3-3.ごっこ遊び
ド派手な服を身にまとい、仰々しい素振りで、ヒマリの名前を口にしたことに、ヒマリとジッパは反応した。揃って警戒心を剥き出しにし、睨みつけるように男の姿を眺める。これだけ派手な服を身にまとっている男だ。これまでに逢っていたら、記憶に残る行動くらいはしているだろう。
逢ったことのない相手。だが、ヒマリの名前を知っている以上、ヒマリに関わる人物のはずだ。その考えから発展させ、ヒマリが一つの可能性に行き当たった直後、同じ可能性を見出だしたのか、ジッパが小声で聞いてくる。
「俺達のことが向こうにばれましたかね?」
その問いかけにヒマリは口を噤み、目の前の男と中学校の制服を身にまとった少女を見やる。こちらの世界の人間には見えないが、堅気の人間かと言われたら、それも違和感のある雰囲気だ。
可能性はあまり高くはないが、生きていると知ったヒマリやジッパを殺しに来た、二人の因縁の相手という可能性はある。
どちらにしても、ヒマリの名前を知っていたことは放置できる問題ではない。理由を聞き出さないと、ヒマリはいらぬトラブルを抱えることになるかもしれない。
「答えろ。お前は何者だ?」
ヒマリが再度、派手な男に問いかける中、一人だけ様子の違うシトがヒマリとジッパに声をかけてきた。その表情には僅かな怯えと焦りが見え、真剣な目をヒマリとジッパに向けてくる。
「あの二人には絡まない方がいい。早く逃げるべきだよ」
「逃げる? 何言ってるんですか? あいつらを捕まえたら、向こうの情報が得られるかもしれないのに」
シトの発言が信じられないとジッパは反論するが、シトは小さくかぶりを振るだけで、主張を変えようとはしない。
「君達の求める復讐相手の情報は何も得られないよ。だって、あの二人はそっちとは関係ないから」
「はあ? そんなまるで何かを知っているみたいな言い方して」
「知っているよ。あの二人は……」
シトが派手な服と少女を指差し、何かを言おうとした瞬間、その声を掻き消すように派手な男が口を開き、辺りに響くほどの声で叫んだ。
「大人しく降伏しろ、怪人!」
「怪人?」
シト以外の口から飛び出した聞き慣れた単語に、ヒマリの眉が反応する。ジッパも不快そうに眉を顰めて、派手な男と少女を見ているが、二人の態度は変わらない。
「俺が何者か知りたいなら、教えてやろう。だから、無駄な抵抗はするな。分かったか、怪人?」
「無駄な抵抗? お前が何で、何が無駄な抵抗だと?」
ヒマリが問いかけると、派手な男は大きく腕を広げ、ミュージカルか何かのように仰々しく自分を手で示した。
「俺は怪人を捕まえるために参上した超人、ミレニアム様だ」
「超人?」
ミレニアムと名乗った男が口にした肩書きを耳にし、ヒマリの眉に入った皺はより一層、深くなった。嫌悪感が皺の隙間に溜まり、集まった負の感情を紛らわせるように、ヒマリは大きな溜め息をつく。
「怪人ごっこの次は超人ごっこか? お遊びなら、余所でやってくれ。俺達は忙しいんだ」
「お遊び? まさか、お前は俺達の正義を愚弄するつもりか?」
「正義だか何だか知らないが、俺は怪人でもなければ、超人に狙われる理由もない。仮にお前らが本物の超人なら、こんなところで油を売ってないで、本物の怪人を捕まえに行ったら、どうだ? それとも、ごっこ遊びが関の山なのか?」
ヒマリがミレニアムを挑発するように言葉を投げつけると、隣で聞いていたシトの顔色が変わり、ヒマリの肩を力強く握ってきた。
「いやいや、その言い方はやめた方がいい。彼らをあまり刺激するべきじゃない」
「もう遅い……」
そう呟かれた声に引かれ、ヒマリ達がミレニアムを見てみると、プルプルと身体を小さく震わせてから、大きく道を塞ぐように両腕を広げた。
「絶対に捕まえて、俺様の偉大さを教え込ませてやる!」
高らかに宣言したかと思えば、次の瞬間、ミレニアムの派手な服の隙間から、一斉に糸が吹き出し、辺りに散らばっていく。それらの糸は吹き出した先で重なって、互いに絡み合いながら、次第に大きな塊に変わっていく。
やがて、気づいた時には、周囲の道を糸による壁が塞いでいた。
「何だ、これ……?」
戸惑うジッパが呟いた瞬間、ミレニアムの目がかっと見開かれ、腹の底から地平線の果てまで届きそうなほどの大声を出す。
「さあ、出番だ! 行ってやれ、パラドックス!」
その声に少女が耳を塞いでから、小さく「うるさい」と文句を漏らし、ヒマリ達に接近するように走り出した。その途中、耳に当てていた両手を広げ、赤くゴツゴツとした不気味な腕に形を変えている。
(何だ、あの腕……?)
不気味に映る異形の腕を目にし、ヒマリは若干驚きながらも、少女の対処のために身構えた。パラドックスと呼ばれた少女は走りながら、こちらに突き出すような姿勢で、異形の腕を構えている。
腕の変化は気になるところだが、その腕がくっついているのは少女の身体だ。これまでに幾度の死線を乗り越えてきたヒマリの相手ではなく、簡単に組み伏せるだろう。ヒマリはそう考え、パラドックスの振り被る腕に合わせ、踏み込もうとした。
「ダメだ!?」
そこでシトが前進しかけたヒマリの動きを止めるように、首根っこを引っ張って、ヒマリの身体は大きく背後に倒れ込んだ。その頭上をパラドックスの異形の腕が通過し、ヒマリの背後に沈むように突っ込んでいく。
そこでミレニアムの服にも負けない派手な音が響き渡った。転んだヒマリが背後を振り返れば、パラドックスの腕がアスファルトを貫通し、地面に穴を開けている。人の頭は容易に入るサイズの穴に、もしも捌こうとパラドックスの腕に手を伸ばしていたら、その腕が吹き飛んでいたかもしれないと、ヒマリは想像する。
「あれを真正面から相手するのは危険だよ。逃げた方がいい」
「ああ、あれは確かにそうだ」
シトの提案に納得し、ヒマリは周囲に目を向けた。ミレニアムの身体から飛び出す糸は壁を生み出し、繋がる路地を片っ端から塞いでいる。その糸がまだ届いていない路地を探してから、ヒマリは持っていたリュックサックの横ポケットに手を突っ込む。そこからカプセルトイのカプセルを一つ取り出す。
「ジッパ! 逃げる準備をしろ!」
そう叫んでから、ヒマリは手に持ったカプセルをパラドックスに投げつけた。アスファルトから腕を抜き、立ち上がったパラドックスがカプセルを視認し、咄嗟に異形の腕を振るう。腕は飛んでくるカプセルとぶつかり、カプセルを難なく粉砕した。
瞬間、ボンと何かが膨らむような音がカプセルから鳴り、そこから一台の車が飛び出した。
「車……!?」
面食らったパラドックスが慌てて両腕を振るい、異形の腕で落下する車を粉砕する。その破片が飛び散る中、パラドックスは車の向こうに消えたヒマリ達の姿を探すが、既にそこにヒマリ達はいなかった。
「ミレニアム」
「どうした、パラドックス?」
そう聞きながら、こちらを向いたミレニアムがパラドックス以外の姿がないことに驚いた様子を見せる。
「あれ? あいつらはどうした?」
「こっちが聞きたい。見てなかったの?」
「ちょっと編むのに集中していた」
やや恥ずかしそうに呟くミレニアムの視線の先には、無駄に装飾の凝った糸による壁が存在し、パラドックスは小さく溜め息をつく。
「まあ、でも、大丈夫だ。逃げるとしたら、もうその道しかない」
ミレニアムがそう告げたように、その場から行ける、入口の塞がれていない路地は一つしかなかった。今の一瞬で、この場から逃げるには、その路地に飛び込むしかない。パラドックスは納得したように首肯し、異形の腕を元の少女のものに戻す。
「なら、行こう」
パラドックスが路地に飛び込み、駆け出す姿を目にし、ミレニアムは身体から生み出した糸を慌てて切る。
「ちょっ……!? 待ってくれ!」
そう叫びながら、ミレニアムはパラドックスの後を追いかけるように路地に飛び込んでいく。その姿が見えなくなっても、糸による壁は崩れることなく、複数の路地を塞ぎ続けていた。




