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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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2-27.キックバック

 マルイの視線がアズマヤから隣の手術台に移った。それだけの仕草で、アズマヤの身体が恐怖に震え、痙攣するように身体が跳ねる。マルイを止める言葉を吐こうとも思ったが、口を開いても声は真面に出なかった。嗄れた喉に恐怖が重なって、アズマヤの口に蓋をしたようだ。


 マルイは左から右に、右から左に、ただ視線を彷徨わせ、出るはずのない答えを探し求めているようだった。全身は僅かに震え、恐怖と動揺が表情を見なくても伝わってくる。


「さあ、モモコちゃんはどれを選ぶ?」


 アイユが両手を広げて、並べられた道具をマルイに勧めるように言った。マルイの身体が僅かに震え、再び視線がアズマヤに向く。


「うん? モモコちゃんは選べない様子かにゃあ? だったら、ヨースケくんに選んでもらおうか。ヨースケくんはどれで殺されたい?」


 アイユの質問にアズマヤは口を開き、声が出ないことを思い出して、僅かにかぶりを振った。

 殺されたくない。答えなど、当然のようにそれしかない。


「ハハハハッ! ヨースケくんは面白いな~。否定なんて選択肢があるわけないでしょ? モモコちゃんは殺すしかないの。ヨースケくんは殺されるしかないの。分かる? なら、早く選んでくれないかな?」


 アイユの声から温度が失われ、内側に含まれた怒りを示すように命令が下される。逆らえば、どんな目に遭うかは分かっている。母親のこともあるマルイに拒否する選択肢はないはずだ。


 アズマヤはこの場から抜け出せないかと考え、僅かに手足を動かしてみる。カチャカチャと拘束具が音を立てるが、アズマヤの力で外れるはずもない。ただうるさいだけだ。


「はいはい。ヨースケくんは選ぶ気がないみたいだから、モモコちゃんが選んであげようか。ほーら、ヨースケくんの最期だよ? 何で死ぬのがいいか、ちゃんと考えて、凶器を選んであげてね」


 恋人に対するプレゼントを勧めるように、アイユは非常に軽い口調で、マルイに選択を迫っていた。その選択が何を意味するのか、当然のように分かっているはずだが、それを感じさせない態度にアズマヤは恐怖を覚える。


 何だ、これは? これが人間なのか?


 そう思ったアズマヤの頭にふと、()()、の二文字が浮かび上がった。世間のイメージとは大きく外れた、怪人の正体を知った今だからこそ思うが、本当の怪人はこういう人のことを指すのだろう。


 救いを求めるなら超人に。怪人を相手にする時の常識だ。その常識も今は通用しない。相手は怪人ではなく、怪人のような人間であり、超人は本物の怪人しか相手にしない。

 超人からすれば、ヒノエこそが捕まえる対象であり、アイユのような人物は無関係でしかない。そう思えば思うほどに、アズマヤはおかしいと感じてしまう。


 何もかもが間違っている。この人が自由にアズマヤやマルイを痛めつける一方で、ヒノエが不自由に超人達に痛めつけられる意味が分からない。理不尽にも程があるというものだ。

 そう考え、ヒノエの顔を思い浮かべた瞬間、アズマヤは不意に疑問を懐いた。


 ヒノエは今、どうなっているのだろうか? アズマヤがこうなったことを知っているのだろうか? ヒノエはちゃんと無事なのか?


 湧いてきた疑問の嵐に襲われ、アズマヤの動悸が急激に速まる中、隣の手術台から僅かな物音が聞こえ、アズマヤの視線が動いた。


 見れば、マルイが手に斧を持っていた。


「おーと、モモコちゃんはそれにするのかな?」


 アイユの問いかけにマルイは何も答えることなく、斧を手に持ったまま、ゆっくりとこちらを振り返る。マルイの表情は動揺と恐怖に包まれ、その視線はアズマヤを見ているようで見ていない。どこか遠くに焦点は合っている。


「マルイさ……!? やめ……!?」


 掠れた声でアズマヤは必死に抵抗するが、マルイは止まることなく、アズマヤの手術台まで歩み寄ってきた。肩を大きく上下に動かし、深く何度も息を繰り返しながら、アズマヤでも、アズマヤの乗る手術台でもない、どこか遠くに目を向けている。


「モモコちゃんは斧を選択! だけど、それで本当にいいのかな? モモコちゃんはそれで殺すのでいい? ヨースケくんはそれで殺されるのでいい?」


 アイユの問いかけに反応し、アズマヤは必死にかぶりを振る。斧でも何でも関係なく、ここで殺されたくなどない。その思いを込め、力強く否定するアズマヤを目にし、アイユが納得したように声を漏らす。


「なるほどなるほど。どうやら、ヨースケくんは斧が嫌みたいだけど、モモコちゃんはどうする? それで殺す? それとも、他の凶器に変える?」


 アイユの問いを受けて、マルイはアズマヤを見下ろしたまま、何かに怯えるように身体をビクンと震わせた。そのまま何も言うことなく、アズマヤを見下ろしていたが、不意に目から大粒の涙を零し、アズマヤの腕を濡らす。


「……です……」

「んん? どうかした?」

「無理……です……私には……できません……」


 目からボロボロと涙を零しながら、捻り出すようにマルイは告げる。斧を持った手をだらんと下げて、小さくかぶりを振っている。


「無理です……私には殺せません……」


 再び否定の言葉を口にしたマルイを、アイユはきょとんとした顔で見つめてから、不意に大きく笑い声を上げ始めた。何がそんなに面白かったのかと思うほどの高笑いを上げ、手術台に凭れかかったかと思えば、力強く手術台を叩きつけている。


「モモコちゃんは分かってないみたいだけどねぇ……できるとか、できないとかじゃなくて、やるしかないの! あのね! モモコちゃんにそれ以外の選択肢はないの! 分かる!?」


 大きく叫び声を上げながら、荒ぶるアイユの様子に、マルイは怯えた表情をしていたが、それでも、かぶりを振ることはやめなかった。それまで「ごめんなさい」と呟いていた隙間に、「無理です」という言葉を挟み込み、アイユの命令を拒絶している。


「あー、もう! イライラするなぁ! モモコちゃんはやるしかないの! お母さんがどうなってもいいの!?」

「ごめんなさい……!ごめんなさい……!無理です……!ごめんなさい……!」


 アイユが何を言っても、マルイの様子は変わることなく、アイユの言葉を聞いているのかどうかも怪しい状態になっていた。それまでのアイユの行動がマルイを追い込み、マルイの耳を塞いでいる可能性もある。


 何を言っても意味がない。この状態は変わらない。そう察したのか、アイユは大きく溜め息をついてから、目の前に置かれたチェーンソーを手で掴んだ。


「ああ、もう! なら、いいから! ヨースケくんは私が殺すし、モモコちゃんももう用済み! 後で殺してあげるから、そこで見てて!」


 アイユがチェーンソーを起動し、振動と共に騒がしい駆動音が響き始める。反射的にマルイが怯えた表情をアイユに向け、アズマヤは何とか逃げ出そうと、手足を何度も動かした。


「無理無理! ヨースケくんはもう大人しく死ぬしかありませーん! 分かったら、うるさい音を立ててないで、じっとしておいた方がいいよ! 一撃で死にたくない!? それとも、いろいろ痛めつけられる方が好みなのかにゃっ!?」


 チェーンソーを持ったアイユが歩き出し、アズマヤのいる手術台に近づいてきた。途中で試すように刃を回転させ、その音と動きにマルイが身体を震わせている。


「……めましょう……やめましょう……」


 アイユが隣を通り過ぎる時、マルイがアイユを止めるように口にする。その声をアイユが聞くはずもなく、アイユは無視して、アズマヤの寝転ぶ手術台の隣に立つ。


「はーい、じゃあ、モモコちゃんはちゃんと見ておくように。自分がやらないから、ヨースケくんは苦しんで死にましゅからね~」


 手術台の隣に立ったアイユが下げたチェーンソーを掲げるように持ち上げようとした。その動きに怯え、アズマヤが身を竦める中、恐怖に震えていたマルイが動き出し、再びアイユを止めようとする。


「やっぱり、やめましょう……!」


 小さく震える声を漏らし、アイユを止めるようにマルイが手を伸ばしかけた瞬間のこと。


 アイユを止めるために持ち上げたマルイの手から、握られていた斧が滑り落ちた。慌ててアイユを止めるように動いたことと、爪を剥がされた所為で、しっかりと持てなくなっていたことが原因だ。


 滑り落ちた斧は、動き出したマルイの勢いに押されるまま落下し、アイユが持ち上げようとしていたチェーンソーにぶつかった。その衝撃でアイユの身体が前に倒れ、手術台の前で持ち上げようとしていたチェーンソーの刃が、手術台に引っかかるようにぶつかった。


 瞬間、手術台の側面を滑るように、チェーンソーが勢い良く跳ね上がって、アイユの身体に刃が迫った。


「えっ……?」


 と、アイユが呟いた時には遅く、チェーンソーの刃はアイユの身体に触れ、頭から胸部にかけて裂くように両断し、辺り一帯に血液と肉片、腹から湧き出た臓物を撒き散らしていく。


「かへっ……」


 空気が漏れるような音が切り裂かれた喉から聞こえ、アイユの身体は支えを失ったように倒れ込んだ。もう一台の手術台に身体を強く打ちつけ、その衝撃で、チェーンソーが動きを止める。


 あまりに一瞬のことだった。アズマヤが恐怖を驚きに変える暇もそこにはなく、気づいた時には血飛沫の中で、ただ倒れ込むアイユの姿を目にしていた。

 強烈な臭いを放つ凄惨な光景に取り残され、アズマヤもマルイも、ただひたすらに呆然とする。何か取り返しのつかないことが起きてしまった。その喪失感だけが膨れ上がっていく。


 そこで、ふとマルイが何かを押さえるように口元を手で覆った。そのことにアズマヤが気づくより先に、マルイはその場に座り込み、蹲るように身体を折り曲げる。


「オボェッ!?」


 そのまま血液と臓物の隙間に彩りを添えるように、マルイは吐いた。

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