3-2.スカウト
翠見枝途との出逢いは、ヒマリがジッパと共に復讐を決意した数時間後まで遡る。
現状の確認と今後の話し合いをするために、ヒマリとジッパは近くのファミレスに足を運んでいた。入口に置かれたカプセルトイを一回だけ回し、カプセルと小さなエクレアのフィギュアをテーブルの上に並べてから、ヒマリはジッパから詳細な情報を得る。
その途中、ヒマリがふとテーブルの上の異変に気づいた直後、隣の席に座っていた一人の客が声をかけてきた。スーツ姿の中性的な見た目の人物で、低く艶やかな声は女性とも男性とも取れるものだ。
その人物こそがシトだった。
「ちょっとよろしい? 一つ確認したいのだけれど?」
頬杖を突き、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、こちらの様子を確認してくるシトを前にし、ヒマリとジッパは分かりやすく警戒の目を向ける。あんなことがあった後だ。ヒマリを襲った組の者が二人を発見し、始末しようと考えているのか、とヒマリもジッパも想像した。
しかし、そこでシトが投げかけてきた質問は想像の斜め上を行くものだった。
「君って、もしかして、怪人?」
「はあ?」
シトの質問を聞いた途端、ヒマリの表情は険しくなり、それまでとは違った鋭い視線をシトに向ける。ジッパもシトの発言の意味が分からなかったらしく、怪訝げにシトを見ながら、遠慮なく親指でシトを示し、ヒマリに聞いてくる。
「ヒマリさん、あいつは何を言ってるんですか?」
「分からん。あまり関わるな」
「ちょっとちょっと酷いなぁ。そんな人を狂人みたいに」
「初対面で人を怪人呼ばわりする奴など、真面な奴のわけがない」
「別に隠さなくても大丈夫だよ。知ってるし。それに証拠も転がってるし」
そう言いながら、シトは立ち上がり、ヒマリとジッパに座るテーブルに近づいてきた。ヒマリとジッパは自然と身構え、接近するシトが何をするのかと、一挙手一投足に目を向ける。
そうかと思えば、シトは二人の視線を気にすることなく、テーブルの上に置かれた物に手を伸ばした。
「ほら、これを見たら一目瞭然だよ」
「何を言ってるんだ? それが何だって言うんだ?」
「その反応……もしかして、気づいていないの?」
シトが不思議そうにヒマリの顔を覗き込み、じっくりとヒマリの表情を観察してから、ニンマリと楽しそうな笑みを浮かべた。困惑するヒマリの様子も気にすることなく、シトはポケットに手を突っ込み、そこから一枚の紙を取り出す。
「どうも、私はこういう者です」
そう言いながら、差し出された紙は名刺のようだった。そこには、シトの名前と素性が書かれており、それを見たヒマリは問答無用で眉を顰める。
「怪人組合所属、スカウト担当?」
「何ですか、それ?」
ヒマリは詐欺師を見る目でシトをじっくりと見回してから、渡された名刺をジッパに手渡した。ジッパはヒマリと同じように書かれた役職を確認し、ヒマリと同じように疑いの籠った目をシトに向けている。
「怪しい者ではないよ。ちゃんと正規のスカウトだから」
「正規って……何のだ? ここに書かれた怪人組合とやらなら、怪しさしかないだろうが」
「子供の遊びですか? それなら、余所でやってくださいよ」
「違う違う。遊びじゃないって。正真正銘、本物の怪人による組織だよ。君が怪人のようだから、安心安全のためにも、これは声をかけないといけないと思ったのに。言ってしまえば、親切心だね」
「親切心?」
ヒマリの疑いは加速度的に増していく。既に敵意や殺意すら感じさせるほどにシトを睨みつけ、小動物ならショック死するような状況が出来上がっているが、シトは一切、ヒマリの視線を気にする様子がなかった。真正面から見ても、ただ笑みを浮かべているだけで、ヒマリに怯える様子は微塵も見えない。
「そう、親切心。君に大切な話があるんだ」
そうしてシトが口にした一言から、ヒマリとジッパ、それに絡むシトの関係が始まった。
◇ ◆ ◇ ◆
「怪人組合に入らない?」
何度目かの台詞をシトが吐き、ヒマリとジッパは無視するように道路を歩き出した。向かう先は繁華街。空腹を満たすために食べたい物を決めようと二人は話し出す。
「ちょっと! 無視しないでよ!」
背を向けたヒマリとジッパを追いかけて、シトが駆け寄ってきた。初めて逢った時から、ずっとヒマリは拒否し、その後の問いかけを無視し続けているが、未だにシトは懲りずにヒマリを怪人組合に誘ってくる。
そもそも、ヒマリは怪人組合という謎の組織を信じていない。妄想に侵されたシトの戯言程度に考え、取り合う必要がないと思っている。真実を突きつけても構わないが、それで気でも狂われたら困るので、無視することにしているのだが、それにしてもしつこい。
ジッパは小声で追い払おうかと言ってくるが、ヒマリやジッパが何かを言った程度で追い払えるものとは思えない。巷でモデルやアイドルの卵を産もうとしているスカウトとは訳が違う。怪人という特異なものを振り回している時点で、こちらの対応を気にするつもりはないとも言えるだろう。
ただ無視をするしかないと考え、ヒマリとジッパが黙々と歩く中、ふとシトがそれまでの態度から少し変え、ヒマリとジッパに届く程度の声で呟いた。
「でも、復讐するなら、怪人組合に入った方が得だと思うけどなぁ……」
その声にヒマリとジッパは揃って反応し、思わず足を止めていた。二人は振り返り、そこでニヤニヤとした笑みを浮かべるシトを睨みつける。
「どうして、復讐のことを知っている?」
シトと初めて逢ったファミレスを含めて、ヒマリとジッパは大々的に復讐のことや組のことを話すはずがない。それと分からないように言葉を変え、表現を濁し会話しているので、基本的には内情を知らない限り、何を話しているかは分からないはずだ。
どこかでこっそりと聞かれていたのかと考えてみるが、さっきを含めて復讐という言葉をヒマリやジッパが使ったタイミングは、隠れて誰かが聞ける場所ではない。身を隠す場所がないか、近づいてくる足音で気づけるはずだ。
それがシトは復讐しようとしていることを把握していた。その理由を考えようとし、ヒマリはシトが名乗っていた名前を思い出す。
怪人組合。まさか、子供のお遊びのようなものが関係あるのかと考えてみるが、その実態が何も分かっていない以上、想像の域を出ない。
「何でだろうね? 知りたい?」
「知りたいかどうかは関係ない。今すぐ答えろ」
「嫌だよ。知りたかったら、こっちからのお願いをまずは聞いてよ」
「お願い?」
「怪人組合に入ってよ」
何度目かの介入の誘い。ただ今回はそれまでと違って、別の餌が垂れ下がっている。それに食いつかなければ、ヒマリは不確定要素を抱えることになる。ジッパが不安そうな視線をヒマリに向け、ヒマリは沈黙のまま、少し逡巡した。ようやくシトが正当な条件を投げかけてきたように思える。
だが、ヒマリの返答は小さくかぶりを振ることだった。怪人組合という組織が何か分かっていない以上、そこに踏み込むこともリスクが生じる。叶えたい目的がある以上、その目的の邪魔になるかもしれない要素は排除したい。怪人組合はその一つに思えた。
「ええ? ちょっと? 気にならないの?」
「行くぞ、ジッパ」
シトの声を無視し、ヒマリは歩き出そうとする。ジッパも流石に今の質問は迷う部分があったのか、いいのかとヒマリに聞いてくるが、ヒマリの返答は変わらない。
「それなら、ちょっとだけ教えるから。だから、少しだけ話でも……」
それでも、シトが諦めまいと、ヒマリとジッパの後ろについて歩き出した直後のこと。シトの声を掻き消すほどの声量で、背後から声が飛んできた。
「待て!」
その声にヒマリ達は思わず振り返り、その声を発したであろう人物に目を向ける。赤や青、緑などの原色系でまとめ上げた服を身にまとった若い男と、近くにある中学校の制服を着た少女の二人が立っている。普段からジッパの服装を派手だと思っているヒマリだが、そこに現れた男の服装はジッパの五割増しで派手なもので、振り返るだけで目の行くものだった。
「うんうん。良くこっちを向いた。いいぞ。そのまま、じっとしているんだ」
そう言いながら、派手な男がスマホを取り出し、何かを確認するようにチラチラとこちらを見てくる。
「どう?」
少女がぼそっと男に聞く。
「うん! 間違いない!」
男がそう叫んだかと思えば、男の指がヒマリに向いて、ドラマの決めシーンでも演じているかのような素振りで、一言告げる。
「あれが紅丸日鞠だ」
その言葉にヒマリは思わず眉を顰め、目の前の二人を睨みつけた。
「何者だ?」
その問いに男は不敵な笑みを浮かべた。




