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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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2-25.執行教唆

「ちょーと、待ってね、モモコちゃん」


 涙と鼻水で顔をぐちょぐちょにし、既に虚ろな目となったマルイが、言われるままにペンチを指に差し向けた直後、それを制するようにアイユが手を伸ばした。


 叫び続けたアズマヤの喉は嗄れ、右手の指は折られた人差し指を除き、全てが剥がされていた。左手も半分ほどが経過し、無事な指は薬指と小指だけだ。

 アズマヤの左手薬指にペンチを押し当てながら、マルイは何事かとアイユを見やった。既に表情から感情は消え、機械のようにただスイッチが押されたから動いた、というような動きで、頭を回転させる。


 アイユがマルイの隣に移動し、じっとアズマヤの顔を覗き込むように、自身の顔を手術台に近づけた。真正面からアイユの目に見られても、今のアズマヤは何かを思う余裕がなく、ただ指先から訪れる痛みに顔を歪め、声を漏らし、荒い呼吸で何とか気を紛らわせようとした。思考の大半は機能していない。投げられた質問の意図も、途中から理解できなくなっているくらいだ。


 その様子のアズマヤをアイユの目が見つめていた。ガラス玉のように感情はなく、ただ対象を観察するだけの目。カメラのレンズと変わらない。その目が苦しみ、悶え、意識を保っていることが奇跡とも言えるアズマヤの表情を映している。


「流石にちょーと、おかしいよね?」


 アイユが口にした言葉を、アズマヤは右から左に聞き流した。正確に言えば、聞く余裕がなかった。


「こんな状態になってまで黙るなんて、本当にただの高校生? それとも……」


 そう呟きながら、アイユは更にアズマヤに顔を近づけた。アズマヤの両目を覗き込むように観察し、何かを察したらしく、僅かに視線を逸らすと、アズマヤの右手を勢い良く掴んだ。


「起きてますか!?」


 その声ではなく、右手を掴まれた刺激に反応し、アズマヤが声を上げた。既に嗄れ、絶叫と呼ぶには迫力のなくなった声がアズマヤの口から漏れ、反射的にマルイが「ごめんなさい」と呟いている。


「ねえねえ、ヨースケくん? 聞こえる? 聞こえるなら、返事して欲しいなぁ!」


 アイユの声がアズマヤの耳を劈き、アズマヤは僅かに頭を動かした。頷くような動きに、アイユは「及第点」と口にする。


「じゃあ、ヨースケくんに改めて聞きたいんだけど、ヨースケくんはどうして()()()()()()に入ったのかな?」

「ドールルーム……?」


 アイユからの唐突な質問の変化に、アズマヤの思考は追いつかなかった。言っている意味が分からない。質問の意図が分からない。そういう困惑が表情に出る。


「そう。ドールルーム。入ったよね?」


 そう言われ、アズマヤは人形が一面に置かれた部屋のことを思い出した。あれはホラー映画の中のワンシーンと言われても驚かないほどに、どこか不気味な光景だったと思いながら、アズマヤは僅かに首肯する。


「そこにどうして入ったの?」

「どうして……?」

「そう。理由。理由を聞いてるの。どうして入ったの?」

「どうしてって……」


 アズマヤはドールルームと書かれたプレートを思い出し、その時に感じた気持ちを引っ張り出す。


「聞いたことない部屋だったから……」

「ああぁー、ああ、そう……」


 その一言を聞いたアイユが納得したように頷き、ゆっくりとアズマヤから離れた。何度も小さく頷きながらアズマヤから離れ、ふらふらともう一つの手術台に座り込むと、考え込むように片手を頭に当てている。

 それから、小さく、腹の底から湧き出すように、アイユは笑い声を上げ始めた。


「フフッ……フフフッ……フハハッ……ハハハハハハハハ!」


 高らかに笑い出したアイユの声に反応し、マルイが小さく「ごめんなさい」と口にする。アズマヤはただ呆然とアイユの笑い声を聞き、理解できない状況に思考を手放していた。


「ああ、そういうこと……なーんだ。全部はキッカの勘違い。本当にバッカみたい。あーあ、無駄な時間を過ごしちゃったなー。もう少しで、何の蟠りも、何の疑いもなく、ぜーんぶ丸く収まってたのに」


 アイユが手術台から立ち上がって、処置室の奥に歩き出した。その間もぶつぶつと呟くアイユの声が僅かに聞こえてくる。


「ヨースケくんを送り出して、誰もいなくなったら、()()()()()()()()()()()、それで全部終わりだったのに。変な時間を使っちゃったよ。処分とか、いろいろと大変なのにさ。どうしてくれるんだろう」


 アイユが処置室の奥から戻ってきて、隣の手術台の上に何かを置く。アズマヤに物を見る余裕はないが、ドンという、重々しい音が聞こえ、そこに置かれた物の大きさや重さは把握できる。

 それが何度か続いて、隣の手術台の上に四つ、物が置かれていることが分かった。その間もアイユは愚痴のようなものを零し続け、気になる一言をアズマヤの耳に残した。


「本当に疲れるのに、分かってるのかな? ()()って、結構しんどいってこと、知らないのかな?」


 そこに含まれた不穏な言葉を、アズマヤが完璧に理解するには、あまりに時間が足りなかった。思考を奪うようにアイユが手を叩いて、アズマヤとマルイに声をかけてくる。


「はーい、注目。二人共、こっちを見て。ほら、今から大事な話をするから」


 教壇に立つ教師が生徒に声をかけるように、アズマヤとマルイを呼ぶ声に反応し、二人の視線がアイユに向いた。アイユは隣の手術台の向こう側に立っていて、その目の前にある手術台を示すように手を伸ばしている。


「はーい、これを見て。分かる? こっちから順番に説明しようか?」


 そう言いながら、アイユの手が手術台の上に置かれた四つの物の上を移動し、アズマヤから見て、左端に置かれた物の上で止まった。


「はい、まずはこれがチェーンソー。扱いは難しいですが、一番楽です」


 アイユの手が右に移動する。


「これが斧。一番ポピュラーです」


 更に右に。


「これはハンマー。一番汚れます」


 そして、右端に置かれた物に到達する。


「そして、これが電動ドリル。一番面白いけど、一番難しいです」


 そう言い終えると、アイユがそれらの道具の上で両手を広げて、アズマヤとマルイに質問を投げかけた。


「さあ、どれがいい?」

「どれがいい……?」

「そう。二人に聞いてるんだよ。モモコちゃんはどれを使う?」

「どれを使う……?」


 アイユの質問の意図が理解できないという風に、マルイが戸惑った声を出した。アズマヤも戸惑っていると、アイユの視線がアズマヤに向いて、マルイとは違う質問を投げかけてくる。


「ヨースケくんはどれを食らう?」

「食らう……? 使うではなく……?」

「違うよ、変なことを言うなぁ。両方は使えないでしょ? だって」


 アイユの指がマルイに向く。


「モモコちゃんに」


 アイユの指がアズマヤに向く。


「ヨースケくんを」


 それから、最後に目の前の物を順番に示すように手が動く。


()()()()()()()()()()


 その一言にアズマヤとマルイは共に絶句し、何も言葉が出なかった。何を言っているのか理解できない。違う国の言語を聞いている気分だ。


「殺す……? アズマヤさんを……? どうして……?」

「どうしてって、だって、いろいろと知っちゃったでしょ、ヨースケくん。このままにはできないし、何とかしないと。モモコちゃんは、この屋敷で仕事があるし、お母さんのことがあるから、裏切らないよね? でも、ヨースケくんは違うから、もう処分しちゃうの」


 朗らかに、笑みすら浮かべそうな口調で、アイユはそれが当然のことのように説明した。それを聞いても、アズマヤとマルイの反応は変わらない。何を言っているのか理解できない。その思いのままだ。


「だから、早く選んで。モモコちゃんはヨースケくんを殺すとしたら、どれを使うか。ヨースケくんはモモコちゃんに殺されるとしたら、どれを使って欲しいか。そういう質問ね」


 アイユの質問を聞きながら、アズマヤとマルイの視線が交差する。お互いに言葉はないが、お互いに感じている気持ちは理解できる。


 絶望、戸惑い、恐怖、拒絶。そういう気持ちが綯い交ぜになりながら膨らむ中、二人に押しつけられた決断の瞬間は、刻々と迫っていた。

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