3-10.千の技
ガラス越しの騒がしさをそのままに、ミレニアムはファミレスの中に踏み込んできた。店員や客の数々の視線を無視し、さも自身の振る舞いが当然のように、堂々とヒマリ達の近くまでやってくる。流石にあの状況から逃げる余裕はなく、ヒマリ達も向き合うしかない。
「やっと見つけた! 暢気に飯など食ってないで、さっさと俺に捕まれ!」
ミレニアムが高らかに叫び声を上げ、店員の一人が注意しようと近づいてくる。が、ミレニアムの鋭い視線が向けられるや否や、怯んだように店員は帰っていってしまう。そうでなくとも、きっと超人であることを説明され、押し切られるのが落ちだろう。他の客の迷惑など、考慮する男には見えない。
そう思っていたら、ミレニアムの発言に割って入る人物がいた。何を隠そう、こちらも厄介なアザラシである。
「ちょっと待ちな、派手な兄さん。今はこっちの用件が進んでいる最中だ。そっちは後にしてくれ」
ヒマリ達三人のことは認識していても、アザラシのことは認識していなかったのだろう。話しかけられるとは思っていなかったようで、ミレニアムは分かりやすく、きょとんとした表情をしてみせた。
「何だ、あんた?」
「言っただろう? そこの若いのに、用件があるんだ。今は交渉中だから、そっちに用事があるなら、後にしてくれ」
「いやいや、何を言っている!」
アザラシからの要求を鼻で笑い、あり得ないとミレニアムはかぶりを振る。
「いいか? あんたは信じられないかもしれないが、そこに座っているそいつは怪人だ。まず第一に、そんな気安く話しかける相手じゃない。話さない方がいい相手だ」
ヒマリをまっすぐ指差し、ミレニアムはアザラシに教えるように伝える。もちろん、アザラシは知っていることなので、冷めた目をしている。
「そして、俺は超人だ。その怪人を捕まえるためにやってきた正義の味方だ。その上で聞くが、どっちの用件が優先されるべきだ? 当然、俺だろう? だから、俺が話す。あんたは黙ってろ。いいな?」
要求は速やかに命令へと変化し、ミレニアムはアザラシに対する説明を強制的に終わらせた。交渉するつもりなどなく、ただアザラシに従わせるような態度だが、アザラシはミレニアムの話に退屈そうな欠伸を漏らす。
「はいはい。お前の言い分は分かったから、言いたいことだけ言ったら、さっさとここを出ていけ。最初に話しかけたのは俺の方だ。優先されるべき用件は俺の方で、お前じゃない。超人だ、怪人だと正義に見せた権力を振りかざしたければ、少なくとも、俺の前では二度とするな。分かったか?」
アザラシがミレニアムの命令を上塗りするように、自身の命令をミレニアムに押しつけた。ミレニアムはアザラシから反論が来ると思っていなかったのか、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
そうかと思えば、次第にアザラシの言葉が理解できたのか、わなわなと唇の端を揺らし、アザラシの口元についたいちごソースのように、顔を真っ赤に変えていた。
「何だ、その態度は!? 聞いていなかったのか!? そいつは怪人で、話さない方がいいと言っただろうが!? それに何だ、正義に見せた権力って!? 超人は絶対的な正義だ! 理解したら、お前の方こそ失せろ!」
激昂したミレニアムが口の端から泡を飛ばし、アザラシに向かって捲し立てた。ここに至るまで、当事者の一人であるはずのヒマリの発言権がないのだが、そこに対して抗議するだけの隙間もない。
ミレニアムの反論を聞いたアザラシが興味なさげに首を傾げ、冷めた目をミレニアムに向ける。ミレニアムが熱くなったことで、逆にアザラシの気持ちは冷めた様子だ。
「まあ、言いたいことは分かったが、いろいろと気にするな。怪人だろうと何だろうと、交渉はこちらが先だ。こちらに権利がある。それから、何度も怪人と話すなと言っているが、そこは問題ない。俺も怪人だ」
あっけらかんと言ってのけたアザラシの発言を耳にし、それを受けたミレニアムも、それを見ていたヒマリ達も、全員が驚きの表情を浮かべた。ヒマリ達はアザラシが怪人であると先ほど聞いたが、ミレニアムは当然知らない事実だ。
何より、超人であると言っているミレニアムに対して、堂々と自身が怪人であると伝えるなど、出頭するようなものである。
「な、何を言って……!?」
真偽の分からない告白に、流石のミレニアムも大きく動揺したようで、咄嗟に口から出た言葉は状況を確認するものだった。その様子にアザラシは笑みを浮かべ、もう一度、同じ言葉を繰り返す。
「だから、俺も怪人だ」
二度目の発言を聞いたら、流石のミレニアムもそれを飲み込めたようだ。理解したことを消化するように数度頷き、そのまま小さく俯いたかと思えば、身体をぷるぷると震わせ始める。
「そうか……そういうことか……」
そう小さく呟いてから、ミレニアムは身体の奥底を震わすような、地響きにも似た笑い声を上げ始めた。
「馬鹿が!? 誰の前で自白した!? 逃げられると考えたのか!? ミレニアム様の前で怪人であると話して、ここから逃げられるとか、そんな甘い考えを許すわけがないだろう!?」
大きく身体を上げて叫び声を上げながら、ミレニアムは両腕を一気に広げた。その動きに合わせて、身体から糸が吹き出し、ファミレスの入口や窓を壁で塞いでしまう。
その状況に客だけでなく、店員までパニックに陥って、全員が席を立ち上がったかと思えば、既に通れなくなった出入り口やキッチンの方に殺到していく。
それらの混乱した店内の中央で、未だ椅子に座ったままのヒマリは冷静にミレニアムを見つめて、一つ思うことがあった。
自信満々に言っているが、ミレニアムはさっきヒマリ達を思いっ切り、逃がしている。その証拠にミレニアムの片足には、自身の糸が絡まっていて、それを無理矢理引き千切った跡もある。ヒマリ達が逃げられた理由も、それを見ただけで分かるというもので、ジッパですらも足元を確認し、思わず冷めた視線を向けている。
「糸から編み出せる物体は千を超え、それ故、俺についた名前がミレニアムだ! その全てから、たった一人で逃げ出せると思っているのか!?」
千、という数を聞いたアザラシが感心したような表情を見せ、ミレニアムを称賛するように手を叩き始めた。
「千か! それは凄い!」
「凄いことなど当然だ! 何故なら、俺は超人だからな!」
堂々と言い放つミレニアムの姿に笑みを浮かべ、散々褒め称えてから、不意にアザラシは表情を真剣なものに変える。
「で、何人殺した?」
「…………はあ?」
唐突に向けられた質問にミレニアムは唖然とし、糸を飛ばした時のポーズのまま、アザラシに目を向けていた。アザラシは真剣な表情のまま、拍手していた手を下ろし、再度、ミレニアムに質問を投げかける。
「だから、何人殺したんだ? その千の技を使って、どれくらいの人を殺した?」
「何を言っている? 超人は正義の味方だ。怪人を捕まえることはあっても、殺すことなどあり得ない」
その返答はパラドックスを捕まえたヒマリからすると、分かり切っているものだった。パラドックスもミレニアムも怪人を殺害する意思はない。そこに付け込んで、ヒマリ達はパラドックスを捕まえる策を立てたのだ。
「そうかそうか。誰も殺していないのか」
「ああ、超人として当然……」
そこまでミレニアムが口にした瞬間だった。左手近くに右手を動かしたアザラシが一気に動き出し、ミレニアムの前で右手を大きく振るった。
気づけば、その手にはどこから取り出したのかも分からない刀が握られている。
「ぁ……」
ミレニアムの口から言い残しのような声が漏れ、それを合図にしたように、ゆっくりと頭が鼻の位置からずれて落下した。頭部の断面図を晒しながら、ミレニアムの身体はその場に崩れ、それに合わせて店内に悲鳴が響き渡る。ジッパも思わず声を漏らし、シトは目の前の光景に引いたように身体を後ろに下げている。
その前でアザラシは刀についた血を払いながら、倒れたミレニアムを冷めた目で見下ろしていた。
「なら、千の技ではない。千のゴミだな。いいか? 良く聞け? 技っていうのは、相手を殺すことに意味があるんだよ。分かったか?」
そう口にしながら、アザラシはミレニアムが少しも動かないことを確認し、唇の端をゆっくりと持ち上げた。
「もう聞けるほどの余裕はないか」
そう呟いて、顔についた血を舐るように舌が飛び出し、ようやくいちごソースが口元についていることをアザラシは悟った様子だった。




