大きく首肯する。


「私があいつの動きは見てたから、逃げるような動きは選択肢になかった。逃げられないはず」

「その目が間違っている……という可能性を考えるのは少し難しいか」


 シトの目が正しいかどうかは検証のしようがないことだ。単純に初めて間違った瞬間が生まれたのならいいが、そうではないとしたら、消えたことにはそれ相応の理由があることになる。

 その理由を特定できないことの方が問題で、ヒマリは首を傾げかけた。


「全く……一人で行動するなら油断するなと伝えたはずだ」


 そこでヒマリの傾げかけた首を止めるように、近くから声が聞こえてきた。地響きのように低い男の声だ。その声に導かれ、ヒマリ達四人の目が移動する。


 そこには、白地にピエロのような目や口の模様が描かれた、仮面をつけた男が立っていた。男の隣にはアザラシが座り込んでおり、その首根っこを男が掴んでいる。


「いやいや、申し訳ない。まさか、車で突っ込んでくるとは考えもしなかった」


 アザラシが申し訳なさそうに返答する姿を見ながら、ヒマリは仮面の男に警戒した目を向ける。


「何者だ、お前?」

「誰でもいいだろう、紅丸日鞠。私の正体は君の興味の対象ではないはずだ」


 ヒマリは仮面の男の口から自身の名前が飛び出たことに眉を顰める。自身の存在は完全に知られている。その上で、仮面の男がそこに現れた理由を考えようとして、ヒマリの思考は行き止まりに当たった。


「まあ、無事に助かったことだし、それじゃあ、続きと行こうか。手を貸してくれるのか、ジョーカー?」


 アザラシがゆっくりと起き上がり、仮面の男に視線を向ける。ジョーカーと呼ばれた仮面の男はアザラシを一瞥することもなく、かぶりを振ってアザラシの腕を掴んだ。


「手は貸さないし、続きもしない。パラドックスは諦めろ。もう()()()()()だ」


 ジョーカーの言葉にアザラシは驚いた顔をしてから、袖口に手を伸ばした。その動きに思わずヒマリが警戒してしまう前で、アザラシはそこから懐中時計を取り出す。


「おお、本当だ。もうそんな時間か」

「行くぞ」


 そう言って、ヒマリ達を置いたまま、立ち去ろうとする二人の後ろ姿を目にし、パラドックスは慌てて手を伸ばしながら声を出した。


「どこに行く!? 逃げる気か!?」

「悪いが嬢ちゃん。大人は忙しいんだ。子供の遊びに付き合うのはここまで、続きはそこの怪人としな」


 アザラシがヒマリを指差し、パラドックスに手を振りながら、その場を立ち去っていく。その後ろ姿を睨みつけ、パラドックスは両手を異形のものに変えながら、背中を追いかけようと踏み込んだ。


「待て……!?」


 そこでパラドックスの身体は支えを失ったように倒れ込んだ。身体を打ちつける強い音が響いて、ヒマリ達の視線がアザラシやジョーカーの背中からパラドックスに向く。


「お、おい……!?」


 ヒマリが思わず声を上げながら、慌ててパラドックスに駆け寄った。パラドックスは意識を失い、どこか苦しげに呼吸を繰り返している。異形のものに変えた腕も、少女の腕に戻っている。


「大丈夫か!?」


 少女を抱え上げ、叫ぶように声をかけた瞬間、ヒマリはパラドックスの身体が熱くなっていることに気づいた。


「熱がある……あれだけ動き回ったからか……?」

「ど、どうしますか!?」

「放置はできない。連れていこう」


 そう言って立ち上がりながら、ヒマリはアザラシ達の去った方向に目を向ける。既にアザラシとジョーカーの姿は見当たらない。


「ジッパ、車だ。まだ一台、残っているだろう?」

「はい! 分かりました!」


 ジッパがフェンスに衝突したままの車の後部座席を漁り、そこからヒマリのリュックサックを持ち出した。中から車の入ったカプセルを取り出し、ヒマリ達の前に最後の一台を出現させる。

 その車の運転席にジッパが、助手席にシトが乗り込み、ヒマリは後部座席に座りながら、そこにパラドックスを寝かせた。


「よし、行こう」


 ヒマリのその言葉を合図に、四人を乗せた車は発進した。

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