3-8.カプセル少女
駆け抜けた一本道が分岐し、選択肢が生まれた頃、ヒマリ達は一斉に立ち止まり、来た道を振り返った。ミレニアムの姿はなく、追いかけてくる様子もない。どうやら、逃げ切ったようだ。
「追いかけてこないね……何でだろう?」
「さあな。だが、ここから先は勘で追いかけるしかない。流石に見つかる可能性は減るだろう」
「これから、どうしますか? ヒマリさんのカプセルで捕まえられるなら、逆に真正面から捕まえに行きますか?」
ミレニアムの追跡はここで一旦終わるはずだが、続かないと決まったわけではない。いつまでも追いかけてくる可能性がある以上、いつかは対応しなければいけないかもしれない。
そう考え、ジッパはミレニアムと再び相対する可能性を提案していたが、ヒマリは即座にかぶりを振った。
「いや、確かに糸自体は捕まえられるが、こちらのカプセルには限りがあって、向こうの糸に限りがあるのかは分からない。真正面からぶつかってもジリ貧になって終わるだけだ。このまま、できるだけ逃げ切ろう」
ヒマリの指摘にジッパは納得したように頷き、来た道を見ている。未だにミレニアムは来ない。走り続けて上がった息も落ちつき始めている。
「さて、ここからはどこに行く?」
シトが先に見える分かれ道を順番に見回し、ヒマリとジッパに聞いてきた。どうして、シトが音頭を取ろうとしているのか、ヒマリもジッパも疑問に思うが、いつまでも立ち止まって休憩し、ミレニアムに発見される未来は避けたい。
「ヒマリさん、どうしますか?」
ジッパがヒマリに問いかけ、ヒマリは少し俯く。ヒマリの目的は一つしかない。そのためにやることは決まっている。そのことを考え、ヒマリが一つの結論を導き出す。
「飯を食いに行くか」
そして、ヒマリ達は現在、近くのファミレスに移動していた。案内されたテーブル席に座り、三人がそれぞれの注文を頼み、運ばれてきた食事を口に運んでいる。
「ていうか、何であんたも一緒に食事してるんですか?」
ジッパがハンバーグを口に押し込みながら、隣に座るシトを怪訝げに見る。シトはフォークとスプーンを両手に持ち、パスタを綺麗に巻きながら、ジッパの視線に首を傾げる。
「お腹が空いたから?」
「いや、そういうことじゃなくて、ヒマリさんは、その何とか組合に入りませんよ」
「ああ、怪人組合ね」
「いや、こっちは気を遣って暈したんだから、本人が口に出さないでくださいよ」
シトのあまりに無防備としか言いようのない反応に戸惑いながら、ジッパは周囲の様子を窺う。店内にはぽつぽつと客がいるが、誰一人としてシトの発言には気づいていないようだ。
「そんなに警戒しなくても、周囲の会話を気にする人なんていないよ。何を言っても、危険とか通報しなきゃとか、そういうことを思う人はいないから」
「まあ、そういう感じみたいですね」
ジッパとシトの会話を眺めながら、ヒマリはチョコレートパフェを口に運ぶ。アイスとチョコの甘さが口の中に広がって、走り疲れた身体がじんわりと回復していく。
「ていうか、君は本当にそれでいいの?」
「何故だ?」
「いや、食事にするって言ってたのに、食べ始めたのがそれだから」
「何を言っている? 腹を満たせば食事だろう?」
「まあ、それもそうだけれど……?」
シトの不思議そうな様子の理由が分からず、ヒマリは首を傾げ、刺さっていたウエハースを齧るが、ジッパはシトの疑問に一定の理解を示している様子だった。二人が何を思っているか分からないが、ヒマリは一つシトに伝えおくべきことがあったと思い出し、テーブルの上に置かれた伝票を見やる。
「ここの食事代だが、その分も俺が払う」
「え? 奢りってこと?」
「そういうことだ。さっきはあんたの目がなければ、あの場で捕まっていた。そのお礼だ」
不意に奢ると言い出したヒマリに、ジッパは一瞬文句がある様子だったが、理由のところを聞くなり、言いかけた言葉を飲み込み、代わりにライスを詰め込んでいた。
「それは非常にありがたいんだけれど、良ければ君が怪人組合の方に入ることをお礼に……」
「それはない。金を積まれてもない」
バッサリと切り捨て、ヒマリはパフェグラスの底に敷かれたコーンフレークを口の中に掻き込む。溶けたアイスとチョコソースに浸かり、ふやけたコーンフレークはほとんど飲み物のように飲み込める。
それを一気に飲み込み、グラスを空にしたヒマリが、まだ食事を進める二人を見ながら、一つのカプセルを取り出した。
「一つ、問題を解決しておかないといけない」
そう告げるヒマリの声で気づいたらしく、ジッパとシトが置かれたカプセルを覗き込んでいる。その中には一人の少女が眠っている。
「こいつをどうするか、だ」
「さっきの女の子ですか? どうするって……」
「このまま持ち続けるわけにもいかないだろう。一人の命を放置はできない」
「でも、出したら襲ってきますよね?」
ジッパの不安にヒマリは頷く。カプセルの中に一時的に拘束しているだけで、これでパラドックスが仲間になったわけではない。外に出せばヒマリ達を襲う未来は確定的で、そう簡単には逃がせない。
「超人だしね。いっそのこと、そのまま殺しちゃう?」
「そのまま殺すって、無理ですよ。見ましたか? カプセルが壊れたら、中身は無傷のまま飛び出すようになってるんです」
「いや、だけど、そのまま焼却炉とかに突っ込んだら、流石に死ぬでしょう?」
カプセルの内部にいる間はカプセルが守ってくれるので、外部から何かしらの衝撃があっても、それで傷つくことはないが、放出された後は違う。その場に中身を破壊するものが存在した時、カプセルから放出された段階で傷がつき、人間なら死ぬこともあるだろう。
「そ、そんなこと……しますか……?」
ジッパがシトの提案に顔を強張らせながら、ヒマリを見てきた。その視線に迷う素振りもなく、ヒマリは即座にかぶりを振る。
「超人が怪人と同じという話なら、この少女は俺と同じく改造されただけのただの少女だ。その子を殺害するなど、人の行いとしてあってはいけないことだ」
ヒマリのまっすぐな問いにシトは笑みを浮かべ、うんうんと頷きながら、手を合わせた。
「ごめんね。私も同意見。君の考えを聞きたくて、今みたいな提案をしちゃった。けど、やっぱり、君はうちに欲しいかな。どう? 入らない?」
「何度も答えさせるな。土地を譲られても入らない」
残念そうにするシトを無視し、ヒマリはカプセルを持ち上げて、中で眠り続けるパラドックスを見やる。パラドックスにどのような家族がいて、普段はどのような生活をしているか分からないが、このような少女を戦わせる超人が真面な気はしない。
ただパラドックスの居場所がそこにしかないと言うのなら、ちゃんと返してあげるべきだろう。傍から見えて、真面な気がしなくても、そこが当人にとってかけがえのない居場所である場合は往々にしてあることだ。
実際、ヒマリとジッパは正にそういう場所にいた。何度言ってもスカウトをやめないシトも恐らくはそうなのだろう。
直接、超人と接触することはリスクなので、郵便でも使って送り届けようかと考えながら、ヒマリはカプセルを仕舞い込む。
その時、ヒマリ達の座る隣の席から声がした。
「ちょっと、そこの若いの」
声は明らかにヒマリの方に発せられ、ヒマリの視線は自然と隣の席に向く。そこでは和装の老爺がいちごパフェを食べながら、ヒマリをじっと見つめていた。




