3-9.ヴァイスベーゼ
半白頭の和服姿。口の端には、いちごパフェにかかっていたいちごソースをつけている。深く皺の刻まれた表情から察するに、年齢は六十代後半から七十代というところだろうか。こちらを見つめる視線は鋭く、その目を見るだけで堅気の人間ではないとヒマリは即座に悟った。
「少しいいかい?」
「何だ、あんた?」
ヒマリが返答したことで、ジッパとシトもそこに座る老爺の存在に気づいたらしかった。男はいちごソースのかかったアイスを口に運び、パフェグラスの中を空にする。テーブルの上には紙ナプキンも置かれているが、それを手に取る様子もなく、口の端についたいちごソースはそのままだ。
「そんなに警戒した目を向けないでくれ。怪しい者でも何でもない。ただの甘い物好きの年寄りだ。取って食うつもりもなければ、ここに怪人がいると超人に伝えるつもりもない」
突然、男の口から飛び出した怪人と超人という一言に反応し、ヒマリは身構え、シトは思わず席を立ちそうになっていた。ジッパは表情に怯えを見せて、そこにいる老爺を見つめている。
「おっと、大丈夫。言っているだろう? 超人を呼ぶつもりはないと。何せ、何を隠そう、この俺も怪人だ」
「何だと……?」
男の発言があまりに怪しいものだったことから、ヒマリの眉は自然と寄せられ、睨みつけるように男を見ていた。ここまで飄々とした態度で、真偽の分からないことしか言ってこない。男が敵であるか味方であるかも分からない。
もしかしたら、仇敵の一人かと考えてみるが、見たことのある顔ではない。それはシトも同じようで、警戒するように見つめる視線を見るに、怪人組合という組織の怪人でもないらしい。
「まあ、まずは本題に入る前に自己紹介でもしようかね」
「本題……?」
男の発言の中に気になる言葉を見つけるが、男はヒマリの呟きを聞くつもりがないのか、完全に無視した様子で自己紹介を始めた。
「俺の名前は痣楽士竜胆。昔は警察官をやっていたが、今は無職で、さっきも言ったように怪人をやっている」
「怪人……本気で言っているのか?」
「ああ、もちろん。本気も本気。俺は怪人だ。そして、怪人による組織に所属している」
怪人による組織。その言葉からヒマリの頭には、怪人組合の文字が浮かび、思わずシトを見ていた。が、シトはかぶりを振るだけで、やはり、アザラシと名乗った男は知らない様子だ。
「ああ、あんたらのところじゃない。俺の所属する組織は、ヴァイスベーゼ、というところだ」
「ヴァイスベーゼ……?」
アザラシが口にした組織名を耳にし、思わずヒマリは眉を顰めた。真偽のほどは分からないが、どちらにしても、中学生が遊びで考えたような異国の言葉を使った名前だ。遊びの延長線上のようにしか感じられず、それをこの状況で平然と出してきたアザラシの神経を疑う。
「怪人による怪人の世界のための組織だ。良ければ入るかい? お前と、お前も怪人だろう?」
ヒマリとシトを順番に視線で示し、二人は思わず息を呑む。どこから察したかは分からないが、少なくとも、相手の変化は良く見ている輩であるらしい。
「俺は、言わないんですね……?」
「ああ、お前は……ちょっと馬鹿そうだし、怪人には見えないな」
「えっ……? ナチュラルに失礼じゃない……?」
唐突なアザラシからの暴言に呆然とするジッパを無視し、ヒマリはアザラシに警戒の目を継続的に向けていた。
「それで、その怪人が俺達に話しかけて何の用だ? まさか、あんたも勧誘か?」
「勧誘? ああ、違う違う。そういう仕事はしていない。ただちょっと、あんたの持ち物に用があるだけだ」
そう言ったかと思えば、アザラシは手を伸ばし、指をテーブルの上に向けてきた。そこには空になったパフェグラスが置いてあるだけだ。
「チョコレートパフェなら全て食べたが?」
「パフェが欲しいなら頼むだけだ。そうじゃない。用があるのは、さっき出していた物だ」
アザラシが口にした言葉を聞いて、ヒマリは自然と、ほんの数十秒前に仕舞い込んだ物を思い浮かべていた。ヒマリの力によって改造されたカプセルで、中では少女が眠っている物だ。
「カプセルトイのカプセルがどうかしたのか?」
ヒマリはしらばっくれようと考え、何も知らない風に返答してみるが、アザラシは面白そうに笑みを浮かべるだけだった。どうやら、カプセルの中身は既に把握しているらしい。それを証明するように口を開いて告げてくる。
「さっきの超人を渡してくれないか? それがどうしても必要なんだ」
カプセル、ではなく、超人。そう告げたことで、アザラシの目的がパラドックスにあると明言されている。適当なカプセルを渡しても、中身を確認されて、嘘はすぐに露呈するだろう。
「どうして、そんなことを言ってくる?」
「言っただろう? 俺達、ヴァイスベーゼには超人が必要なんだ。だから、さっきのカプセルを寄越せ」
「命令形か? 頼み方のなってないジジイだな。怪人が超人を手に入れて何をしようとしている? 何が目的だ?」
ヒマリがカプセルを取り出すこともなく、アザラシに質問を投げかけると、アザラシは不思議そうに首を傾げ、それから口元のいちごソースを持ち上げるように笑みを浮かべた。
「言っただろう? 俺達は怪人だ。超人の利用方法など、山ほどあるはずだ。超人との交渉はもちろんのこと。大衆の前で怪人が超人を殺害したという事実ができれば、それだけで怪人の存在は大きなものとなる」
「怪人が超人を殺害……? まさか、あの少女を殺そうというのか?」
「正直なところ、少女を殺害するのは心が痛む……が、これも全てヴァイスベーゼの目的のため。仕方のない犠牲だ」
「ヴァイスベーゼの目的?」
ヒマリ達が表情に不快感を示す中、アザラシは対照的に楽しげな笑みを浮かべ、ヒマリ達を順番に見回した。
「怪人による社会の支配。この国を怪人の国に変えるために、俺達は動いている」
「怪人の国、だと?」
「ああ、そうだ。おかしいと思わないか? 怪人は人々よりも優れた存在となったはずなのに、この国では虐げられている。超人と怪人に壁など存在しないはずが、この国では明確なランクが定められている。それを破壊するために俺達は動いている」
「そのために、あの少女を利用しようと?」
「お前達も分かるだろう? 同じ怪人なら」
当然と言わんばかりのアザラシを前にし、ヒマリの中に吐き気すら催す嫌悪感が溜まっていた。言葉だけでなく、顔面にも唾を吐きかけてやりたい気持ちになるが、今はまだ情報が足りていない。
ヒマリはアザラシの提案を聞く気などない気持ちを念頭に置きながら、アザラシの出方を見ようと、最後の質問を投げかける。
「渡さないと俺が答えたら、あんたはどうするつもりだ?」
「渡さない、か……もしそうなったら、その時は……」
そう言いながら、アザラシが右手を左手近くに移動させ、左手を腰元に押し当てるような動きを見せた。何をするかは分からないが、アザラシが本当に怪人なら、ヒマリやシトと同じく、何かしらの力を有しているはずだ。
もしかしたら、ヒマリからの返答を察し、既に臨戦態勢に入っているのかもしれない。そう考えたヒマリが身構え、空のカプセルを懐から、こっそりと取り出そうとする。
そして、アザラシの右手が左手の袖口に入り、何かを探るように動いたと思った直後、ガラス窓にカエルが張りつくような、ビタンという激しい音が響き渡った。
攻撃かと一瞬思ったが、そういうことではない真実をアザラシの背後に発見し、その光景に驚きの表情を浮かべる。アザラシも音に引かれるように振り返って、そこにある景色を確認している。
「びつけたぞ、かいじん~~!」
そこではファミレスの窓に外から張りついて、ガラスに張りつけた唇を必死に動かすミレニアムの姿があった。




