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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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3-7.意図せぬ糸

 ミレニアムの身体から糸が吹き出し、それが次第に編み込まれ、やがて壁を作り上げた。ヒマリ達の背後に聳え立ち、行く手を塞いだ壁を前にして、ヒマリ達の表情に焦りの色が映る。


「ヒ、ヒマリさん!? 予定と違いますよ!? どうするんですか!?」


 動揺したジッパがヒマリに詰め寄るように聞いてくる。その間にミレニアムは更に糸を吹き出し、手元にボストンバッグほどの糸製の銃を作り上げている。


 ミレニアムの抵抗は完全に予想外だった。攻撃を担当するパラドックスがいなくなれば、一旦は状況を整えるために引くと思い込んでいた。

 全てはミレニアムの性格故か、元より戦っていなかっただけかは分からないが、少なくとも、今のミレニアムには戦う意思があるらしい。


 パラドックスと違って、今回は何も策を立てていない。ヒマリのカプセルはヒマリが直接的に投げる必要がある以上、ある程度の作戦は必要になってくる。何もない状況からカプセルを当てることは不可能に近い。


「さあ、大人しく捕まれ!」


 ミレニアムが作り上げた銃を持ち上げ、ヒマリ達に向けてきた。カラフルな糸で編まれた銃は境目が分からないほどに、様々な色が重なり合っている。あまりの色合いに目がチカチカするほどだ。


 ミレニアムが糸製銃の引き金を引く。銃口から、これまたカラフルな糸の弾が飛び出し、緩やかな曲線を描きながらヒマリ達に接近したかと思えば、そこで一気に広がる。捕獲用のネットのようだ。


「こっちに!」


 不意にシトがヒマリとジッパの首根っこを引っ張り、背後に聳え立つ糸の壁に背をつけた。ヒマリとジッパはシトに言われるまま、シトと同じように糸の壁に張りつく。それを固定するようにネットが落ちてきた。


 が、ネットは糸の壁と地面に張りつく形で落ちたらしく、その間に隙間を作っていた。そこにヒマリ達の身体がすっぽりと収まり、ヒマリ達は自由に身体を動かせている。


「このまま移動すれば抜けられるから」


 シトが壁に背をつけたまま、もぞもぞと移動を開始し、それに続いてヒマリとジッパも移動を始める。張りついている様子から、ネットには粘着性があるのかと思ったが、そういうことではないのか、触れても身体は捕らわれない。


 シトから順番に、ネットの下から姿を見せると、ミレニアムが驚いた顔でヒマリ達を睨みつけてきた。


「おいおい、何で俺様の捕獲用幕囲弾(ほかくようまくいだま)から逃げられているんだ!? おかしいだろ!?」


 ミレニアムは再び銃を構え、ネットの下から抜け出した三人を捕らえようと、引き金を何度も引き始めた。その姿を見たシトがヒマリの背中を押し、慌ててネットの下に押し戻そうとする。


「はい! 一回、戻ろう! 戻ることも大切だよ!」

「ああ? どういうことだ?」


 戸惑うヒマリがネットの下に戻った直後、そのネットの上に、ミレニアムが今放ったばかりのネットが落下した。ネットを覆うように広がったネットを見て、ヒマリとジッパは納得する。


「ここは最初の一発が邪魔して捕まらないのか」

「なら、ここにいたら安全ですね」

「まあ、それだと一生出られないけどね」


 ここに永住する勢いで退避すれば確かに無事だが、流石にそこまでの気概はない。どこかに打開策を見出ださなければいけないと考えたヒマリは、前方を覆うネットや背後の壁を見やってから、ネットの隙間に目を近づけ、ミレニアムの様子を観察する。どこを見ても、目が痛いくらいにカラフルで、そちらに意識が割かれそうになるが、今はもっと見なければいけないものがあるはずだと言い聞かせ、無理矢理に色をモノクロに変えようとする。もちろん、無理だ。


 ミレニアムは様子も確認せずに、ひたすらに銃を乱射していた。それしかできないというよりも、どれかが当たれば御の字という撃ち方だ。それでは当たらないとアドバイスしたくなるが、今はそれどころではない。


 取り敢えず、パラドックスがそうだったように、ミレニアムにも攻撃の意思がないことは確かなようだ。超人としての規約か何かがあるのかもしれない。行動は捕獲に集中している。

 問題は、パラドックスと違って、ミレニアムのネットは攻撃に絶対にならない点だ。さっきのように誰かを盾にする方法も、不意を衝く手段も、全員が姿を見せている状況ではあり得ない。


 恐らく、これも目の力によるものだと思うが、ネットの弱点をシトが見抜いてくれたお陰で、何とか安全は保てているが、次第にネットが積み重なった先の結果は分からない。タイムリミットはその辺りかと考えながら、ヒマリはミレニアムをじっと見つめた。


 そこで、ふと一つの疑問を得た。ヒマリはミレニアムと背後の壁を見比べ、それから、再び前方のネットを見やる。どれもカラフルな糸で編まれ、目がチカチカとする。


 ヒマリはリュックサックからカプセルを一つ取り出す。どこかで確認する必要があると考えるが、そのどこかを定めるポイントが浮かばない。


 背後の壁。前方のネット。ミレニアムの銃。順番に視線を移し、ヒマリがあれこれと考えている中、ミレニアムがついに諦めたのか、引き金を引く手を止めた。途端にネットの飛来が止まり、重なり続けたネットがようやく静止する。


「ダメだ、ダメだ! こっちはどれだけやってもダメだ!」


 自暴自棄にでもなったかのように、ミレニアムは手に持っていた銃を投げ捨て、壁との間に広がるスペースをゆっくりと見回す。


「要するに、逃げられなければいいんだ。そうだ。俺様は賢いよな!」


 そう叫んだかと思えば、ミレニアムが両手を勢い良く広げて、その先端から細かに糸を吐き出した。糸は空中で重なり合って、円盤状に変化していくと、そのまま地面にぽとりと等間隔で並んでいる。


撒美糸(まきびし)。踏んだら、もう二度と離れない糸の罠だ!」


 高笑い交じりの発言を耳にし、ヒマリが苦笑を浮かべる。


「賢いと言った口で、撒いた物の秘密を喋ったぞ?」

「まあ、いいんじゃない? こっちに有利になるし」

「けど、どうするんですか? 本格的に出られなくなりましたよ?」


 ジッパが焦った顔をする隣で、ヒマリは酷く冷静に、手元のカプセルを見つめていた。


「いや、これはチャンスだ」

「チャンス?」

「あれだけ小さければ、確定で捕まえられるはずだ。検証には持って来いな罠だ」

「捕まえられるって……()()()()()()()()()気ですか!?」

「それを試すんだよ」


 ヒマリはそう答えながら、カプセルの一つを握り締める。


 ミレニアムの糸は全て独立し、ミレニアム自体が操っている様子がない。銃も自身の手で引き金を引いているし、背後の壁も三人を覆っているネットも動く気配がない。もしそれらを自由に動かせたら、ヒマリ達は今頃捕まっていたはずだ。それをしないのは、できないから、と考えるのが妥当だろう。


 ヒマリのカプセルには捕獲制限がある。大きさや質量もそうだが、生物を捕まえるためには生物本体にぶつけなければいけない。正確に言えば、衣服などの身にまとっている物越しに、対象の物体に触れられる状況でないと捕まえられない。


 もしも、あの糸がミレニアムの身体から伸び、身体と同じ判定なら、どの部分も捕まえられないだろう。


 だが、独立した物体なら、ヒマリのカプセルで捕まえられる。それは大きな状況の打破に繋がる。


 ヒマリはネットの下から這い出し、近くに落ちた罠を見やった。罠の効果が分からない以上、接近することはできない。少し離れた位置から狙いを済ませ、ヒマリは罠にカプセルをぶつける。


「何だ?」


 ミレニアムが不思議そうに呟く。その前でカプセルは罠の一つにぶつかって、その罠をカプセルの中に収納した。どうやら、罠は捕まえられるらしい。


「おいおい、それを捕まえてどうするんだ? 全部の罠を撤去する気か? こっちは増やし続けるぞ?」


 そう聞きながら、ミレニアムは更に罠をばら撒いていく。その様子を横目にヒマリは満足そうにネットの下へと戻る。


「よし、これであいつの作った物は捕まえられると分かった」

「いや、それはそうですけど、どうするんですか? 本当にあいつの言っている通り、罠を順番に撤去していく気ですか?」


 先が遠くなる作業に可能なのかと、ジッパが困惑した顔をする前で、ヒマリは小さく笑みを浮かべたまま、かぶりを振る。


「いや、そんなことはしない。この場にあるものが捕まえられると分かったら、最も撤去すべき物体は一つしかない」

「それは?」


 何を言っているのかと首を傾げるジッパの前で、ヒマリは新しいカプセルを取り出し、視線を()()に向けた。


「この()だ」


 一言呟いた後、ヒマリは手に持ったカプセルを背後の壁にぶつけた。壁はカプセルの中に収まって、カプセルを少しだけ左右に揺らす。それもすぐに収まって、壁がカプセルの中に収まったことを確認してから、ヒマリ達は急いで駆け出した。


 直後、背後のネットがヒマリ達の立っていた場所に落ちていく。そこに少しでも長く残っていたら捕まっていただろう。危なかったと思いながら、ヒマリ達は路地の先を見やる。


「今の内に走るぞ。これ以上はジリ貧だ」

「あっ!? おい!? 逃げるなよ!?」


 壁が消えたことに気づいたミレニアムが慌てて叫んでいるが、そんな言葉を聞くはずもなく、ヒマリ達は一斉に走り出した。


 その途中、振り返ってみたら、自分で撒いた罠の中でしゃがむミレニアムの姿が目に入った。

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