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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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2-23.全自動式拷問

「うん! これにしよう!」


 鏡の前に立つヒノエをまじまじと見つめ、ミチカは満足そうにそう宣言した。小一時間の逡巡の果てに、ようやくヒノエの服装が決定したようだ。


 最終的にヒノエが着用している物は、最初にミチカが手渡しきたワンピースよりも、更にしっかりとした黒のドレスだった。どこかの国のお城で、行われようとしている舞踏会に参加する予定、と言われても不思議に思わないくらいの礼服だ。


「これ……ですか?」


 カジュアルな服とは言わずとも、もう少し動きやすい服もあるはずだが、ミチカの決定はそう簡単に覆りそうにはなかった。ヒノエの疑問を聞いても、ミチカは笑顔で頷いて、ようやく着る服の決まったヒノエの手を取っていく。


「はい。じゃあ、次はお化粧するから、ここに座って」


 そう言って、ヒノエは近くの椅子に座らせ、ミチカは脇に置かれた化粧バッグを取り出した。昨日も、一昨日も見た物で、その中にはミチカの会社で作られた、様々な化粧品が揃っている。


「あの……そこまで、しっかりとした格好にしなくても……」


 張り切るミチカにヒノエは戸惑いながら言ってみるが、ミチカは間髪入れずにかぶりを振って、ヒノエに化粧を施し始めた。


「セツナちゃん、ヨースケくんがいなくなって、少し落ち込んでいるでしょう?」

「それは……! ま、まあ、はい……」


 あまりに唐突に訪れたアズマヤとの別れは、ヒノエの心に大きな動揺を生んでいた。ほんの少しでもいいから別れの言葉を言いたかった、と今更ながらに思っても、それが叶わない事実が、その動揺を更に強めていく。


「そういう時は、少し大袈裟でも、しっかりとお洒落したら、気持ちが変わるものだから。こういう時はちゃんとするべきなのよ」

「そういうもの……なんですかね?」

「そういうものなのよ」


 ヒノエはあまり納得できたわけではないが、ミチカがそう言うならそうなのだろうと一つ思うことにして、ミチカにされるがまま化粧を施されていた。正面に鏡はあるが、ミチカが基本的に被っているので、自分がどのように変化しているのかは断片的にしか分からない。


「そういえば、ミチカさんはお仕事とか大丈夫なんですか?」


 今更な疑問を思い出し、ヒノエが口にすると、ミチカは笑顔で頷いた。


「今日は大丈夫だから、気にしないでいいわよ」

「それなら良かったです」

「それと、これが終わったら、セツナちゃんを案内したい場所もあるの」

「案内したい場所?」

「そう。私がこの屋敷で、一番大好きな場所」


 ミチカが一番大好きな場所。先日、キッカの案内で屋敷を巡った時に、そのような言葉は聞かなかった。それはどこなのだろうと想像するように、ヒノエは巡った場所を思い返してみるが、一切のヒントもないのに、考えて正解が分かるはずもない。


「それは一体?」

「行ってからのお楽しみね」


 ヒノエの質問を軽やかに躱し、ミチカの手は休まず、ヒノエの顔の前で動き続ける。そこから、ミチカと楽しく話ながら、メイクを済ませてもらっていたら、本当に胸の中に膨らんでいた動揺が、ほんの少しだけ縮んだ気がした。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 痛みと恐怖の中で震えるアズマヤの前で、マルイが怯えた表情のまま動き出し、放り出されたメスを手に取ろうとした。アイユに言われるまま、マルイはこれからアズマヤを傷つけるつもりらしい。


 しかし、マルイは持ち上げようとしたメスを落とし、再び持ち上げようとしても、うまく掴めない様子だった。どうやら爪を剥がされたことが原因で、物がうまく掴めなくなっているらしい。


 置かれたメスを掴むために摘もうとして、引っ掛かりのない指先に困惑し、何度もメスの落ちる、カランという音を響かせている。その音が鳴る度、アイユの表情が少し引き攣って、マルイは目尻に涙を浮かべている。早くしないと。そう思うほどに手元は狂う。


「ああ、もう! モモコちゃんは何をしてるのかな!?」


 我慢できなくなったようにアイユが動き出し、そこに置いたメスを手に取った。アイユの唐突な動きにマルイは怯えるように固まって、小さく「ごめんなさい」と何度も零している。


「早く持つ! はい、これでオッケー」


 マルイの手を無理矢理に開かせ、アイユはそこにメスを持たせると、力強くマルイの背中を押し出し、アズマヤの前に向かわせた。もう一つの手術台から離れ、アズマヤの脇に移動してきたマルイが、怯えた表情でアズマヤを見下ろしてくる。その目は涙に濡れ、赤く腫れている。


「はい、じゃあ、モモコちゃん。その手に取ったメスで、今からヨースケくんを切りつけましょう。そうだね。皮膚とか、削ぐ感じがいいんじゃないかな?」

「や……めて……」


 アズマヤが痛みに歪んだ口の端から、必死に制止するように声を出してみるが、アイユは聞こえていないように無視し、マルイの手を握っている。


「ご……ごめんなさい……」

「うん、謝罪はいいからさ。早く剥いでみようよ。料理したことある? 野菜の皮を剥くみたいにさ。ペロッて剥がせばいいだけだから」


 アイユはマルイの手を軽く押し出し、手に持ったメスをアズマヤの腕に押し当てさせた。そこで囁くように「頑張って」と伝え、アイユはマルイから離れて、観察するように眺め始める。


 マルイはアズマヤの腕にメスを押し当てたまま、耳元で聞こえるほどの大きさで呼吸を続けていた。緊張と動揺と困惑と恐怖が綯い交ぜになって、マルイを襲っていることが、身体の反応の全てから感じ取れる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 小さく、何度も、謝罪の言葉を口にしながら、マルイは押し当てたメスで、アズマヤの腕の皮膚を突き破るように力を込めた。ゆっくりと刃が皮膚を貫いて、アズマヤの腕に鋭い痛みが走り、メスの先端から滲むように血が出てくる。


「痛っ!」


 思わずアズマヤが声を漏らした直後、マルイの身体がビクンと震え、メスを押しつけたまま動きを止めたかと思えば、カランとその場にメスを捨てるように手放した。


「……めんなさい……できません……」


 か細く声を漏らしながら、マルイは小さくかぶりを振り始める。


「んん? モモコちゃん? どうしたのかな?」

「無理です……私には、できません……」


 マルイが拒否するように呟くと、アイユは納得したように何度も頷いてから、マルイの手放したメスを掴んだ。


「できない……じゃないの!」


 そう叫ぶと同時にアイユは手に持ったメスを振るい、マルイの左手の甲に突き刺した。瞬間的にマルイの顔が歪んで、痛みに悶える絶叫が飛び出してくる。


「いだぁい!? いだぁああ!?」

「モモコちゃんさ。自分の立場が分かってる? できる、できないじゃなくて、やるしかないの! モモコちゃんはやる以外の選択肢がないの! 分かった!?」


 突き刺したメスを右に左に動かしながら、アイユが質問を投げかけると、マルイは痛みに歪んだ顔を必死にぶんぶんと振っていた。声にならない絶叫を上げ、頷くマルイの姿を目にし、ようやくアイユは満足したようで、マルイの手からメスを抜いている。


「じゃあ、モモコちゃん。これを持って」


 そう言いながら、アイユはメスではなくペンチをマルイに手渡し、もう片方の手でアズマヤの指を掴んだ。


「モモコちゃんをそうしたように、今からヨースケくんの爪を剥いでいこうか。私が質問するから、いいよって言ったら、一枚ずつね。分かった?」


 アイユの問いかけにマルイは必死になって頷いている。もう何を言われても、勢いだけで頷きそうな状態だ。


「じゃあ、ヨースケくん。もう一度、聞くよ? ヨースケくんはこそこそと何を調べていたのかな?」


 再び投げかけられた質問は、さっきと同じようにアズマヤがどう足掻いても答えられないものだった。何も調べようとしていない。それが真実だが、その真実をアイユは認めてくれない。


「答えられない? じゃあ、取り敢えず、一枚行こっか」


 アイユがアズマヤの右手の小指を、マルイの前で強調するように持ち上げた。それだけの動作で、特に言葉もなかったが、マルイはペンチで小指の爪を掴む。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 そう何度も呟きながら、マルイはペンチを一気に動かし、アズマヤの小指から爪が音を立てそうな勢いで剥がれた。指先から伝わる激痛にアズマヤは顔を歪め、全身を震わせながら、痛みに泣き叫ぶ。


「があぁああ!? いだぁああい!?」

「ごめ……!? ごめんなさい!?」


 アズマヤの反応にマルイはペンチを動かしながらも、大きな声で謝っていた。目からは大粒の涙が零れ、爪を剥がしている側のマルイの顔も、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっている。


「ほーら、ヨースケくん。君が話さないと君だけじゃなく、モモコちゃんも苦しむんだよ? やりたくもないことをやらされて、君の苦しみと一緒に苦しみ続けるの。可哀相だよね? そう思うなら、さっさと話そうか」


 アズマヤの耳元で囁きながら、アイユはアズマヤの右手の薬指を持って、マルイの前で強調する。次はこの指だ、と無言で伝えている。


「ヨースケくんは何を調べていたのかな? 誰の指示で調べていたのかな?」


 そう質問を投げかけられるが、その質問は絶対にアズマヤが答えられないものだ。痛みの中で絶叫していることなど関係なく、アズマヤの中にはアイユの求める答えがない。


「あーあ、残念」


 そう告げた一言が合図となって、マルイの持つペンチが再び動き出した。新たに生まれた痛みに襲われ、アズマヤは再び全身を激しく動かし、悶え始める。


「早く言った方がいいと思うよ。爪は全部で二十枚。あと十八枚で、次に行っちゃうからね」


 アイユはそう言って、小さく笑みを浮かべる。


 次。それが何を意味するのか、指先から伝わる激痛の中にいるアズマヤには考える余裕がなかった。

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