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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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2-28.悪意の第三者

 頭の中に浮かび上がった嫌なイメージが、焦げのように脳にこびりついて、剥がれる気配がなかった。心臓が早鐘を打つ。キッカに押さえつけられているからか、胸の辺りの痛みが強くなって、ヒノエの呼吸は荒くなる。

 妄想はその間も膨らむ。答えを知る前でありながら、既に答えは聞いたような錯覚を覚え、ヒノエの中で絶望が自然と深まる。


 感情は止まることを知らずに成長し、ヒノエの中に暗い影を落としかける。それに飲み込まれてはいけないと思い立って、ヒノエは僅かに顔を上げた。そこには質問を投げかけたばかりのミチカがいる。


「アズマヤさんは……」


 ヒノエが僅かに声を漏らし、その声に反応してミチカが耳をこちらに向けるような仕草を見せた。どこか揶揄っているようにも見える仕草だが、今のヒノエにそれを気にする余裕はない。


「アズマヤさんは、本当に帰ったんですか……?」


 ヒノエの問いには、強い願望が含まれていた。どこかでアズマヤは元気にしている。今頃は無事に家族の元に帰っている。そうあってくれ、という思いが声を形作っている。


 それに対する反応は首肯。もしくは肯定する言葉。それだけで良かった。が、ミチカは口を開くと、すぐに答えを言ってくれなかった。


「ヨースケくんは、セツナちゃんと違って、家に帰そうと思っていたのよ。やっぱり、ヨースケくんは怪人じゃないし、どこかでばれたら、いろいろと厄介だから、何も知らない間にセツナちゃんと別れさせて、こっちはこっそりと終わらせようと思っていたの」

「なら、アズマヤさんは本当に帰ったんですね……?」


 ヒノエが改めて聞いてみるが、ミチカから芳しい返答はなく、代わりにそこまでの流れを断ち切るようにミチカが「でも」と口にした。


「ヨースケくんは、このドールルームを調べ始めた。何を調べていたのか、誰に命令されたのか分からないけど、全くの無関係ではない。私達はそう思った。だから、ヨースケくんを生かして帰すわけにはいかなくなった」


 ミチカの話の流れが変わって、ヒノエの頭の中にこびりついたイメージに近づき、ヒノエの動悸は更に激しくなった。気持ち悪さすら生まれ、今にも喉を駆け上がろうとしている。


「アズマヤさんを……どうしたんですか……?」


 その問いにミチカは小さく微笑み、ヒノエを本気で安心させるような、とても優しい声で言う。


「大丈夫。()()()()()()()()


 それが答えだった。ミチカがヒノエに迫っていることを思えば、その言葉の意味することは当然、理解できる。


 アズマヤは殺された。ミチカに殺され、もう既にこの世にはいない。理解してしまった事実がヒノエの胸を圧迫し、更に痛みが強くなる。気持ち悪さも増して、キッカに押さえつけられていないと、今頃、ヒノエは吐いていたかもしれない。


 ミチカが言ったように、アズマヤは怪人ではない。アズマヤはただヒノエを助け、そのためにこの屋敷に来てしまった。ヒノエと逢わなければ、アズマヤがこの屋敷に来ることもなく、ここで殺されることもなかっただろう。

 自分が巻き込み、その結果、アズマヤの命を奪ってしまった。それが間接的な事実でも、ヒノエの中に深い後悔が残った。


 同時に、何の関係もないはずのアズマヤを殺害し、それでも平然としているミチカの姿に、ヒノエの中で言いようのない、どす黒い感情が生まれ始めていた。自分に向けられた醜い欲望を聞いた時にも生まれなかった感情が、ヒノエの中で芽を出し、確かに育っている。


「セツナちゃん? もう一度だけ聞いておくわね。私のコレクションになってくれない?」


 改めてミチカが問いかけてくるが、その言葉にヒノエが反応することはなく、それでも構わないと言わんばかりにミチカは小さく微笑んだ。ヒノエの上に乗ったキッカに目を向け、顎でドールルームの扉を示す。


「処置室に連れて行きなさい」

「はい」


 ミチカの命令を受けたキッカが身を起こし、拘束していたヒノエを連れていこうとするが、ヒノエは動く気配がない。


「立て」


 キッカは冷たく命令を下すようにヒノエに告げるが、ヒノエはそれでも反応がない。押さえつけたことで胸を圧迫し、死んでしまったのかと不安になるが、未だに呼吸は続き、意識もしっかりとある様子だ。命令自体は聞いているはずだ。


「早く立て」


 再度、キッカはそう伝えてみるが、やはりヒノエは動こうとしなかった。頑なに倒れ込んだままのヒノエを呆れた顔で見ながら、キッカは無理矢理に移動させようと思ったのか、ヒノエの両腕を掴み、一気に引っ張ろうとする。


「立て!」


 掴んだヒノエの両腕を引っ張りながら、上半身を後ろに大きく反らし、一気にヒノエの身体を持ち上げようとする。手の中に残る重さが僅かに上がって、キッカの背中は引っ張るまま、背後に大きく反れた。


 そのままキッカは背後に倒れそうな勢いで身を起こした。その動きにキッカは疑問を懐いた。


 ヒノエを持ち上げようとし、両腕に力を込めて引っ張った直後、手の中からヒノエの重さが忽然と消えたのだ。何があったのかと思ってから、キッカはさっきまで掴んでいたヒノエの感触が消えていることに気づく。


 それどころではない。さっきまでヒノエに触れていた自身の指先の感覚も定まらず、消えたヒノエの身体を探ろうにも、探る手の位置が分からない。


 何が起きたと不思議に思い、視線を下げたキッカの目に、ヒノエの両腕を掴んだままの自身の腕が映った。まだ掴んでいる、と思ったのも束の間、そこから少し離れた位置にある、自身の肘を発見し、キッカの頭は混乱する。肘から視線を上げれば、自身の肩に到達するが、肘から視線を下げれば、その先は忽然と消えている。


 そう思ってから、キッカはヒノエの両腕を掴んだまま、自身の腕が取れていることに気づいた。肘から先の部分が折れ、石膏のように固まっている。


「な、んだ、これはぁ!?」


 動揺したキッカが叫びながら身を倒し、自身の腕に触れようとして、そこに漂う猛烈な冷気に気づいた。見れば、自身の腕は凍結し、感覚が綺麗に消えている。痛みもないが、それ以外の感覚もなく、神経が抜き取られたようだ。


「腕がぁ……!? 私の腕がぁ……!?」


 キッカがこれまでに見せたことがないほどに取り乱し、慌てて自身の腕を、ない腕で掴もうとする姿を目にし、ミチカはようやく異変に気づいたようだった。


「何してるの、キッカ!? 早く連れていって!?」


 そう命令するが、今のキッカはそれどころではない。両腕を失って、何とか取り戻そうと必死だ。もちろん、取れた腕が戻ることはない。


「ああ、もう、何なの!?」


 ミチカが苛立った様子で叫び、ヒノエを見下ろした直後、ヒノエの鋭い視線がミチカに向けられた。そこには憎悪と殺意が込められており、ミチカはヒノエから漂う冷気をようやく感じたように寒気を覚える。


「何よ、その目は……? 大人しくコレクションになれ!?」


 そう叫びながら、ミチカが自分の手でヒノエを拘束しようと、ヒノエに接近した。その瞬間、ヒノエの全身から吹き出すように冷気が溢れ、近づいたミチカを襲う。


「痛っ!?」


 あまりの冷たさに鋭い痛みを覚え、ミチカは怯んだように後退してから、痛みの中心である自身の頬に触れる。触れただけでも、はっきりと分かるほどに、深い傷が頬から額の方にかけて入っている。


「傷が……顔に傷が……?」


 顔にできた傷に触れ、触れる度に襲ってくる痛みに口元を歪めながら、ミチカは小さく驚くように呟いた。ふつふつと、毛が逆立つように怒りが湧き出し、ミチカの顔に深い皺がどんどんと入っていく。


「私に……私の顔に……傷を……!?」


 信じられないという風にミチカが叫び、ヒノエを見下ろした。ヒノエは未だ憎悪の籠った目でミチカを睨みつけ、身体から冷気を漏らしている。既にドールルームの温度は、真冬のように下がっている。


「もう……いいわ……」


 ヒノエがそうしているように、ミチカも憎悪に籠った目でヒノエを睨みつけ、全てを諦めたようにそう呟いた。その間もキッカは自身の腕を取り戻そうとしているが、既に身体の半分以上が凍り、真面に動くことすらできていない。


「もういいわ……! そんなに殺して欲しいなら、私がちゃんと殺してあげる!」


 ミチカが背後に下がって、ドールルームの奥の部屋に移動し、人形の隙間に手を伸ばして、そこから何かを取り出した。それを掲げるように持ち上げながら、ミチカはドールルームに戻ってくる。


 見れば、それは()()()()()()のようだった。その冷たく、自身を見つめる銃口を目にし、ヒノエの中で膨らんでいた憎悪の隙間に恐怖が芽生える。すると、自然とヒノエの意識は現実に引き戻され、目の前の光景を正確に認識し始めた。


「えっ……? 銃……?」


 動揺するヒノエが思わず呟くが、その声をミチカが聞くことはなく、ヒノエの前でショットガンを構える。


「死ね!」


 ミチカが叫び、引き金が引かれ、激しい銃声が屋敷中に響き渡った。

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